第二章 乙女ゲームなのに修行とは?⑩
美都は千夏と並んで、ステータスウインドウを覗き込んでいた。
巫女レベル:45
属性:土
浄化:45
封印:45
癒し:45
使用可能技:治癒
「すごい……レベル45! 本当に頑張ったもんね、美都」
「でも、まだまだ千夏には遠く及ばないよ」
「そりゃそうでしょ。私はほぼ脳死で周回してたから」
千夏の巫女レベルは70。
愛情度も――月景50、他の四神も揃って40台。
「美都の愛情度は……静流が40、蓮30、月景20、道真20、リト20かぁ」
「愛情っていうより、友情に近い感じだけどね」
「私的には蓮の30が意外」
千夏が数字を見つめて、首を傾げる。
(……意外、っていうか。
あの人、もっと上げててもおかしくない“動き”してるのに)
口には出さず、私は軽く笑って誤魔化した。
「この先のイベントって何があるの?」
「巫女レベル50になると、『呪詛解除』の大イベントが発生するんだよ」
「呪詛解除? 名前からして怖そう……」
「大丈夫。神泉苑で浄化して、そのあと龍神が出現する
――四神との絆を深める大事なイベントだから」
「絆かぁ……私、低すぎて不安なんだけど」
自分のステータスを見下ろす。
四神との絆は30。千夏はどの四神とも50。
「私が思うにさ、美都の愛情度が上がりにくいのって……静流さんのせいじゃない?」
「静流さん?」
「隠しキャラだから。仕様的に“他のルートの数値が伸びにくい”んだと思う」
「……マジか」
どうやら無自覚のまま、私は静流ルートに片足を突っ込んでしまっていたらしい。
「美都は静流さんのこと、どう思ってるの?」
「んー……恋愛っていうより……栄養ドリンクかな。欲しい言葉をくれて、
甘やかしてくれるから」
「隠しキャラを栄養ドリンク扱いするな」
「だって……」
千夏は呆れながらも笑い、肩をすくめた。
「ま、誰とくっついても私は応援するよ。月景さん以外ならね」
「はいはい」
◆
「美都殿」
その夜。
静流に誘われ、藤の花が咲き誇る庭を歩いていた。
淡い灯りに照らされた花棚の下を、静流の手に導かれて進む。
その歩調が心地よくて、呼吸が自然に整っていくのが分かった。
「綺麗ですね……光に映えて、幻想の中みたい」
「気に入ってもらえて嬉しいよ」
穏やかな声が、日々の疲れをすっと溶かす。
ただ隣を歩くだけで、心が軽くなる。
「聞いたよ。もうすぐ神泉苑で呪詛の浄化をするそうだね」
「あ、はい。あと少しでレベルが50になるので」
静流は一拍置いて、ほんの少しだけ目を伏せた。
「……本来なら、君がその役を担う必要はないはずなのに」
「……そうなんでしょうけど。一応、『巫女』ですから」
笑顔で返したけれど、胸の奥がかすかに疼いた。
“巫女”と言った瞬間、手のひらが、微かに温かくなる。
(また……この熱)
静流はそれに気づいたのか気づいていないのか、表情を変えずに言った。
「無理はしないで。次の満月までに整えればいい。……焦る必要はないよ」
「次の満月……」
私は思わず夜空を見上げる。
そこには、綺麗な満月が輝いていた。
「あと少し……」
屋敷まで送ってくれた彼の背を見送りながら、改めて思う。
――あの人がいてくれたから、私はここまで頑張れたのだと。
◆
「巫女殿」
背後から名を呼ばれ、驚いて振り返る。
月明かりの下に立っていたのは、蓮だった。
瞳は酒に濡れたように艶を帯びている。
けれど焦点はぶれていない。むしろ、鋭く冴えていた。
「こんばんは。……何か御用ですか?」
「巫女殿は、相変わらずつれないね」
苦笑しながら近づいてくる。
私は反射的に一歩だけ後ろへ下がった。
鼻先に、淡い酒の香りが漂う。
「……飲んで来たんですか? なら、早く部屋に――」
「少しだけ。……今夜、君に会わないといけない気がした」
言い切る前に、蓮の手が私の腕を掴んだ。
強い。けれど乱暴じゃない。逃げ道を塞ぐような強さだ。
「蓮さん……?」
「こうでもしなければ、君は逃げるのだろう?」
低い声が耳元に落ちる。鼓動が早くなる。
「……何かあったんですか?」
「……不安なんだと思う」
「不安? 蓮さんはいつも飄々と何でもこなしているじゃないですか」
「……仮面だよ」
淡く笑った声が、かすかに震えた。
「時々外れてしまうんだ……格好悪いけれどね」
藤棚の下で感じた静流の安らぎとは、あまりに対照的で。
この人の熱は、近いのに怖い。
「本当はね……言わないつもりでいたんだよ……」
「何をですか?」
「……察してはくれないのかな」
「……からかわないでください。他の女性にしてください、そういうのは」
強く否定したつもりなのに、頬に熱が集まっていく。
拒みきれない自分が、怖い。
蓮は一度だけ息を整え、私を見下ろした。
「……嫌なら、今はっきり言ってくれるかな。手を離すよ」
真剣な目。
逃げ道を“くれる”言葉が、逆に心を揺らす。
私は答えられない。
ただ、視線を逸らせなかった。
その沈黙を確かめるように、蓮がゆっくり距離を詰める。
「……私は君に惹かれているよ、美都。焦がれているんだ」
“美都”と呼ばれた瞬間、心臓が跳ね上がった。
――名前。私は、名前で呼ばれたかった。
蓮の指が頬に触れる。熱が移る。
「……触れていいかい?」
「……っ」
声にならない返事の代わりに、私は小さく息を呑んだ。
それを合図にするように、蓮の唇が重なる。
驚きと混乱で体が固まる。
けれど、角度を変えて重ねられる口づけは、痛いほど真剣だった。
唇が離れた隙間に、囁きが落ちる。
「君が好きだよ。一人の女性としてね」
嘘がないことだけは、はっきり分かってしまう。
――強引で、不器用で、真っ直ぐすぎる人。
静流の穏やかさとは正反対の熱に、心が大きく揺らぐ。
拒絶したい理性と、応えてしまいそうな心の狭間で。
私はただ、蓮の腕の中で息を乱しながら立ち尽くした。
その時――視界の端に、通知が弾ける。
【藤原蓮 愛情度:30 → 45】
「……っ」
言葉が出ない。
蓮は私の反応を見て、少しだけ困ったように笑った。
「ほら。……君の世界は、残酷だね」
月は、変わらず白く輝いていた。
まるで「次の満月まで」を数えさせるみたいに。
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