第三章 レベル50と呪詛浄化②
神泉苑の夜。
「御霊鎮め」の儀式が始まろうとしていた。
篝火の炎が池を照らし、揺らめく光が水面に不穏な影を落としている。
「……始めます」
美都は橋の中央に立ち、深く息を吸い込んだ。
四神は四方に陣を取り、守護の力を張り巡らせる。
千夏は儀式の外へ下がらされ、公家たちの列の中で固唾を飲んで見守っていた。
その列の奥――中臣静流が、静かに立っている。
昨夜、不安を見せた美都を「大丈夫だ」と微笑みで支えた彼。
だが今、その瞳は氷のように強張り、池の中央を射抜いていた。
やがて祝詞が紡がれ、池の水面は淡い光を帯びていく。
黒い瘴気が立ち上がるたび、四神の結界が壁となり、押し返した。
光は澄み、池全体が清められていく。
息を吐いた瞬間、美都の肩から力が抜けた。
(……良かった。終わった……)
安堵が胸を満たした、その刹那――
――ずるり。
「っ!」
池の中央から、なおも蠢く黒の塊が姿を現した。
禍々しい瘴気が蛇のように美都へ絡みつき、容赦なく水底へ引きずり込んでいく。
「美都っ――!」
千夏の悲鳴が夜を裂いた。
四神が駆け寄ろうとする。
だが、張り巡らせたはずの結界が――今度は“内側”へ閉じ、彼らを阻んだ。
守りの壁は、いつしか檻に変わっていた。
「何故だ……ッ!」
最も激しくもがき、拳で結界を叩いたのは蓮だった。
「美都殿――!」
水面の下、渦に呑まれる美都の影。
その姿が揺れて、遠ざかっていく。
(……違う。聞かされていた話と……!)
本来の生贄は千夏。
だが「適性がある」という名目で、美都が身代わりに選ばれた。
その事実を知っていたのは、四神の中でも蓮だけ。
だからこそ彼は信じた。
美都を強くさせることこそが守る道だと。
時に辛辣な言葉を浴びせても――それは全て、彼女を生かすためだと。
だが今、蓮は初めて理解する。
「……命ごと、喰われる……!? そんな……!」
魂そのものを代価に呪詛を相殺する。
それが――儀式の正体だった。
「やめろォッ!! 美都殿――!!」
叫びは虚しく夜気に溶け、水面へ吸い込まれていく。
◆
――その時。
「……やはりな」
人垣の後方で、静流が小さく呟いた。
懐から取り出した小さな鈴を、ゆるりと振る。
ちりん――。
澄んだ音が、篝火よりも静かに、しかし確かに池へ届いた。
その響きは波紋を描き、誰も知らぬ術の“合図”となる。
四神は結界に阻まれ、公家たちは「儀式が成功した」と安堵に沸く。
誰ひとり、池の底に仕掛けられた“別の道”に気づく者はいなかった。
ただ静流の瞳だけが、暗い決意を宿していた。
(美都殿は……私が救う。
二度と、大事な人を奪わせはしない)
やがて禍々しい瘴気は霧散し、池は嘘のように静まり返った。
篝火が揺れるその水面には、もう美都の姿はなく――
ただ、澄んだ光だけが残されていた。
……そして橋の上に、ひとひら。
美都の髪に挿していた花簪が、濡れたまま転がっていた。
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