第二章 乙女ゲームなのに修行とは?⑧
千夏に効率の良い場所を選んでもらい、
美都はただひたすら戦い続けていた。
術を放ち、封印を繰り返す。
息は荒く、呼吸は浅い。
喉の奥が焼けるみたいに乾く。
それでも足を止めない。
札を握る指先が痺れて、腕が重くなる。
膝が笑って、視界の端がちらつく。
「美都、ちょっと休もう? 顔が真っ青だよ!
ゲームと違って体力使うんだから!」
「……大丈夫。まだやれる」
汗を拭う余裕さえなく、前へ。
心の奥では、ただ一つの言葉が響き続けていた。
(……絶対レベル30にする……!)
――「浮ついていては、千夏殿ともっと差が出来てしまうよ」
頭の中で、蓮の言葉が繰り返される。
「うるさいっ……! 言われなくても、やるから……!」
どうして、一番刺さる言葉を選んでくるのか。意地悪でしかない。
悔しさで唇を噛む。
これは修行なんかじゃない、意地だ。
焦りと怒りに突き動かされて、ただ前へ。
――絶対に、認めさせてやる。
千夏は不安げにその背を見守り続けていた。
「……美都……ほんとに無理はしないでよ。
ゲームみたいにHPバーなんて見えないんだから……」
しかしその声は届かない。
美都の視界は霞み、手は震え、それでも敵へと向かっていく。
◆
――そして、数日後。
「やった……! 三十……!」
ステータスの数値が跳ね上がった瞬間、
美都の手のひらが、焼けるように熱を持った。
(……また、この熱……っ)
次の瞬間、足元が抜けた。
視界がぐらぐらと揺れ、耳鳴りが響く。
膝が折れ、床が近づく。
「美都っ!?」
駆け寄る千夏の声を最後に、美都の意識は闇へと落ちた。
「巫女殿!」
崩れ落ちた身体を支えたのは月景だった。
額に触れた瞬間、掌を焼くような熱が伝わってくる。
「熱が高い……急いで屋敷に戻るぞ!」
月景は躊躇なく美都を抱き上げた。
「み、美都……っ!」
千夏の顔は青ざめ、涙がにじむ。
「何故……君はそこまでして自分を追い込むんだ……」
月景の低く押し殺した声が、昏い闇の中に落ちた。
◆
屋敷に運ばれ、布団へと寝かされると、千夏は美都の手を強く握りしめた。
「もうすぐ医師が来る。大丈夫だ……」
月景がそう言葉をかけるも、千夏の唇は震えていた。
「私……傍にいたのに、無茶を止められなかった……。
美都が私とのレベル差で焦ってるのは分かってたけど……
少しずつでいいと思ってたのに……」
瞳に涙があふれる。
「それは我らも同じ気持ちだ。巫女殿には、ゆっくり成長してもらえればと願っていた。……何故、急に無茶なレベル上げを?」
千夏の声が、悔しさに震える。
「蓮さんが……美都に……
“浮ついている暇があるなら強くなれ”って……」
月景の眉間に深い皺が寄る。
道真が以外そうに呟いた。
「……蓮殿らしくないですね。女性に対してそんな言葉を言うなんて」
横からリトが、やや乱暴に口を挟んだ。
「まぁ、あれじゃね? 好意が持てない相手には塩対応するだろ? アイツ」
「推測で断じるのは早計です。藤原殿には……別の事情がある可能性も」
二人の会話を聞きながら、月景の瞳には、別の色が宿っていた。
(……いや。むしろ巫女殿には、特別に向き合っていたはずだ。
だからこそ――何故、そのような言葉を?)
◆
そのとき、障子の外から女房の声がした。
「すみません、巫女様にご面会したい方が来られております」
「面会?」月景が訝しむ。「どなたが?」
「中臣静流様です」
月景は眉をひそめた。
巫女と静流に接点があるとは思えない。
だが千夏は、その名を聞くなり、はっと顔を上げた。
「静流……! 入ってもらってください!」
千夏の声に従い、障子が開かれる。
「失礼するよ」
中臣静流が姿を現した。
柔らかな笑みを浮かべながら、美都の枕元へと歩み寄る。
「美都殿が倒れたと聞いてね。お見舞いに来たんだ」
その姿を見て、千夏は目を見開く。
(……この男。攻略対象にいないのに“イベント”を踏ませてくる。
隠しキャラだ。しかも一番面倒なタイプの……!)
静流は美都の額へと手を伸ばし、その熱に眉根を寄せた。
「辛いだろうに……」
そっと頭を撫でる仕草は優しく、どこか愛おしげですらあった。
残る三神――月景、リト、道真が、思わず目を見合わせる。
「失礼ですが、中臣殿と巫女殿はどのようなご関係で?」
道真の問い掛けに、静流は柔らかな笑みを浮かべ、ほんの僅かに目を細めた。
「美都殿とかい? ……仲良くさせてもらっているよ」
淡々とした響き。
だがその一言には、“巫女”ではなく“一人の女性”として見ているという確信が、さりげなく滲んでいた。
張り詰める空気の中で、千夏は小さく息を吐く。
(……やっぱり。蓮の苛立ちの理由は、この人なんだ……)
その瞬間――
眠る美都の手のひらが、ふっと光った。
静流の指先に触れるように、紋が淡く脈打つ。
月景の視線が鋭くなる。
「……今のは」
静流は何事もないように笑ったが、目だけが一瞬だけ真剣になった。
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