第二章 乙女ゲームなのに修行とは?⑨

病に伏せる美都の寝所の前。

本来なら二週間、京を離れるはずだった蓮は、急報を受けて予定を早め、

夜のうちに駆け戻っていた。


――巫女殿が高熱で倒れた。


女房の言葉を聞いた瞬間、足が止まった。胸の奥がひやりと冷える。


(……私の言葉が、彼女を追い込んだのか?)


――浮つくな。

――千夏殿に、ますます差をつけられる。


あの夜。

一番傷つくと分かっていながら、苛立ちに任せて冷たい言葉を突きつけた。


静流から贈られた簪を嬉しそうに差し、あの男を思い浮かべるだろう笑顔が、どうしようもなく癪に障ったのだ。

巫女殿が負けん気で、意地を張る性格だと知っていたはずなのに。

結果、彼女は「認めさせたい」という一心で、自分を追い詰めてしまった。


「蓮さん……なんで美都を追い込むようなこと言ったの?」


千夏の声は、鋭い刃のようだった。


「……」

「蓮さんは美都に優しいって、私は思ってたのに」

「……返す言葉もないよ」


千夏は悔しげに唇を噛み、さらに踏み込む。


「苛立ちの原因……中臣静流?」

「……! 来たのか、ここに……」


蓮の声が低くなる。千夏の目は逸られない。


「前から聞きたかったんだ。蓮さんは美都のこと……どう思ってるの?」

「……巫女殿は巫女殿だ。そこに特別な感情は無いよ」


それは、千夏に言い切ったというより

――自分に言い聞かせた言葉だった。


千夏はじっと見つめ、静かに言い放つ。


「なら私からも言わせて。浮名を流すのは勝手。

でも美都にだけは、遊び半分で近づかないで。絶対に許さない」


睨みつけるような眼差しに、蓮は言葉を失った。


――その時。


「……やぁ。藤原殿、お戻りだったのだね」


廊下の向こうに、静流が姿を現した。

夜気を纏ったその佇まいは、余裕と気品でできている。


「疲れているだろうに、巫女殿のお見舞いとは。流石、四神だね」

「……当然だ。我らにとって巫女殿は、守るべき存在だから」

「守る、か」


静流は柔らかく微笑む。

だが瞳だけが、鋭く光った。


「女性の扱いに長けた藤原殿が……美都殿にだけ辛辣なのは、どうしてだろうね?」

「……っ」

「本当に守りたいなら、傷つける言葉は選ばないはずだ」


蓮は返せない。睨み返すことしかできなかった。


静流は一歩、寝所の方へ視線を向けて、穏やかに言う。


「僕が彼女を支えるよ。“任務”ではなく――一人の女性としてね」


それは宣告だった。

仮面の裏にあるものを、静流は見抜いている。


蓮の胸の奥で、言葉にできない熱が燻った。



◆sideー美都


数日後。

高熱は引き、体は少しずつ動くようになった。


……が、修行を願い出るたびに月景から却下され、私は渋々、道真から借りた本を読んでいた。寝込んだ分を取り返したいのに、許されない。


「ねぇ、美都」

「ん?」

「美都は静流さんのこと、どう思ってるの?」


不意にぶっ込まれて、ページをめくる手が止まる。


「どう……とは?」

「恋愛の意味で。好きかどうか」

「……どうだろう。一緒にいて、ホッとするとは思ってるけど」


千夏が身を乗り出す。


「じゃあ……キスしたいと思う?」

「き、キスっ!?」


顔が熱くなる。熱のぶり返しかと思った。


「女の子ならあるでしょ? 好きな人とキスしたいとか、抱きしめられたいとか!」

「ごめん……女の子失格かもしれない。考えたことなかった」

「えーーーー!」

「じゃあ千夏は? 月景さんにそう思うんだ」


問いかけた瞬間、千夏の頬が赤く染まる。


「ま……まぁね」

「……経験済み?」

「……ノーコメントで!」


千夏は庭へ逃げていった。

一人残されて、私は本を閉じる。


(そっか……千夏は月景さんとの恋、順調なんだ)


照れる姿が微笑ましくて、素直に応援したい気持ちになる。

それに比べて私は――可愛げもなく、恋愛度も伸びない。


ステータスを開くと、四神との恋愛度は相変わらず伸び悩んでいた。

信頼度は上がっているのに、“恋”にはならない。


(……私には、ヒロインの魅力が無いんだろうなぁ)


やがて月景から修行の許可が下りた。

条件は「無茶をしない」こと。


――あの日以来、蓮とは距離が開いたまま。

仲間として怨霊を封印し、共にレベルを上げる。それだけの関係。


他のメンバーとも似たようなものだ。


「乙女ゲームのヒロイン(仮)」を引き受けたはずが、

気づけば私は、恋より先に“攻略”をしている。


ただ――静流だけは違った。


たまに街へ誘われ、菓子を食べ、肩の力を抜いて笑う。

「巫女」ではなく「美都」でいられる時間。

いつの間にか、それが私の拠り所になっていた。



◆sideー蓮


一方の蓮は、以前にも増して浮名を流していた。

甘い囁きも抱擁も、どこか上の空。胸の奥の虚無は消えない。


ある晩。

酔いに任せて女性を抱き寄せた時、不意に鋭い視線を感じた。


――静流と共に立つ、美都。

氷のように冷たい瞳が、まっすぐこちらを射抜く。


「……浮ついているのは、どっちなんですかね?」


それだけ言い残し、美都は背を向けた。


刹那、胸の奥に鋭い痛みが走った。

女を抱く腕が力なく落ち、虚空を掴む。


(……そうか)


苛立ちの理由。

態と選んだ、彼女を傷つける言葉。

すべては――気づかぬうちに芽吹いた感情の裏返しだった。


胸の奥が熱く灼ける。

今さら気づいても遅い、という自嘲を、蓮は笑みで誤魔化すしかなかった。

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