第二章 乙女ゲームなのに修行とは?⑧

千夏に効率の良い場所を選んでもらい、

美都はただひたすら戦い続けていた。


術を放ち、封印を繰り返す。

息は荒く、呼吸は浅い。

喉の奥が焼けるみたいに乾く。

それでも足を止めない。


札を握る指先が痺れて、腕が重くなる。

膝が笑って、視界の端がちらつく。


「美都、ちょっと休もう? 顔が真っ青だよ!

ゲームと違って体力使うんだから!」


「……大丈夫。まだやれる」


汗を拭う余裕さえなく、前へ。


心の奥では、ただ一つの言葉が響き続けていた。


(……絶対レベル30にする……!)


――「浮ついていては、千夏殿ともっと差が出来てしまうよ」


頭の中で、蓮の言葉が繰り返される。


「うるさいっ……! 言われなくても、やるから……!」


どうして、一番刺さる言葉を選んでくるのか。意地悪でしかない。


悔しさで唇を噛む。

これは修行なんかじゃない、意地だ。


焦りと怒りに突き動かされて、ただ前へ。


――絶対に、認めさせてやる。


千夏は不安げにその背を見守り続けていた。


「……美都……ほんとに無理はしないでよ。

ゲームみたいにHPバーなんて見えないんだから……」


しかしその声は届かない。

美都の視界は霞み、手は震え、それでも敵へと向かっていく。



――そして、数日後。


「やった……! 三十……!」


ステータスの数値が跳ね上がった瞬間、

美都の手のひらが、焼けるように熱を持った。


(……また、この熱……っ)


次の瞬間、足元が抜けた。


視界がぐらぐらと揺れ、耳鳴りが響く。

膝が折れ、床が近づく。


「美都っ!?」


駆け寄る千夏の声を最後に、美都の意識は闇へと落ちた。


「巫女殿!」


崩れ落ちた身体を支えたのは月景だった。

額に触れた瞬間、掌を焼くような熱が伝わってくる。


「熱が高い……急いで屋敷に戻るぞ!」


月景は躊躇なく美都を抱き上げた。


「み、美都……っ!」


千夏の顔は青ざめ、涙がにじむ。


「何故……君はそこまでして自分を追い込むんだ……」


月景の低く押し殺した声が、昏い闇の中に落ちた。



屋敷に運ばれ、布団へと寝かされると、千夏は美都の手を強く握りしめた。


「もうすぐ医師が来る。大丈夫だ……」


月景がそう言葉をかけるも、千夏の唇は震えていた。


「私……傍にいたのに、無茶を止められなかった……。

美都が私とのレベル差で焦ってるのは分かってたけど……

少しずつでいいと思ってたのに……」


瞳に涙があふれる。


「それは我らも同じ気持ちだ。巫女殿には、ゆっくり成長してもらえればと願っていた。……何故、急に無茶なレベル上げを?」


千夏の声が、悔しさに震える。


「蓮さんが……美都に……

“浮ついている暇があるなら強くなれ”って……」


月景の眉間に深い皺が寄る。

道真が以外そうに呟いた。

「……蓮殿らしくないですね。女性に対してそんな言葉を言うなんて」


横からリトが、やや乱暴に口を挟んだ。

「まぁ、あれじゃね? 好意が持てない相手には塩対応するだろ? アイツ」

「推測で断じるのは早計です。藤原殿には……別の事情がある可能性も」


二人の会話を聞きながら、月景の瞳には、別の色が宿っていた。


(……いや。むしろ巫女殿には、特別に向き合っていたはずだ。

だからこそ――何故、そのような言葉を?)



そのとき、障子の外から女房の声がした。


「すみません、巫女様にご面会したい方が来られております」

「面会?」月景が訝しむ。「どなたが?」

「中臣静流様です」


月景は眉をひそめた。

巫女と静流に接点があるとは思えない。


だが千夏は、その名を聞くなり、はっと顔を上げた。

「静流……! 入ってもらってください!」


千夏の声に従い、障子が開かれる。


「失礼するよ」


中臣静流が姿を現した。

柔らかな笑みを浮かべながら、美都の枕元へと歩み寄る。


「美都殿が倒れたと聞いてね。お見舞いに来たんだ」


その姿を見て、千夏は目を見開く。


(……この男。攻略対象にいないのに“イベント”を踏ませてくる。

隠しキャラだ。しかも一番面倒なタイプの……!)


静流は美都の額へと手を伸ばし、その熱に眉根を寄せた。


「辛いだろうに……」


そっと頭を撫でる仕草は優しく、どこか愛おしげですらあった。

残る三神――月景、リト、道真が、思わず目を見合わせる。


「失礼ですが、中臣殿と巫女殿はどのようなご関係で?」


道真の問い掛けに、静流は柔らかな笑みを浮かべ、ほんの僅かに目を細めた。


「美都殿とかい? ……仲良くさせてもらっているよ」


淡々とした響き。

だがその一言には、“巫女”ではなく“一人の女性”として見ているという確信が、さりげなく滲んでいた。


張り詰める空気の中で、千夏は小さく息を吐く。


(……やっぱり。蓮の苛立ちの理由は、この人なんだ……)


その瞬間――

眠る美都の手のひらが、ふっと光った。


静流の指先に触れるように、紋が淡く脈打つ。


月景の視線が鋭くなる。


「……今のは」


静流は何事もないように笑ったが、目だけが一瞬だけ真剣になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る