第二章 乙女ゲームなのに修行とは?②

「グルルル……」


廃墟の奥から、黒い影がぞろぞろと這い出してくる。

怨霊たちは瘴気を撒き散らし、草木がみるみる枯れていった。

人々は悲鳴を上げ、我先にと逃げ惑う。


(うわー、私も逃げたい。切実に!)


「ちょ、待って!? 準備ゼロの丸腰ですけど!?」


「まぁ見とけ。これが実戦だ」


リトが腕を振ると、火の粉がぱっと散った。熱が肌を刺す。

炎を纏った彼は、楽しそうに口の端を上げる。


「順番は少々狂いましたが、実習開始といきましょう!」


道真が弓を構え、巻物を片手で押さえた。

眼鏡の奥の目が、冷たく研がれている。


「逢瀬を邪魔する者は、馬に蹴られるってね……ふふ」


蓮は優雅に扇子を広げる。風が一瞬、香を含んだ。


「下がってください。俺たちが護ります」


月景が静かに刀を抜いた。

刃が空気を切る音が、やけに澄んで聞こえた。


――うん、頼もしい。

でも同時に、“推しバトルスチル解禁”の瞬間でもある。


チラリと後方の千夏に視線を向ける。


「わぁあああ! 月景さんバトルスチル来たーー!!」


千夏はスクショ連打のポーズを取りながら飛び跳ねていた。


「千夏! ここは戦闘のサポートする場面でしょ!?」

「ごめん、今忙しいの! 心のアルバム保存中!」

「保存してる場合かーー!!」


――と、ツッコミを入れた次の瞬間。


爆ぜるような音。

炎と瘴気がぶつかり、町が一瞬で地獄絵図と化した。


リトが一歩踏み込み、炎を鞭みたいに振るう。

黒い影が焼けて、嫌な臭いが鼻の奥に貼りついた。


蓮の扇が翻り、風が刃になる。

瘴気を押し流し、怨霊の動きを鈍らせる。

その仕草は優雅なのに、容赦がない。


道真の矢が放たれる。

触れた瞬間、霜が走って怨霊の形が崩れ、氷のひび割れが空気に鳴った。


月景の刀は、無駄がない。

振り下ろすたび、黒がほどけるように切れていく。


ゲーム画面のように整った演出じゃない。


耳をつんざく悲鳴。

焼け焦げる臭い。

土煙にむせる喉。

熱と冷気が入り混じって、肌が痛い。


――これは紛れもなく、本当の戦いだ。


昨日まで平和な世界にいた私に、いきなり何ができる?

後方で立ち尽くすしかなかった。


不意に、怨霊の黒い腕がこちらへ振り下ろされる。


「――っ!」


足がすくんで動けない。

視界が狭くなる。

迫り来る死。


(怖いっ!!)


「巫女殿!」


月景が間に割り込み、刀で黒い腕を弾き飛ばす。

衝撃で瘴気が散り、喉がひゅっと鳴った。


その刹那、腰から力が抜けて、私は地面にへたり込んだ。


(……死ぬ。ほんとに、死ぬところだった……)


背筋が凍り、涙が滲む。

隣で千夏は相変わらず「月景さんカッコイイ!」と大興奮だが、

私の胸を締めつけていたのは熱狂とは真逆の――恐怖だった。


……私、役立たずだ。



戦闘が終わったあと。

怨霊の残滓が霧みたいに消え、町に静寂が戻る。


リトは「チョロいな」と肩を回し、

蓮は汗ひとつ見せず扇を閉じ、

道真は弓を下ろした。


私は膝を抱え、震える声で呟く。


「……無理。あんなの相手に、戦えるわけない……」


四神たちが振り返る。

月景が片膝をつき、私の手を取った。


「怖い思いをさせて申し訳なかった。

 それでも、一歩ずつでいい。巫女の力を、貸してほしい」


「戦闘は俺たちが請け負う。

巫女は封印を覚えてくれりゃ、戦いが楽になる」


リトが、いつになく真面目に言う。


「リトの言う通りです。

我々には封印の力がありませんから」


道真が眉を下げながら続けた。


「巫女殿は巫女殿のできることを、少しずつやればいい。

 君は私たちが守るからね」


蓮が優しく微笑み、頭を撫でてくれる。

……悔しいけど、安心してしまった。


私は立ち上がり、深く頭を下げた。


「……足手まといにしかならないと思うけど、

 それでも私を必要としてくれるなら、頑張ります。

 だから、力を貸してください」


涙まじりの言葉に、四神は静かに頷いた。


その瞬間――手のひらが、また熱を持った。

昨日よりはっきりと。

まるで“返事”みたいに。


指の間から淡い光が漏れ、皮膚の上に、細い線が浮かぶ。

円を描くような紋――見たことのない模様。


「……え」


道真が目を細める。

月景の視線が、紋に吸い寄せられた。


胸の奥に、小さな火が灯る。

恐怖はまだ消えない。

けれど――その恐怖を抱えたまま、前に進もう。


巫女としての役割が、あるなら。

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