第三章 レベル50と呪詛浄化③

◆sideー四神側


呪詛を封じるはずの大儀は――実際には、

「巫女の魂を呪詛に捧げ、相殺する」ための、生贄の儀式だった。


美都は黒い呪詛に絡め取られるようにして池へ沈み、

瘴気は霧のように裂け、夜気はしばし静まり返る。


岸辺に立つ公家たちは安堵の笑みを浮かべ、酒杯を掲げた。


「これで都は救われた」

「上出来だ。安く済む」


その言葉はあまりにも軽く、あまりにも残酷だった。


ただ一人、千夏だけが叫び続ける。


「美都……なんで!? 美都は生贄なんかじゃない!!」


四神は言葉を失い、沈痛な面持ちで立ち尽くす。

だが胸を切り裂かれるように痛むのは――蓮だった。


(……私は、何も守れなかったのか)


守りたかった少女は、目の前で“消えた”。

奥歯を噛み締めても抑えきれない感情が、蓮の胸を荒らす。

頬を熱い涙が伝った。


その後、儀式の真実が公家の口から淡々と告げられる。


本来選ばれていたのは千夏。

だが「適正が高い」という名目で、美都が身代わりに選ばれ、

レベル上げを急がされたのだという。


「蓮さんは……最初から知っていたの?」

千夏の声が震える。


「“器”の話は……知っていた。

だが、命を差し出すなどとは……聞かされてはいなかったんだ」


千夏は怒りに震え、涙をこぼす。

月景はその肩を抱き寄せ、言葉を失った。


道真が唇を噛む。


「……我々のしたことは、巫女殿を生贄にするための手伝いだったのですか?」


リトが悔しげに吐き捨てる。


「アイツ……すげー頑張ってたんだぜ? 知ってたら無茶なんてさせなかった」


月景は静かに目を伏せ、奥底の怒りを嚙み殺していた。


さらに追い打ちのように、公家が告げる。


「正式に千夏を巫女として任命する――そう通達がありました。

もう、美都殿への関心はないようです」


人が一人、犠牲になったというのに。

都では「呪詛解除の宴」が催されるという。


あまりに身勝手で、あまりに醜い。

千夏は泣き叫び、四神は深い悔恨と怒りの淵へ沈んでいった。




◆sideー静流側


池底で渦巻いていた呪詛は、鈴の音に導かれてふっと収まった。

それは静流があらかじめ仕込んでいた――最悪の事態に備えた切り札。


“相殺の流れ”の外側へ抜ける、たった一つの退避路。

誰にも気づかれぬよう、池底へ繋いだ「別の道」だった。


呪詛の包みから引き上げられた美都の身体は、人目を避けるように運ばれる。

公家も、四神も干渉できない場所――静流の別邸へ。



やがて瞼が重く上がると、見慣れぬ天井が視界に入った。

障子越しに淡く差す光。耳には遠く、屋敷の静けさだけが残っている。


「……ここは……?」


薄い声に、隣で静かに肩を落としていた男が顔を向ける。

月のように落ち着いた顔――中臣静流だ。


「目が覚めたかい。気分はどうだい?」


焦点が合わない。言葉が追いつかない。

胸の内に、答えのない空白が広がっていく。


「……誰ですか? 私、どうして……?」


問いの端々に浮かぶ不安に、静流はゆっくり息を吐いた。

声は柔らかく、けれど揺るがない。


「混乱しているね。僕は静流。君を守る者だよ」


「静流さん……?」


その名に、心のどこかが微かに反応する。

けれど掴めない。過去の断片は霧に包まれている。


静流は、そっと美都の手を取った。

手のひらは温かく、安堵を誘う温度だった。


「君の名前は美都。――呪詛の相殺に触れて、記憶が削れた。副作用だ」

「……記憶が……?」


「心配はいらない。ここは君が安心して暮らせる屋敷だよ。

君は僕の大切な人だ」


「……大切な人?」


その言葉に胸がぎゅっと絞られる。

意味は分からないのに、静流の眼差しには揺らぎがない。

真摯さと、守る固さが同居している。


静流は微笑みを落とし、美都を抱き寄せた。

抱擁は強すぎず、弱すぎず。ちょうどよいぬくもりで包み込む。


その温もりに、美都は無意識に肩の力を抜いた。

安堵の息が漏れ、ふっと笑みがこぼれる。

――確かな居場所を見つけたときに浮かぶ笑顔みたいに。


だが、静流の胸中には別の炎が静かに燃えていた。


(――あの腐敗を、私の手で払う。

“巫女を使い潰す都”を、二度と許しはしない)


外ではまだ、都のざわめきが続いている。

だがこの夜、この屋敷の中だけは、別の時間が流れているように感じられた。


美都は静流の胸に顔を寄せ、遠い夢の欠片を探す。

思い出せない記憶があることだけを、かすかに知っている。


――けれど今は、ただこの腕のぬくもりに身を委ねていいのだと思った。


静流はその頭を優しく撫で、低く囁いた。


「今は、ゆっくり休んで。君が望む限り、僕は傍にいるよ」


夜風が障子を揺らし、外の月が庭を淡く照らす。

その淡い光の先で――静流の指先の鈴が、もう一度だけ小さく鳴った。


“次の手”を告げるように。

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