第三章 レベル50と呪詛浄化⑥
篝火が赤々と焚かれ、笛や太鼓の音が夜空に弾む。
都の人々は華やかな衣に身を包み、舞い、笑い、歓声をあげていた。
「……これが、安寧を祝う祭り……」
千夏は賑わう人の波を見渡し、胸の奥に重い苦味を覚える。
(美都を犠牲にして……それを忘れたみたいに笑えるなんて……)
「我らの役目は、祭礼の護りだ」
月景が短く告げると、四神は皆、静かに頷いた。
反発の思いは同じ。だが命じられた以上、背を向けることはできない。
ただ一人、蓮だけは人々の笑顔を直視できなかった。
(……君を失って、なぜ彼らは笑っていられるのか……)
拳を強く握りしめ、蓮は池へ視線を移す。
そこは、美都が呑まれた場所――いまだ彼女の面影が揺らめく場所。
◆
――その頃。
祭りを遠くから見下ろす高台に、静流の一行が佇んでいた。
「楽しげなものだな」
静流は扇を開き、舞う人々を冷ややかに眺める。
「巫女を喰わせてなお、安堵に酔える……」
豪胆に笑うのは家臣・波浮。炎のように粗野で、だが主への忠は揺るがない。
その隣で控える親良が、淡々と告げた。
「……仕込みは完了しております。あとは“合図”ひとつで」
「焦ることはない」
静流は扇の影で、目だけを細めた。
「人が幸福に酔いしれる、その瞬間こそ――絶望に沈む好機だ」
冷たい光が宿る。
一方、美都は祭りの明かりに目を輝かせていた。
「……綺麗ですね、静流さん。みんな楽しそう」
「……そうだね」
静流は柔らかく微笑み、美都の肩にそっと手を置く。
「気になるなら、行っておいで」
「いいんですか?」
「勿論。波浮を連れてね。欲しいものは何でも買うといい」
「おいおい、俺が荷物持ちかよ……」
舌打ち混じりにぼやく波浮を、美都は嬉しそうに見上げた。
「気を付けていっておいで。何かあれば僕の名を呼んで」
「遠くにいたら、名前呼んでも聞こえないんじゃ?」
「大丈夫だよ。君の声は僕には届く」
美都は小首を傾げる。
その仕草が、なぜか胸の奥をくすぐった。
「んー……静流さんがそう言うなら、そうなのかな?」
納得したような、そうでないような返事。
波浮が雑に美都の頭を撫でた。
「おう。静流様がそう言うならそうなんだよ。ほら、行くぞ」
「はーい。じゃ、行って来ますねー!」
「ああ、楽しんでおいで」
静流は二人を見送った。
親良が低く報告する。
「静流様、四神と――新たな巫女も、確認できました」
「ああ……来てるんだね。あの無能達が」
静流の口元が、僅かに歪む。
「丁度いい。まとめて“現実”を味わわせてあげようか」
「では、美都様と波浮は呼び戻しましょうか?」
「いや。術の発動は、美都が一頻り縁日を楽しんだ後だ。
彼女には純粋に楽しんでほしい」
「承知いたしました。波浮にはそのように伝えておきます」
親良は頭を下げ、式を飛ばした。
◆
「波浮さん、あれ何かな?」
「あー。飴細工だな。欲しいのか?」
「欲しい! 早く早く!」
「へいへい……ったく、ガキだな」
美都に腕を引かれ、波浮は出店へ連れていかれる。
屈託なく笑う美都を見つめながら、親良からの式を受け取り――
「了解した」と短く返す。
――その時。
雑踏を警備で歩いていた蓮の足が、不意に止まった。
灯火に照らされた横顔。
見間違えるはずがない――なのに、信じられない。
(……美都……?)
呼吸が詰まる。
胸の奥が焼けるように熱くなる。
蓮は人混みを掻き分けて駆け寄り、少女の腕を掴んだ。
「美都殿っ!」
「……え?」
美都は驚き、振り返る。
真剣な眼差しで自分を見つめる男がいた。
「え? あの……すみません。誰ですか?」
「覚えて……いないのか……?」
その一言で確信する。
“生きている”。だが――失われている。
「えっと……ごめんなさい。私、記憶が無くて」
――その瞬間。
傍らの波浮が、にやりと前に出た。
「よぉ、藤原蓮か。四神が何の用だ?」
「私は、巫女殿に――」
「巫女? それなら、そこにいるだろ」
波浮が顎で示した先に、千夏と四神の姿があった。
蓮の喉が震える。
言葉が出ない。
波浮の声が、容赦なく刃になる。
「お前らは、あの巫女を守るために……
前の巫女を身代わりに“使った”んだろ?」
「身代わりにしたわけではない!」
「結果は同じだ」
波浮は一歩近づく。
「四神といいながら、守れなかった。
――いや、守らなかった。儀式には生贄が要る。
だから、こいつを“器”に据えて、レベルを上げさせて、贄にした」
蓮は反論できない。
胸を抉る言葉が、真実に触れているからだ。
「生きてたからそれがどうした?」
波浮の口元が吊り上がる。
「こいつは静流様が救わなきゃ、とっくに池の底で冷たくなってた。
お前らの仲間の誰ひとり、池に飛び込む奴はいなかったのになぁ?」
「っ……!」
波浮は、低く囁くように続けた。
「連れて戻ってどうする?
また“都合よく使われる場所”へ返すのか?」
蓮は言葉を失う。
美都は不安げに二人を見上げ、震える声で言った。
「あの……ごめんなさい。私と……知り合いだったんですか?」
その無垢な問いが、蓮の胸をさらに切り裂いた。
太鼓が高らかに鳴り響く。
だが蓮の耳には、それは虚ろな鼓動にしか聞こえない。
(……美都。どうして、君の幸せにすら……私は触れられない……)
篝火の炎が風に煽られ、夜空を紅く染める。
その紅の下で――
静かに幕が上がる。
静流の復讐劇の、序章が。
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