第16話
新世界『エトス』は、これまでのファンタジーな景観とは一線を画していた。 地面は巨大な基盤(マザーボード)のようであり、空には流れ続けるコードの川がある。ここは、ゲームが作られる際の「実験場(サンドボックス)」だった場所だ。
「おい、見ろよ。レベル0のゴミが歩いてるぜ」 「他サーバーから来た観光客か? ここじゃレベル10,000超えの俺たちでも、一歩間違えれば即デリートだっていうのに」
エトスには、世界中から「強さ」を求めた廃プレイヤーたちが集まっていた。彼らは、敵を倒してレベルを上げるのではなく、世界の構成コードを直接奪い合い、己の肉体を強化していた。
「……なるほど。ここは『掃除』が全く行き届いてないな」
レンの目には、その光景が耐え難いほど「散らかって」見えた。 あちこちに放置されたバグの残骸、最適化されていないオブジェクト。 レンは木の枝を箒のように構え、向かってくるレベル20,000の機械獣――『デリート・ガーディアン』と対峙する。
「レベル20,000? 数値が大きいだけで、座標の固定が甘いんだよ」
レンは一歩も動かず、木の枝で地面を一突きした。 ドォォォォン! 衝撃波ではない。レンは木の枝を介して、機械獣が立っている「地面の摩擦係数」をゼロに書き換えたのだ。 制御を失った巨体は、勝手に自壊し、綺麗なデータチップへと分解されていく。
「レベルがなくても、世界の『動かし方』を知っていれば、これくらいは造作もない」
周囲のプレイヤーたちが呆然とする中、レンは散らばったチップを丁寧に一箇所に集め始めた。
エトスの深部、通称『ソース・コードの墓場』に辿り着いたレンたちは、そこで一体のホログラムと出会う。 それは、かつてこのゲームをたった一人で作り上げたという「最初の開発者」のログだった。
「待っていたぞ、レベル0の者よ。……いや、私の『最高傑作』と言うべきか」
「……どういう意味だ?」 レンは眉をひそめる。
ログは語った。この世界は、単なるゲームでも実験場でもなかった。 「人類が肉体を捨てた後、魂が腐敗しないために必要な『遊び』の原典……。だが、管理が進むにつれ、遊びは効率に、喜びは数値に置き換えられてしまった」
レンが仮想世界で「ログインボーナスを1兆倍にする」というバグ技を成功させたのは、偶然ではなかった。それは、あまりに効率化されすぎたシステムに退屈した「世界の意志」が、最もゲームを愛する者に与えた「特権」だったのだ。
「レン、君がしている『掃除』は、世界の寿命を延ばしている。数値を求めず、ただその場を清めるという行為こそが、この世界を『ゲーム』として完成させるのだ」
レンはその言葉を黙って聞いていた。 「……難しいことはわからん。だが、ゴミが落ちてたら拾うし、バグがあったら直す。それが俺のプレイスタイルだ」
その時、エトスの最深部から、この世の全てのデータを飲み込もうとする「究極の静寂(ヌル)」が溢れ出した。
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