Maddled Hate(形成 part2)

「『第3章 感情の霊化について』。いよいよ本題よ」


 ミシェルはテキストを読み上げた。


「『生物が強い感情を抱いた時、稀にそれが霊化することがあります。この現象を“エモーティング”、霊化した感情を“エモーター”と呼びます。』 つまりエモーターは、スケアードやタントラムたちのこと。そして彼女たちの発現がエモーティングね」


 ミソラは、静かに手を挙げた。


「昨日みたいに、生霊って呼んだら駄目なの?」

「駄目ってわけじゃないわ。私たちもたまにそう呼んでる。でも中には、死人のエモーターもいるからね。それを生霊って呼んだら変でしょ?」


 昨日、ミソラがミシェルを受け入れてから、“感情霊体学(Emoting) 入門編”の特別講義が始まった。まだ内容は理解出来ている。だがミソラは、何か得体の知れない不安を感じていた。


 背後から、視線を感じるのだ。そしてその視線からは、ミソラに対する敵意が感じ取れた。


「“沈着カーム”」


 ミソラが振り向こうとした瞬間、ミシェルは呟く。


「集中力が切れそうになってるわよ。ここで休憩にしようかしら」


 そして彼女は教室を出て、ミソラに呼びかけた。


「……あなたも来なさい」


 *   *   *   *


 やって来たのは、質素な日本庭園。2人は、その縁側に腰掛けた。


「あんたも分かってるんでしょ? でなきゃ普通、“集中フォーカス”のエモーターを使うはずよ」

「よく分かったわね。もう第8章まで飛ばしても大丈夫かしら」

「そういうの良いから、早く教えなさいよ。アレ、何なの!?」

「……例の養護教諭のエモーターよ」


 ミシェルは言った。


「……エモーター?彼女もエモーティング出来たの?」

「さっきやったでしょ。エモーターは、生物が強い感情を抱いた時に生まれる存在。エモーティングそのものに、特別な力はいらないのよ。

私やあなたは、それが特に強力なだけ」

「……で、例のエモーターってのは何の感情のエモーターなのよ」

「それがかなり応用的なエモーターでね……“憎悪ヘイト”と“混乱マドル”の複合体」

「うへぇ……厄介そうなやつ……」

「まさにその通り。事件の混乱の上、あなたに殺された恨みでいっぱい。説得は聞き入れないでしょうね」

「じゃあ、どうするのよ」

「気休めに、教科書を置いて来たわ。でもまあ、効かないでしょうね」

「……ひょっとして、あんたも対策分かんないの?」

「……」


 ミシェルの横から彼女の“思慮ソウト”がひょっこり現れ、ぴょこっとうなずいた。


「──あんたプロでしょ!?」

「プロだって悩むわよ。特撮ヒーローだって新しい怪人に一回は逃げられるじゃない」

「はあ……」


 ミソラは立ち上がった。


「……どこに行くつもり?」

「戻るしかないでしょ。まずは対峙してみないと退治できないじゃん」

「まだ実技は教えてないわ。あなたはここで待ってなさい」

「『感情は感情に触れて育つ』。第4章に載ってたでしょ。ちゃんと、感情と向き合いたいの」

「……それ、いつ見たの?」

「……休み時間」


 教室に戻った2人は、教科書を裂く存在を見た。


「あれ、保険とか下りるかしら?」

「さあ……?」


 “それ”はすすり泣く老婆の姿をしていて、その両目からは、ナイフを持った赤ん坊が飛び出していた。


「……やっぱ帰って良い?」

「駄目。自分で決めたんでしょ?」


 ミソラは一歩踏み出し、“それ”と向かい合う。


「まあ、どうすればいいのかは分かる。話の通じない相手に必要なのは、落ち着き。“沈着カーム”、来なさい!」


 だが、カームは来なかった。


「……あれ? ちょっと、“沈着カーム”!」

「まずはあなたが落ち着きなさい。そうでないと、カームは呼べないわ」


 そう言いながらミシェルは、自分のカームを召喚する。その途端、“混乱した憎悪マドルド・ヘイト”は目のナイフでカームを切り裂く。


「……この部屋を封印しましょう。私たちの手には負えない」

「ちょいちょいちょい! だから、あんたプロでしょ!?」

「仕方ないでしょ。私のカームが効かないのに、あと何が効くのよ?」

「それは……」


 ミソラは、辺りを見渡した。しかしそこにあるのは、切り裂かれた教科書のページだけ。先ほどチラ見した、第4章のページだけがギリギリ文字を認識できる。


「……あ!」

「何? 何か思いついたの?」

「ミシェル。私にカームを使って」

「……あなたに?どうして?」

「さっき言ったばっかじゃん」


 ミソラは、破れたページを拾い上げた。そこには……


「『感情は、感情に触れて育つ』。なら、私とあんたでカームを増幅させていけば、あいつに勝てるんじゃない?」

「……」


 ミシェルは、目を点にした。


「……私何か、変なこと言った?」

「いいえ。基礎を発展させた、素晴らしいアイデアよ!」


 そしてミシェルは、ミソラの手を握った。


「ミソラ……行くわよ!」

「……ええ!」

『“沈着カーム”!』


 ミソラの身を、安らぎが包む。かつて母と過ごした日々のような、落ち着いた平和な日々。その温もりが、体に満ちる。

 2人の手から、光が漏れる。その光は2人の手を脱し、マドルド・ヘイトの前に立った。

 マドルド・ヘイトはカームを切り裂いたが、その残光は邪悪なエモーターを包み込む。そして、後には老婆がにっこりと、抱いた双子をあやしていた。


「“安息レスト”に、変化した……」


 ミシェルは、目を見開いた。


「……成功よ!」


 *   *   *   *


 その夜。ミソラは再生装置MP3プレーヤーで音楽を聴きながら、カップラーメンを作っていた。

 タイマーを半ばで止め、蓋をこじ開けた彼女は、そのまま自ずからがっつく。湯気とともに、心も天まで昇る。


「こんなに、美味しかったんだ…」


 早くに母を亡くし祖母のもとに来てから、あまりにも頻繁に食べ過ぎて、飽きてしまっていた麺の味。

 しかし、久しぶりのラーメンは身に染みる。それとともに、何故か涙も染み出してきた。


「“哀惜サドネス”、何で来たのよ」

「あんたが呼んだんでしょ。自分の感情も分からないの?」


 サドネスは答えた。


「……そうかもしれないわね」


 ミソラは言った。


「でもきっと、もうすぐ分かれるようになる」

[Emotions are to be continued…]

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2026年1月18日 18:00
2026年1月21日 18:00
2026年1月24日 18:00

Psycho × Origin〜感情霊体を用いた過去との対峙に関する記録〜 @Genhoku_Haruta

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