第二章 乙女ゲームなのに修行とは?⑥
静流と並んで町を歩く。
ゆっくり見て回ることのなかった町並みは、想像以上に活気に満ちていた。
気づけば、京に来てからもう一か月が経とうとしている。
合宿みたいな戦闘と修行の繰り返し。
休みと呼べる日なんて、ほとんどなかった。
「色んなお店があって……華やかですね」
「欲しいものがあれば、買って差し上げるよ?」
「いえ、滅相もないです!」
即答すると、静流は困ったように笑う。
「どうして? 全然知らない世界のために身を粉にして頑張ってくれている。そんな人には、ご褒美が必要だと僕は思うよ」
さらりと言われただけなのに、胸がきゅっと高鳴った。
――頑張っている自分を、ちゃんと見てくれている人がいる。
それだけで、危うく涙が出そうになる。
「これなど似合いそうだけど、どうかな?」
静流が店先の花簪を手に取り、私の髪にそっと差した。
「これは、頑張っている美都殿への贈り物」
「あ、ありがとうございます……。すごく嬉しいです!」
「うん。似合っている」
優しい微笑みに、胸の奥が熱を帯びる。
端から見れば浮ついた台詞かもしれない。
けれど今の私は、これを“頑張った証”みたいに受け取ってしまう。
――その瞬間。
手のひらが、ほんのり温かくなった。
(……また? どうして、今……)
「頑張り過ぎはいけないよ。背負い過ぎてもいけない。
息抜きしたいときは、僕を誘ってくれて構わないからね」
――ああ、この人はどうしてこんなにも、私の欲しい言葉をくれるんだろう。
“巫女”ではなく、“美都”として時間を過ごせる。
それだけで救われていく気がした。
◆
夜。
庭には涼やかな虫の声が満ち、穏やかな時間が流れている。
縁側に腰を下ろして、私は花簪にそっと触れた。
昼間の言葉も、柔らかな微笑みも、まだ胸の奥に余韻を残している。
(……静流さんのお陰で心が救われた気がする。
明後日からまた、気合い入れなきゃ)
そのとき、障子越しに声が落ちた。
「……巫女殿、起きているかい?」
思わず肩が跳ねる。
声の主は、藤原蓮だった。
「蓮さん……? こんな時間にどうしたんですか」
「……少し、君と話がしたくてね」
迷いながらも、折角来てくれたのならと障子を開ける。
月光を背に、蓮が柔らかい笑みを浮かべて立っていた。
「やぁ、こんばんは」
「こんばんは。……何か急ぎの用事ですか?」
「急ぎではないんだけどね。一つ、釘を刺しに来たよ」
「釘……?」
「――昼間、中臣静流と一緒にいたね」
「え? はい……お菓子をご馳走になっただけです」
返答を遮るように、蓮の指先が私の髪へ伸びた。
花簪に触れた瞬間、彼の瞳がわずかに細くなる。
唇に浮かんだ笑みが、冷たい影を帯びた。
「巫女殿は――まだ浮ついている場合ではないはずだ」
突き刺さる一言。
私は息を呑み、真っすぐ蓮を見つめた。
「浮ついてなんか……!」
「いるだろう? 簪を挿して、誰に焦がれていたのだろうね?」
言葉が、優しさの形をしていない。
それでも“巫女”には従えと言われているみたいで、喉が詰まる。
「そんな調子では強くなるなんて無理だ。
千夏殿に、ますます差をつけられるね」
――全否定。
努力を認める言葉は一つもない。
ついて回るのは、千夏との比較ばかり。
小さな喜びすら、鋭い言葉で刈り取られていく。
身体から血が引くような感覚がした。
「……なら」
「巫女殿……?」
「なら、千夏でいいじゃないですかっ!」
声が震える。
「望んでないのに勝手に押し付けられて!
私には……息抜きの時間さえ許されないんですか?」
涙に滲む視界の中で、私は簪を握りしめた。
「簪が似合わないと思うなら、そう言えばいい。
千夏の方が似合うって、私だって思いますから!」
「巫女殿……」
「私には“美都”っていう名前があります。……ご存じでした?」
一拍。蓮の表情が揺れた気がした。
でも次の瞬間、私は自分で自分を刺すように言ってしまう。
「誰も……名前では呼んでくれないんですね」
四神が私に求めているのは、“巫女”としての役割だけ。
名前なんて、必要ないんだ。
自嘲ぎみに笑って、私は息を整える。
「レベル上げはちゃんとします。……もう帰ってください!」
短く吐き捨てるような声。
「……そう。夜分に邪魔をして悪かったね」
それだけ告げて、障子が静かに閉じられた。
残された私はその場に崩れ落ち、震える手で簪を握りしめた。
胸の奥では、悔しさと、どうしようもない悲しさが溢れ出していた。
(絆って何だろう……私は……何のために努力してるんだろう……)
◆
廊下を歩きながら、蓮は深く息を吐いた。
――らしくない。
(女性には優しくありたい。微笑みで包み、心地よい夢を見せてやる。
それが私の“持論”のはずだ)
泣かせるつもりではなかった。
ただ、気づけば声がきつくなっていた。
あの花簪も、労いの言葉も――
本当は、誰よりも先に贈りたかったのかもしれない。
先を越されたことが、どうしようもなく癪に障った。
だが、彼女には確実にレベルを上げなければならない理由がある。
それは、他の四神の誰も知らない。
“上”から下った命と、期限。
(……間に合わなければ、京が――)
夜風に晒された頬が、やけに冷たく感じられた。
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