第二章 乙女ゲームなのに修行とは?⑤
いよいよ本格的に“レベリング周回”の日々が始まった。
倒しても倒しても復活してくる怨霊。
しぶとさに、私は思わず天を仰いだ。
「……あー、これはゲーム仕様だから仕方ないのよ」
千夏がしれっとサポートしながら言う。
――運営、マジでちょっと出てこい。
乙女ゲーのヒロイン(仮)って、本来なら守られるお姫さまポジションじゃないの?
現実は汗だくで、生傷だらけ。息を切らしながら札を投げまくる毎日である。
札を握る指先は荒れて、袖口は煤で黒くなる。
「浄化」と口にするたび、喉が乾く。
それでも、立ち止まったら次の怨霊が来る。
(……守られるの、どこ行った)
◆
疲労困憊で畳に倒れ込んだ頃、ようやく通知が現れた。
美都の巫女レベルは「20」に到達。
「うん、及第点ね! 癒し技が使えるようになったよ!」
「やっと……? でもこの先、もっと強いのが出てくるんだよね?」
「大丈夫。補填で“チーム共闘技”も解禁されたから! 雑魚なら余裕!」
千夏が笑顔で親指を立てる。
……ちなみに、千夏のステータスはもうレベル60を超えていた。
(そのうちカンストするんじゃない? もはや千夏が覇者に見えてきた)
「そろそろイベントが発生する頃よね」
「イベント? 戦闘の?」
「美都、戦いに明け暮れて忘れてるかもしれないけど……
これ乙女ゲーだからね?イベントといえば恋愛に決まってるでしょ?」
「あー……そういやそんな世界観だったわ」
「はい、ステータスもう一度開いて。誰との数値が伸びてるか確認しよ」
「えー、どうでもいいよ……」
私は畳に転がったまま、だるそうに返す。
「そういう千夏は? “リアルイベント”どうなってんの?」
「んっふっふー、見て見て!」
千夏がウインドウを開いた。
「月景さんの愛情が30%になりました!」
「おお、すごい! あれだけドン引きさせてたのに……
流石ヒロイン補正か?」
……自分の画面も、渋々開く。
愛情は伸び悩み、代わりに信頼度が伸びていた。
(……まぁ、いい。私はまず“信用”からでいい)
それでもせめて、信頼度だけはもっと上げたい。
そう決めて、私は小さく息を吐いた。
◆
巫女レベル20到達の報酬として、数日間の休暇が与えられた。
千夏は「月景さんのところに行ってくるね!」と元気いっぱいに屋敷を飛び出していく。
(……いつの間に家に通える仲になったんだろ)
そのタフさに、心底感心した。
今日は良い天気。
屋敷に籠もっているのが勿体なくなり、私は近くの町へ足を延ばすことにした。
町は活気に満ち、人々が行き交う。
最初の頃は、町並みも人もセットやエキストラにしか見えなかったのに――
気づけば、その風景に自然と溶け込んでいる自分がいた。
(……もし元の世界に帰れなかったら、この町のどこかでひっそり暮らすのかな)
そう思うと、少し胸が締めつけられる。
「巫女?」
不意に呼ばれて振り返る。
そこに立っていたのは、涼やかな眼差しの青年だった。
(誰……?)
長い銀髪が陽光を受け、淡くきらめく。
貴族らしい衣装に、立ち姿も隙がない。思わず見惚れてしまう。
「ああ、突然声をかけたので驚かせてしまったね」
青年は柔らかく笑った。
声が低すぎず高すぎず、落ち着いていて――なぜか、警戒心がほどける。
「僕は中臣静流。先日の巫女召喚の場に同席していた者だよ」
「そうなんですね。あ、初めまして。巫女をさせていただいてます、栗崎美都です」
「美都殿、と呼ばせてもらってもいいかな?」
「そ、そんな……恐れ多いです!」
その瞬間、胸が小さく震えた。
――こっちに召喚されてから、千夏以外、誰も「美都」と呼んでくれたことがなかったから。
「今日は一人で?」
「はい。数日お休みになったので、ぶらぶらしてました」
「巫女なのに、護衛もつけずに歩くなんて危ないよ?」
「大丈夫です。千夏ならともかく、私は平凡なので……
普通に町に溶け込めますから」
苦笑すると、静流は少し考える仕草をしてから、手を差し出した。
「では、美都殿の護衛役を僕に任せてもらえるかな?」
「え?」
「美味しい菓子でも食べに行こう。休暇には、甘いものが必要だ」
「お菓子……」
その響きに抗えず、私はそっと彼の手を取った。
静流の手は熱すぎず冷たすぎず、指先の扱いが丁寧だった。
“連れていかれる”じゃない。“歩調を合わせてくれる”。
(……うわ、これ完全にイベントだよね。スチルイベント)
初めて会った人なのに、どうしてこんなに安心するんだろう。
帰ったら千夏に聞いてみなきゃ――
そう思いながら、胸がほんの少し高鳴っていた。
◆
「おや……? あれは巫女殿?」
食事処から出たところで、蓮が足を止めた。
隣には、腕を組んで笑う女性。蓮と“約束”を取り付けていた相手だ。
(……一緒にいるのは、中臣静流?)
柔らかな陽光の下で笑う、美都と静流。
その光景を見た瞬間、胸の奥がざわりと揺れた。
扇を持つ指に、無意識に力が入る。
薄い香が、一瞬だけ強くなった気がした。
「蓮様? どうしたの?」
「いや、何でもないよ」
笑みは崩さないまま、視線だけを戻す。
「……急用ができたので、ここでお別れでもいいかな?」
「ええ? やっと今日約束できたのに」
「すまないね。今日の埋め合わせは、必ず近いうちに」
妖艶な笑みで謝罪を残し、蓮はその場を立ち去った。
歩きながら、胸の奥に言葉にならない熱が灯っていく。
(……私の巫女殿に、何を)
そう思った瞬間、視界の端で小さく通知が弾けた気がした。
けれど蓮は、見なかったことにして歩幅を速めた。
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