第二章 乙女ゲームなのに修行とは?⑦

「おはよう美都。昨日は遅くなってごめんね!」


起き抜け一番に、千夏が両手を合わせて謝ってきた。

頬はほんのり赤く、目がやけにきらきらしている。


私は髪に触れそうになって、指を止めた。

――昨日の簪。

昨日の言葉。昨日の悔しさ。

まだ胸の奥に、残っている。


「大丈夫だよ。……月景さんとデートだったの?」


「えへへ、そうなの! イベントのフラグ回収してきちゃった。

ひゃー、月景さんめっちゃ格好良かったー!」


――なるほど。

千夏はちゃんと、自分の恋愛イベントを進めている。

月景さんルートは大事だもんね。うん。


……なのに、胸の奥が少しだけざわついた。


私は、聞きたかったことを口にする。


「ねぇ千夏。“中臣静流”って人、知ってる?」


「中臣静流? ……攻略対象にはいなかったと思うけどな」


千夏は顎に指を当て、考え深げに続けた。


「と言っても、私は月景さん一直線だから。他ルートで出てくるキャラかも

しれないね。で? その中臣さんがどうしたの?」


「昨日ね……町で偶然出会って、“イベント”みたいなのが発生したの」


「マジで!? 美都はてっきり蓮ルートだと思ってた!」


――その名前が出た瞬間、胸がちくりと痛んだ。


昨夜、蓮に言われた

「浮ついていると千夏に差をつけられるよ」

あの一言が、苦い後味と一緒に蘇る。


「……蓮さんと、何かあった?」


「……何かあったわけじゃないけど。

“浮ついてたら千夏に差をつけられる”って釘を刺されちゃった……

強くなれって……」


千夏の表情が、途端に険しくなる。


「はぁ? 蓮さんが? 女の人と遊んでばっかりのくせに!

美都の頑張りを何だと思ってんの、あの人!」


「まぁまぁ……言われても仕方ないよ」


口ではそう言いながら、胸の奥がざらつく。

“仕方ない”で片付けられないから、昨夜私は泣いたんだ。


「だから、30までレベル上げようって決めたの」


千夏が目を見開く。


「……リアルの戦闘でやっと20まで上げたんだよ?

それだって十分すごいのに、さらに30なんて無茶だよ!」


「……うん。でも、上げなきゃ」


声は揺れているのに、言葉だけは固かった。


「私のレベルが高いのは、美都が一番分かってるでしょ。

何度もゲーム周回したからなんだから」


「……分かってる」


それでも――追いつきたい。

“巫女”としてじゃない。私自身として、胸を張りたい。


そのとき、障子の向こうから声がかかった。


「おはようございます。巫女殿、起きておられますか?」


現れたのは道真。その手には数冊の書物が抱えられていた。


「おはよー。道真さん、起きてるよ?」


「もしお時間があれば、こちらを読まれますか? 良い息抜きになるかと」


差し出された書を、私は丁寧に受け取る。

退屈させないための気遣いが、素直に嬉しかった。


「ありがとうございます」


道真は一拍置いて、淡々と告げる。


「それから……蓮殿ですが、本日より二週間、京を離れることとなりました。

“上”の命です。明後日からの修行は、蓮殿抜きになりますが、宜しいですか?」


「そう……なんですね」


昨日の一件があって、顔を合わせづらかった。

その意味では、ちょうどいい――はずなのに。

胸の奥が、妙に落ち着かない。


私は一度、息を吸って言った。


「……あの。もしよければ、今日から修行を再開させていただけませんか?」

「え? でも休暇のはずでは?」

「……もう少し、レベルを上げたいんです」


道真は短く頷く。


「分かりました。では、皆に声を掛けてまいりますね」


障子が閉まると、千夏がすぐに口を開いた。


「美都……蓮さんの言葉なんて、無視しておけばいいのに」

「蓮さんは関係ないよ。私がそうしたいだけ。ごめんね、付き合って」


千夏は不服そうに眉を寄せたが、結局、渋々「分かった」と返した。


――嘘だ。


本当は「自分のため」なんかじゃない。

胸の奥で疼いているのは、あの夜に浴びせられた言葉の悔しさだ。


(……蓮さんが戻ってくるまでに。絶対、レベル30まで上げてやる。

意地でも……!)


千夏に効率の良い狩場を選んでもらい、

私たちは再びレベリングへと向かうのだった。

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