第三章 レベル50と呪詛浄化⑥

篝火が赤々と焚かれ、笛や太鼓の音が夜空に弾む。

都の人々は華やかな衣に身を包み、舞い、笑い、歓声をあげていた。


「……これが、安寧を祝う祭り……」


千夏は賑わう人の波を見渡し、胸の奥に重い苦味を覚える。

(美都を犠牲にして……それを忘れたみたいに笑えるなんて……)


「我らの役目は、祭礼の護りだ」


月景が短く告げると、四神は皆、静かに頷いた。

反発の思いは同じ。だが命じられた以上、背を向けることはできない。


ただ一人、蓮だけは人々の笑顔を直視できなかった。


(……君を失って、なぜ彼らは笑っていられるのか……)


拳を強く握りしめ、蓮は池へ視線を移す。

そこは、美都が呑まれた場所――いまだ彼女の面影が揺らめく場所。




――その頃。


祭りを遠くから見下ろす高台に、静流の一行が佇んでいた。


「楽しげなものだな」


静流は扇を開き、舞う人々を冷ややかに眺める。


「巫女を喰わせてなお、安堵に酔える……」


豪胆に笑うのは家臣・波浮。炎のように粗野で、だが主への忠は揺るがない。

その隣で控える親良が、淡々と告げた。


「……仕込みは完了しております。あとは“合図”ひとつで」


「焦ることはない」


静流は扇の影で、目だけを細めた。


「人が幸福に酔いしれる、その瞬間こそ――絶望に沈む好機だ」


冷たい光が宿る。


一方、美都は祭りの明かりに目を輝かせていた。


「……綺麗ですね、静流さん。みんな楽しそう」


「……そうだね」


静流は柔らかく微笑み、美都の肩にそっと手を置く。


「気になるなら、行っておいで」

「いいんですか?」

「勿論。波浮を連れてね。欲しいものは何でも買うといい」


「おいおい、俺が荷物持ちかよ……」


舌打ち混じりにぼやく波浮を、美都は嬉しそうに見上げた。


「気を付けていっておいで。何かあれば僕の名を呼んで」

「遠くにいたら、名前呼んでも聞こえないんじゃ?」

「大丈夫だよ。君の声は僕には届く」


美都は小首を傾げる。

その仕草が、なぜか胸の奥をくすぐった。


「んー……静流さんがそう言うなら、そうなのかな?」


納得したような、そうでないような返事。

波浮が雑に美都の頭を撫でた。


「おう。静流様がそう言うならそうなんだよ。ほら、行くぞ」

「はーい。じゃ、行って来ますねー!」


「ああ、楽しんでおいで」


静流は二人を見送った。


親良が低く報告する。


「静流様、四神と――新たな巫女も、確認できました」

「ああ……来てるんだね。あの無能達が」


静流の口元が、僅かに歪む。


「丁度いい。まとめて“現実”を味わわせてあげようか」


「では、美都様と波浮は呼び戻しましょうか?」


「いや。術の発動は、美都が一頻り縁日を楽しんだ後だ。

彼女には純粋に楽しんでほしい」


「承知いたしました。波浮にはそのように伝えておきます」


親良は頭を下げ、式を飛ばした。



「波浮さん、あれ何かな?」

「あー。飴細工だな。欲しいのか?」

「欲しい! 早く早く!」

「へいへい……ったく、ガキだな」


美都に腕を引かれ、波浮は出店へ連れていかれる。

屈託なく笑う美都を見つめながら、親良からの式を受け取り――

「了解した」と短く返す。


――その時。


雑踏を警備で歩いていた蓮の足が、不意に止まった。


灯火に照らされた横顔。

見間違えるはずがない――なのに、信じられない。


(……美都……?)


呼吸が詰まる。

胸の奥が焼けるように熱くなる。


蓮は人混みを掻き分けて駆け寄り、少女の腕を掴んだ。


「美都殿っ!」


「……え?」


美都は驚き、振り返る。

真剣な眼差しで自分を見つめる男がいた。


「え? あの……すみません。誰ですか?」


「覚えて……いないのか……?」


その一言で確信する。

“生きている”。だが――失われている。


「えっと……ごめんなさい。私、記憶が無くて」


――その瞬間。


傍らの波浮が、にやりと前に出た。


「よぉ、藤原蓮か。四神が何の用だ?」


「私は、巫女殿に――」

「巫女? それなら、そこにいるだろ」


波浮が顎で示した先に、千夏と四神の姿があった。


蓮の喉が震える。

言葉が出ない。


波浮の声が、容赦なく刃になる。


「お前らは、あの巫女を守るために……

前の巫女を身代わりに“使った”んだろ?」


「身代わりにしたわけではない!」

「結果は同じだ」


波浮は一歩近づく。


「四神といいながら、守れなかった。

――いや、守らなかった。儀式には生贄が要る。

だから、こいつを“器”に据えて、レベルを上げさせて、贄にした」


蓮は反論できない。

胸を抉る言葉が、真実に触れているからだ。


「生きてたからそれがどうした?」


波浮の口元が吊り上がる。


「こいつは静流様が救わなきゃ、とっくに池の底で冷たくなってた。

お前らの仲間の誰ひとり、池に飛び込む奴はいなかったのになぁ?」


「っ……!」


波浮は、低く囁くように続けた。


「連れて戻ってどうする?

また“都合よく使われる場所”へ返すのか?」


蓮は言葉を失う。

美都は不安げに二人を見上げ、震える声で言った。


「あの……ごめんなさい。私と……知り合いだったんですか?」


その無垢な問いが、蓮の胸をさらに切り裂いた。


太鼓が高らかに鳴り響く。

だが蓮の耳には、それは虚ろな鼓動にしか聞こえない。


(……美都。どうして、君の幸せにすら……私は触れられない……)


篝火の炎が風に煽られ、夜空を紅く染める。


その紅の下で――

静かに幕が上がる。


静流の復讐劇の、序章が。

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