第二章 乙女ゲームなのに修行とは?⑥

静流と並んで町を歩く。

ゆっくり見て回ることのなかった町並みは、想像以上に活気に満ちていた。


気づけば、京に来てからもう一か月が経とうとしている。

合宿みたいな戦闘と修行の繰り返し。

休みと呼べる日なんて、ほとんどなかった。


「色んなお店があって……華やかですね」

「欲しいものがあれば、買って差し上げるよ?」

「いえ、滅相もないです!」


即答すると、静流は困ったように笑う。


「どうして? 全然知らない世界のために身を粉にして頑張ってくれている。そんな人には、ご褒美が必要だと僕は思うよ」


さらりと言われただけなのに、胸がきゅっと高鳴った。

――頑張っている自分を、ちゃんと見てくれている人がいる。


それだけで、危うく涙が出そうになる。


「これなど似合いそうだけど、どうかな?」


静流が店先の花簪を手に取り、私の髪にそっと差した。


「これは、頑張っている美都殿への贈り物」

「あ、ありがとうございます……。すごく嬉しいです!」

「うん。似合っている」


優しい微笑みに、胸の奥が熱を帯びる。

端から見れば浮ついた台詞かもしれない。

けれど今の私は、これを“頑張った証”みたいに受け取ってしまう。


――その瞬間。

手のひらが、ほんのり温かくなった。


(……また? どうして、今……)


「頑張り過ぎはいけないよ。背負い過ぎてもいけない。

息抜きしたいときは、僕を誘ってくれて構わないからね」


――ああ、この人はどうしてこんなにも、私の欲しい言葉をくれるんだろう。


“巫女”ではなく、“美都”として時間を過ごせる。

それだけで救われていく気がした。



夜。

庭には涼やかな虫の声が満ち、穏やかな時間が流れている。


縁側に腰を下ろして、私は花簪にそっと触れた。

昼間の言葉も、柔らかな微笑みも、まだ胸の奥に余韻を残している。


(……静流さんのお陰で心が救われた気がする。

明後日からまた、気合い入れなきゃ)


そのとき、障子越しに声が落ちた。


「……巫女殿、起きているかい?」


思わず肩が跳ねる。

声の主は、藤原蓮だった。


「蓮さん……? こんな時間にどうしたんですか」

「……少し、君と話がしたくてね」


迷いながらも、折角来てくれたのならと障子を開ける。

月光を背に、蓮が柔らかい笑みを浮かべて立っていた。


「やぁ、こんばんは」

「こんばんは。……何か急ぎの用事ですか?」

「急ぎではないんだけどね。一つ、釘を刺しに来たよ」

「釘……?」


「――昼間、中臣静流と一緒にいたね」


「え? はい……お菓子をご馳走になっただけです」


返答を遮るように、蓮の指先が私の髪へ伸びた。

花簪に触れた瞬間、彼の瞳がわずかに細くなる。


唇に浮かんだ笑みが、冷たい影を帯びた。


「巫女殿は――まだ浮ついている場合ではないはずだ」


突き刺さる一言。

私は息を呑み、真っすぐ蓮を見つめた。


「浮ついてなんか……!」

「いるだろう? 簪を挿して、誰に焦がれていたのだろうね?」


言葉が、優しさの形をしていない。

それでも“巫女”には従えと言われているみたいで、喉が詰まる。


「そんな調子では強くなるなんて無理だ。

千夏殿に、ますます差をつけられるね」


――全否定。


努力を認める言葉は一つもない。

ついて回るのは、千夏との比較ばかり。


小さな喜びすら、鋭い言葉で刈り取られていく。


身体から血が引くような感覚がした。


「……なら」

「巫女殿……?」

「なら、千夏でいいじゃないですかっ!」


声が震える。


「望んでないのに勝手に押し付けられて!

私には……息抜きの時間さえ許されないんですか?」


涙に滲む視界の中で、私は簪を握りしめた。


「簪が似合わないと思うなら、そう言えばいい。

千夏の方が似合うって、私だって思いますから!」


「巫女殿……」


「私には“美都”っていう名前があります。……ご存じでした?」


一拍。蓮の表情が揺れた気がした。

でも次の瞬間、私は自分で自分を刺すように言ってしまう。


「誰も……名前では呼んでくれないんですね」


四神が私に求めているのは、“巫女”としての役割だけ。

名前なんて、必要ないんだ。


自嘲ぎみに笑って、私は息を整える。


「レベル上げはちゃんとします。……もう帰ってください!」


短く吐き捨てるような声。


「……そう。夜分に邪魔をして悪かったね」


それだけ告げて、障子が静かに閉じられた。


残された私はその場に崩れ落ち、震える手で簪を握りしめた。

胸の奥では、悔しさと、どうしようもない悲しさが溢れ出していた。


(絆って何だろう……私は……何のために努力してるんだろう……)



廊下を歩きながら、蓮は深く息を吐いた。


――らしくない。


(女性には優しくありたい。微笑みで包み、心地よい夢を見せてやる。

それが私の“持論”のはずだ)


泣かせるつもりではなかった。

ただ、気づけば声がきつくなっていた。


あの花簪も、労いの言葉も――

本当は、誰よりも先に贈りたかったのかもしれない。


先を越されたことが、どうしようもなく癪に障った。


だが、彼女には確実にレベルを上げなければならない理由がある。

それは、他の四神の誰も知らない。


“上”から下った命と、期限。


(……間に合わなければ、京が――)


夜風に晒された頬が、やけに冷たく感じられた。

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