第二章 乙女ゲームなのに修行とは?⑤

いよいよ本格的に“レベリング周回”の日々が始まった。


倒しても倒しても復活してくる怨霊。

しぶとさに、私は思わず天を仰いだ。


「……あー、これはゲーム仕様だから仕方ないのよ」


千夏がしれっとサポートしながら言う。


――運営、マジでちょっと出てこい。


乙女ゲーのヒロイン(仮)って、本来なら守られるお姫さまポジションじゃないの?

現実は汗だくで、生傷だらけ。息を切らしながら札を投げまくる毎日である。


札を握る指先は荒れて、袖口は煤で黒くなる。

「浄化」と口にするたび、喉が乾く。

それでも、立ち止まったら次の怨霊が来る。


(……守られるの、どこ行った)



疲労困憊で畳に倒れ込んだ頃、ようやく通知が現れた。


美都の巫女レベルは「20」に到達。


「うん、及第点ね! 癒し技が使えるようになったよ!」

「やっと……? でもこの先、もっと強いのが出てくるんだよね?」

「大丈夫。補填で“チーム共闘技”も解禁されたから! 雑魚なら余裕!」


千夏が笑顔で親指を立てる。


……ちなみに、千夏のステータスはもうレベル60を超えていた。


(そのうちカンストするんじゃない? もはや千夏が覇者に見えてきた)


「そろそろイベントが発生する頃よね」

「イベント? 戦闘の?」

「美都、戦いに明け暮れて忘れてるかもしれないけど……

これ乙女ゲーだからね?イベントといえば恋愛に決まってるでしょ?」

「あー……そういやそんな世界観だったわ」


「はい、ステータスもう一度開いて。誰との数値が伸びてるか確認しよ」

「えー、どうでもいいよ……」


私は畳に転がったまま、だるそうに返す。


「そういう千夏は? “リアルイベント”どうなってんの?」

「んっふっふー、見て見て!」


千夏がウインドウを開いた。


「月景さんの愛情が30%になりました!」

「おお、すごい! あれだけドン引きさせてたのに……

流石ヒロイン補正か?」


……自分の画面も、渋々開く。


愛情は伸び悩み、代わりに信頼度が伸びていた。


(……まぁ、いい。私はまず“信用”からでいい)


それでもせめて、信頼度だけはもっと上げたい。

そう決めて、私は小さく息を吐いた。



巫女レベル20到達の報酬として、数日間の休暇が与えられた。


千夏は「月景さんのところに行ってくるね!」と元気いっぱいに屋敷を飛び出していく。


(……いつの間に家に通える仲になったんだろ)


そのタフさに、心底感心した。


今日は良い天気。

屋敷に籠もっているのが勿体なくなり、私は近くの町へ足を延ばすことにした。


町は活気に満ち、人々が行き交う。

最初の頃は、町並みも人もセットやエキストラにしか見えなかったのに――

気づけば、その風景に自然と溶け込んでいる自分がいた。


(……もし元の世界に帰れなかったら、この町のどこかでひっそり暮らすのかな)


そう思うと、少し胸が締めつけられる。


「巫女?」


不意に呼ばれて振り返る。


そこに立っていたのは、涼やかな眼差しの青年だった。


(誰……?)


長い銀髪が陽光を受け、淡くきらめく。

貴族らしい衣装に、立ち姿も隙がない。思わず見惚れてしまう。


「ああ、突然声をかけたので驚かせてしまったね」


青年は柔らかく笑った。

声が低すぎず高すぎず、落ち着いていて――なぜか、警戒心がほどける。


「僕は中臣静流。先日の巫女召喚の場に同席していた者だよ」

「そうなんですね。あ、初めまして。巫女をさせていただいてます、栗崎美都です」

「美都殿、と呼ばせてもらってもいいかな?」

「そ、そんな……恐れ多いです!」


その瞬間、胸が小さく震えた。


――こっちに召喚されてから、千夏以外、誰も「美都」と呼んでくれたことがなかったから。


「今日は一人で?」

「はい。数日お休みになったので、ぶらぶらしてました」

「巫女なのに、護衛もつけずに歩くなんて危ないよ?」

「大丈夫です。千夏ならともかく、私は平凡なので……

普通に町に溶け込めますから」


苦笑すると、静流は少し考える仕草をしてから、手を差し出した。


「では、美都殿の護衛役を僕に任せてもらえるかな?」

「え?」

「美味しい菓子でも食べに行こう。休暇には、甘いものが必要だ」


「お菓子……」


その響きに抗えず、私はそっと彼の手を取った。


静流の手は熱すぎず冷たすぎず、指先の扱いが丁寧だった。

“連れていかれる”じゃない。“歩調を合わせてくれる”。


(……うわ、これ完全にイベントだよね。スチルイベント)


初めて会った人なのに、どうしてこんなに安心するんだろう。


帰ったら千夏に聞いてみなきゃ――

そう思いながら、胸がほんの少し高鳴っていた。



「おや……? あれは巫女殿?」


食事処から出たところで、蓮が足を止めた。

隣には、腕を組んで笑う女性。蓮と“約束”を取り付けていた相手だ。


(……一緒にいるのは、中臣静流?)


柔らかな陽光の下で笑う、美都と静流。

その光景を見た瞬間、胸の奥がざわりと揺れた。


扇を持つ指に、無意識に力が入る。

薄い香が、一瞬だけ強くなった気がした。


「蓮様? どうしたの?」

「いや、何でもないよ」


笑みは崩さないまま、視線だけを戻す。


「……急用ができたので、ここでお別れでもいいかな?」

「ええ? やっと今日約束できたのに」

「すまないね。今日の埋め合わせは、必ず近いうちに」


妖艶な笑みで謝罪を残し、蓮はその場を立ち去った。


歩きながら、胸の奥に言葉にならない熱が灯っていく。


(……私の巫女殿に、何を)


そう思った瞬間、視界の端で小さく通知が弾けた気がした。

けれど蓮は、見なかったことにして歩幅を速めた。

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