第15話

エターナル・タワーは、元の静かなビルに戻った。 金城の意識は暴走したデータの海に消え、エターナル・コーポレーションの不正は、レンが世界中のネットワークにバラ撒いた「真実のログ」によって白日の下に晒された。



事件から数日が経った。 街は平穏を取り戻し、人々はまたそれぞれの日常を送り始めている。



レンは、かつて自分が繋がれていたラボの跡地に立っていた。 そこには、小さな「仮想世界への接続端末」が一つだけ置かれている。



「……レン様、聞こえますか?」



端末から、聞き慣れた声が届く。リリィの声だ。 「リリィか。向こうの調子はどうだ?」 「はい! バルトさんが広場を磨きすぎて、床で顔が剃れるって街の人たちが困っています。……早く帰ってきて、止めてください!」



レンはふっと微笑んだ。 現実世界での「掃除」は終わった。だが、彼が本当にいたい場所は、あのアナログで、非効率で、でも温かい世界だ。



「ああ。今からログインする。……今日のログインボーナスは何だ?」 「ええと……『おかえりなさいの特製ケーキ』、だそうです!」



レンは端末に手を触れる。 「悪くない報酬だ。……よし、ログイン(ただいま)」



光が溢れ、レンの意識は再びあの蒼い空へと昇っていく。 レベル1兆倍の力も、神の権限も、もう必要ない。 彼に必要なのは、一本の竹箒と、明日もまた広場を掃除できるという、当たり前の自由だけだ。



――夕暮れの広場。 一人の少年が、鼻歌を歌いながら箒を振るっている。 その姿は、この世界のどんな英雄よりも誇らしく、どんな魔法よりも奇跡に満ちていた。



最強のゲーマーによる、無限の掃除。 彼の物語は、これからも一掃きごとに、新しいページを刻んでいく。




現実世界の管理者たちを排除し、自由な独立サーバーとなった『エターナル・レジェンド』。しかし、システムが真の意味で「独立」した結果、運営すら把握していなかった隠しエリア――新星サーバー『エトス』への門が開いてしまった。



「レン様、お帰りなさい!……って、えええええ!? そのステータス、何ですか!?」



再会したリリィが、レンの頭上に浮かぶウィンドウを見て絶叫する。 そこには、前代未聞の数字が並んでいた。



【現在のレベル:0】 【HP:1/1】 【称号:『世界を再定義せし者』】



「レベル、0……? 1より低いなんて、システム上ありえないはずなのに!」 「ああ、現実世界からこっちに戻る時、既存のレベルシステムそのものを『掃除』しちまったみたいだ。今の俺には、経験値という概念が適用されない」



レンは広場に落ちていた、何の変哲もない木の枝を拾い上げた。 レベル0。それは弱さを意味しない。この世界のどんな法則(ルール)にも縛られない、究極の「未確定存在」になったことを意味していた。



その時、空から巨大な碑文が降り注ぐ。 『新世界エトス、開放。全てのプレイヤーに告ぐ。レベルを捨て、真の理(エトス)を刻め』



「リリィ、バルト。どうやら、のんびり掃除してる暇はなさそうだ。……この『レベル0』がどこまで通用するか、試してみるか」



レンはレベル0の身一つで、未知の領域『エトス』へと足を踏み入れる。

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