第三章 レベル50と呪詛浄化⑤
◆sideー静流の別邸
静流の別邸。
庭には四季の花々が咲き乱れ、小川のせせらぎが涼やかに響いていた。
「今日は、これを手伝ってくれるかい?」
静流は穏やかに笑い、摘みたての薬草を美都に手渡す。
「はい。……静流さんって、本当に色んなことを知ってるんですね」
美都は微笑み返し、まるで昔からそうしてきたかのように自然に薬草を仕分けていく。
――京に来て、初めて手にした「穏やかな暮らし」。
美都は過去を忘れていた。
四神のことも、千夏のことも。
自分の名前さえ、最初は思い出せなかった。
それでも、静流の優しさに救われた。
共に過ごすこの日々が、心の拠り所になっていた。
小鳥の囀り。薬草の香。柔らかな風。
世界がようやく彼女に安らぎを許したかのように――
「……あ」
ふと、手が止まる。
薬草の束を握ったまま、美都は理由もなく胸元を押さえた。
(……何か、大事なものを……忘れている気がする)
けれどその感覚は、すぐに霧のように薄れていった。
静流が「大丈夫」とでも言うように、視線だけで微笑むから。
そこへ、家臣の一人・親良が膝をつき報告する。
「静流様、神泉苑にて泰平御霊会が催されるとのこと」
静流の眉が、わずかにひそめられた。
「泰平御霊会……」
呪詛が鎮まった後、都の安寧を祝う祭礼。
だがそこに、「巫女の犠牲を悼む」姿は欠片もない。
「……都合の良いものだね。娘の命を踏みにじりながら、平和の宴とは」
声音に、冷たい棘が宿る。
「現実を知らぬまま安堵に酔うのなら……祭りの最中に“現実”を突きつけてやるのも一興かな?」
親良が低く答える。
「御意。手配は、いつもの通りに?」
「……ああ。席順と灯り、それから“鈴”の準備を。余計な者に気取られないようにね」
「かしこまりました」
静流の口元に、ゆるやかな笑みが浮かんだ。
庭先では、美都が池の鯉に餌をやり、屈託なく笑っている。
その姿を、静流は優しい眼差しで見つめる。
(――君が笑っていられるなら、それでいい。
だが、奪った者たちは……許さない)
花弁が一枚、水面に落ちた。
その静かな音が、復讐の鐘のように響く。
◆sideー四神側
――その頃。
「神泉苑で泰平御霊会が執り行われる」
月景の言葉に、千夏と四神は黙然と耳を傾けていた。
「巫女殿が亡くなられて、まだ日も浅いというのに……」
道真が憤るように吐き捨てる。
「だからこそ……なのだろうね」
蓮の声音には苦い皮肉が滲んでいた。
「彼らにとっては、平民の命など取るに足らぬもの。
巫女も駒の一つにすぎない」
弔いもなく、存在しなかったかのように扱われる美都。
その理不尽さに、誰もが苛立ちを覚える。
けれど――抗う術はない。
「……断ることは、出来ないのですよね」
千夏が不快さを隠さず呟く。
「我らに逆らう力は許されていない」
月景の言葉は淡々としていたが、奥底には押し殺した怒りが滲んでいた。
静まり返った空気の中、それぞれが沈痛な面持ちで視線を伏せる。
都は宴の支度に沸いている。
だが彼らの胸にあるのは――癒えぬ痛みと焦燥だけだった。
(……忘れられていくのか? あの娘の笑顔も、声も、すべて)
蓮は拳を握り締める。
爪が掌に食い込み、痛みが血のように滲んだ。
「……せめて、彼女のために祈ろう」
誰も応えない。
沈黙が祈りの代わりに広がっていく。
――だが、その沈黙の底で。
道真がふと、顔を上げた。
「……泰平御霊会の夜、神泉苑の結界は“誰が”張るのです?」
「公家の陰陽師だろう」リトが答える。
道真は眼鏡の奥で瞳を細めた。
「……なら、あの夜に聞いた“鈴”の音は、記録に残らない。
……月景殿。今夜、もう一度神泉苑を見に行きませんか」
月景の目が、わずかに鋭くなる。
月は満ち、都は再び華やぐ。
けれど――その光の裏で、静かに蠢く影があった。
そしてその影こそが、やがて都を再び飲み込む“災い”の序章となることを、
まだ誰も知らなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます