第二章 乙女ゲームなのに修行とは?④

「封印技が使えるようになったら、レベル二十くらいまで上げたいね」


千夏が地図を広げ、指で場所を示す。


「この辺り、怨霊のレベルが低いの。ここを周回すれば、すぐ上がるよ」

「なるほど……」


「千夏殿は、怨霊の強さまで把握できるのですか?


月景が感心したように尋ねる。


「まぁ、ゲーム――うぐっ」


千夏が言い切る前に、私は慌てて口を塞いだ。


「こう見えて千夏は、特殊な能力を持ってるみたいで」

「なるほど。素晴らしい力ですね。敵の属性まで分かるなら助かります」

「ケガも治してくれるしな」


道真とリトの称賛に、私は苦笑いしか返せない。


(うん。私もそう思う。千夏の方が“それっぽい”。)


……だから、つい口を滑らせた。


「……提案なんですが。本当に巫女交代しません? 

私がサポートに回りたいです!」


その瞬間、一同が息を呑んだ。


そして――手のひらが、じわりと熱くなった。


(な、なに。今の、反応……?)


空気を破ったのは蓮だった。


「巫女に選ばれたのは君なんだ。焦らないでいい」


柔らかい声音。けれど、逃げ道を塞ぐみたいな優しさ。


「でも、ぶっちゃけ千夏が巫女の方がしっくりくるんだけどなぁ」


リトが軽く言った瞬間、月景の視線が鋭くなる。


「リト。巫女殿に失礼ですよ。誰だって初めから強いわけではありません」

「チッ……悪かったよ」


険悪になりかけた空気に、私は慌てて手を振った。


「大丈夫、気にしてないから。

……たくさんご迷惑かけますけど、明日からもよろしくお願いします」


そう言って、深々と頭を下げた。


(気にしてない、は嘘だ。でも、ここで折れたら本当に終わる。)



夜。


布団に入っても眠れず、天井を見つめていた。


「どうして私が巫女に選ばれたんだろう……」


四神たちも、心のどこかでそう思っているに違いない。

優しい言葉で気を遣われるほど、胸が痛む。


惨めだ。

千夏に嫉妬しているわけじゃない。

ただ、自分のふがいなさが情けない。


蝋燭の明かりが揺れる廊下に出て、膝を抱えた。

夜空には星が美しく瞬き、滲む視界にぽたりと涙が落ちる。


「こんなところにいたら、風邪をひいてしまうよ」


ふいに声がして、肩に温かな着物がかけられた。


振り返ると、蓮が柔らかく微笑んで立っていた。


「どうして……?」

「ああ、昼間の巫女殿の様子が気になったからね」


隣に腰を下ろされる。距離が近い。

香の匂いが、ふわりと混じった。


(……ああ、これが乙女ゲー仕様ってやつだろうか。

もしかして私、蓮さんルートに片足突っ込んでる?)


千夏なら「キタコレ!イベントスチル!」って叫ぶんだろうな。

そう思ったら、少しだけ笑えてしまった。


「蓮さん、ありがとうございます。もう大丈夫です」

「そうかい? 私としては、巫女殿との逢瀬をもう少し楽しみたいけれど」

「そういうのは他の女性にしてください。リップサービスは要りませんから」


言ってしまってから(言い過ぎたかな)と少しだけ思う。

けど、今の私は優しさを“本気”と勘違いできるほど器用じゃない。


「……つれないね」


蓮は困ったように笑った。

それが演技なのか、本音なのか。私には分からない。


私は立ち上がり、着物を肩に戻しながら言う。


「また明日から頑張ります」


頭を下げて歩き出す。

背中に視線を感じた気がしたけれど、振り返らなかった。


(頑張る。ちゃんと巫女として、役に立つ。)



翌朝。


寝起きの朦朧とした頭で、何となく口にした。


「……ステータス、オープン」


浮かび上がった画面を見て、私は悲鳴を上げた。


「ちょっ、待って!? 

蓮の愛情度が“10%”に跳ね上がってるんだけど!!」


隣で千夏が、布団の中からガバッと起き上がる。


「えっ、なになに!? イベント踏んだ!? スチルあった!?」

「静かにして! ていうか私、何もしてないのに!」

「最高じゃん! 無自覚好感度上げ、乙女ゲーの王道だよ!」

「王道いらない! 私はモブでいたいの!!」


……私の巫女生活は、今日も平和にカオスだった。

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