第三章 レベル50と呪詛浄化⑧
夜風に揺れる灯火。
静流の別邸、その一室で――静流は衣の裾を整え、扇を指先で弄んでいた。
灯の揺らぎを見つめる背に、ためらいを隠しきれない足音が近づく。
「……静流さん」
振り返った瞳は、さきほど黒龍を呼んだときの冷徹さを失い、どこか疲弊した色を帯びていた。
「何だい、美都」
「少し……お話してもいいですか?」
静流は静かに微笑み、両手を広げる。
「おいで」
抱き寄せられた瞬間、胸の奥がきゅっと締まる。
安堵と同時に、彼の掌の温もりが美都に“ここにいていい”と告げていた。
「さっきは……ごめんなさい。それと、ありがとう」
「僕の姫は無茶ばかりするからね。心配事が増えるよ。……ふふ」
その微笑の奥に宿る影に、美都は言葉を探すように小さく首を傾げた。
「何で……咄嗟に、あの子を助けたんだろう」
静流は一瞬だけ目を伏せ、柔らかい声を返す。
「君は優しいからだろう。本能がそうさせたのかもしれない」
優しい。――けれど、どこか“答えきれていない”響き。
美都は唇を噛み、意を決して尋ねた。
「静流さんと、黒龍って……どんな関係なんですか?」
静流は少し間を置き、視線をそらしてから静かに言った。
「……知りたいかい?」
「静流さんが嫌でなければ」
小さく息を吐き、静流は遠い記憶を手繰り寄せるように語り始めた。
「僕の母は、異世界から呼ばれた娘だった」
美都の胸が、微かにざわつく。
「――君も同じだよ。異世界から来た巫女だ」
「私が……?」
「今は記憶を失っているから、覚えていないだろうけどね」
静流は灯火を見つめたまま、淡々と続ける。
「母は京の危機を救うために召喚された巫女だった。
母が呼び出したのは黒龍。巫女と龍の間に深い縁が芽生えると、龍は人の形を取ることがある」
静流の声は静かで、だからこそ重かった。
「二人は愛し合い、やがて子を成した――それが僕だ」
美都は息を呑む。
“人の形を取る龍”――夢の端に触れるような感覚が、胸を掠めた。
静流は、自嘲にも似た微笑を落とす。
「覚えているのは、優しい母の声と、父の背中。
そして――神泉苑の夜」
灯が揺れ、影が一瞬濃くなる。
「母は贄にされ、怒りに狂った父は公家たちに討たれた。
僕はその後、公家に囲われ、監視の下で育てられたんだ」
静流の瞳に揺れるのは、悔恨と、冷たい決意。
言葉のひとつひとつに、呪われた歳月がにじんでいた。
「何年経っても、京は変わらない。
誰かの犠牲で成り立つ安寧なら――滅んでしまえばいい。そう思っている」
その孤独が、胸に刺さる。
記憶がなくても分かる。――この人は、ずっと一人で抱えてきたのだ。
美都はそっと、彼の手を取った。
「辛い話を……話してくれて、ありがとう」
静流の指先が微かに震える。
記憶は曖昧でも、心のどこかに残る感触がある。
悲しむとき、そばにいる人。――静流はいつも、そうした人だった気がした。
(今度は、私が……)
美都の声は小さく、しかし真摯だった。
「黒龍は常に僕を見守ってくれた。
同じ血が流れているからか、本能的にそう在るのかもしれない」
「心強いですね」
静流は短く笑って頷く。
「そうだね。――それと同じくらい、心強い存在ができたんだ」
「え……?」
彼は微笑み、そっと美都の頬に手を寄せる。
「君だよ、美都。僕は君を愛しく思っている。もう、誰にも傷つけはさせない」
言葉の重さに、美都の頬が熱を帯びる。
返す言葉を探す間もなく、静流の唇がふっと彼女を覆った。
短く、確かな口づけ。
そこには躊躇も計算もなく――ただ“守る”という意思だけが残る。
美都はその気持ちが嬉しくて、静流の胸に顔を埋めた。
◆
部屋に戻った美都は、胸に手を当てて考えていた。
「私も、異世界から来たの……?」
覚えているはずのない断片が、眠る前の夢のように滲む。
巫女の少女。
手を引いた男性の面影。
水面に揺れる篝火――そして、鈴の音。
記憶は戻らない。
だが、聞いたことのある名前、見たことのある景色が胸を掠める。
「今度、会えたら……聞いてみようか」
そう呟き、美都はゆっくりと瞼を落とした。
◆sideー四神
――その頃、神泉苑の池畔では。
「美都が……生きていた」
千夏の一言に、四神たちは静かに頷く。
「でも、記憶がないみたいで……忘れられているのは、やっぱり寂しいな」
「生きていてくれる。それだけで十分だ」
月景の言葉に、千夏は力強く頷いた。
生きていること――それだけで胸が満たされる。
「うん……また会って、必ず話をする」
静流がそばにいるという事実は、美都が守られている証でもある。
千夏はふと、ゲームの世界で見た白龍と黒龍の図を思い出した。
(もしかしたら……美都が“黒龍側”の巫女なのかもしれない)
二人の巫女が揃って幸せな結末を迎えることを、千夏は改めて誓う。
今度こそ、選択を誤らないために――前へ進もう。
蓮は口を閉ざしていたが、胸の内の渦は収まらない。
黒龍の背で静流に抱かれる美都の姿が、目に焼き付いている。
悔しさと痛み、そして何より――生きていてくれたことへの安堵。
それらが混ざり合い、言葉にならない。
千夏の逞しさに触発される思いがした。
忘れられても、また手を取ればいい。
生きている限り、伝える術はある。
「静流のこと……少し調べてみるよ」
蓮がぽつりと呟くと、千夏は真剣な眼差しで頷いた。
「お願いします。きっと何かが分かるはずです」
蓮は夜空を仰ぐ。
満ちた月が青く池を照らす。
その月光が、彼の胸に生まれた決意を――静かに包み込んだ。
え?モブの私が乙女ゲーム召喚?ヒロイン役は無理! 白玉蓮 @koyomi8464
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