倉庫前の防衛戦
情報過多になりかけた初回の実習訓練の翌日。
榴ヶ岡学園ではいつも通りの日常が、在籍する多くの生徒や教師によって送られている。賑やかではあるが、数日前のような騒がしさはなかった。戒斗と将太の決闘の翌日、つまり一昨日に噂になっていたその決闘についての話は、今はほとんどの生徒が話題にしておらず、戒斗の名前が話に上がることはあまりなかった。
そのため、戒斗の周りには今まで通りの平穏な日常が流れている。噂とは怖いもので、一度火が付いたら一気に燃え広がるが、それもしばらくしたら鎮火され、何事もなかったかのようになる。そんなことを考えながら、戒斗は西館にあるカフェテリアの隅の席でコーヒーを飲み休憩していた。
そんな一人でのんびりとしている戒斗にゆっくりと近づく生徒がいた。
「一日いないだけで、こうも静かになるとはね……」
手に持っているカフェオレが入ったカップをテーブルに置き、加里奈は戒斗の対面になるように椅子に座った。二人とも今着ている制服は昨日の実習訓練で着ていた高性能の制服ではなく、他の生徒も着ている実戦向きではない制服。
加里奈はカフェオレを一口飲みその味をしっかりと味わった後、戒斗の顔を見てから話を続けた。
「話題性に欠けていたってことね」
「そんなものなくていい。平穏が一番だ」
真顔で煽ってくる加里奈に一切顔色を変えずに戒斗はその言葉を受け流した。
戒斗はコーヒーを飲みながら情報端末に映っている何かを見ている。加里奈はその様子をしばらく見て、カップをテーブルに置いてから口を開いた。
「……あれから何か話、きた?」
「昨日の今日でくる訳ないだろ」
「まぁ、そうだよね……」
少しだけ期待しながらの問いだったが、予想通りの答えが返ってきて加里奈は少しだけ声のトーンを落とした。二木という刑事の話からして、掴めた情報の報告だけでそれなりの時間を要すると想像がつく。そこからさらに、三人を事件に最後まで関与させる許可が下りるように上司を説得しなければならない。とても一日で終わるとは思えない仕事量。
基本的に実習訓練の連絡は参加する全ての生徒にいく訳ではなく、実習訓練それぞれに参加する全生徒の中の代表者一人にいく。しかし、今回は表向き学園長である智恵の独断で決まったということになっているため、三人の中で代表者の戒斗だけでなく、加里奈と明日香にも連絡がいくようになっている。それでも外部――警察の二木からの連絡は、代表者の戒斗にいくだろうと推測できる。
そういうこともあり、一応の確認の問いかけでもあった。
それからしばらく戒斗と加里奈の間に無言の時間が流れた。ただ二人の間に気まずさというものはなく、どちらかと言うと居心地の良い空気。加里奈はカフェオレを味わい優雅な雰囲気を漂わせ、戒斗はまだ手の中の情報端末を飽きることなく見ている。
「……ところで、さっきから何見てるの?」
「ん?昨日行った企業が借りている倉庫の位置と、その周りの構造物の配置」
「え……?それって……」
加里奈の口に持っていきかけていたカップを持つ手がその途中で止まる。加里奈は戒斗の言葉に対して不思議に思ったのは一瞬で、すぐに思考を巡らせた。
(位置情報……はルナが持ってるからいいとして、戦闘する気満々じゃん……)
そもそも倉庫の位置情報はルナが見つけたものであるため、ルナに聞けばすぐに分かること。だからそこは気にしていない。問題なのはその後に続いた言葉。
周囲の構造物の大きさや配置を把握することは、作戦を立てて行う実戦では基本中の基本。どこに隠れられるのか、どこから射線が通っているのか。そういったことが分かっているだけで作戦の成功率が格段に上がり、負傷者の数は減る。これは学園の戦術に関する座学で教わることの一つであり、戦闘に関することをしている人なら大体知っている。
戒斗がそのことについての情報と睨めっこしているということは、事件があった企業が借りている倉庫の周りで戦闘を行うつもりということ。戒斗は戦闘が好きという訳ではないため、自らこうして戦闘を想定した事前準備をすることはあまりしない。つまり、そうなる可能背が高いということになる。
「連絡は来てないって言ってなかった?倉庫の護衛……、じゃなくて防衛することはもう確定してるの?」
戒斗が加里奈についさっき話した内容と矛盾しているように思える。連絡は来てないと言っていたにも関わらず、まるで連絡が来て倉庫の防衛をすることが決まっているかのような物言い。
昨日のようにまた何か隠しているのかと思いつつ、加里奈は落ち着いた様子で戒斗に質問する。
「警察からの連絡はまだ来てないだけで、じきに来る」
「……?」
しかし、返ってきた返答は加里奈には理解できないものだった。質問に対する答えになっておらず、何を言っているのだろうと間の抜けた顔で数度瞬きしてしまう。その後すぐに加里奈は理解することを諦め、手に持っていたカップをテーブルの上に置く。
「……まぁ、いいや。取り合えずそのデータ、こっちに送ってくれる?」
加里奈は諦めからくる言葉を口にし、聞き返すことはなかった。加里奈はブレザーの内ポケットから自分の端末を取り出し、カップの右隣に置く。
聞き返して根掘り葉掘り聞こうとしても、はぐらかされる未来は見えている。仮に戒斗が本当に答えてくれたとしても、理解し切れるか分からなし、話が長くなりそうな予感がする。今の加里奈はそれを聞く気分ではないので、遠慮しておくことにした。
「……ん?分かった」
加里奈の顔をチラリと見た後すぐに目線を落とし、戒斗は今見ている情報端末を操作する。数秒後、テーブルの上に置かれた加里奈の端末がピコンと鳴った。加里奈はすぐに端末の画面を触り、戒斗からデータが送られてきたを確認する。
「……ありがと」
データが送られたことを確認でき、加里奈は素っ気ないお礼を戒斗の方を見ずに返した。加里奈の意識はもうすでにテーブルの上の端末に向けられており、呼びかけても返事が返ってこない様子になっていた。
またしても二人の間にしばらく静寂の時間が続いた。傍から見れば、カフェテリアで向かい合って座り、二人とも無言で端末を操作しているだけの光景に見え、こんな場所ですることではないだろうと思えてしまう。
そんな光景が数分続いた後、ようやく加里奈が声を発した。
「……開けた場所よりはマシだけど、それなりに難しいわね。少なくとも――倉庫を遮蔽に使っての防衛は無理ね」
加里奈の端末には倉庫とその周囲の地形と構造物が三次元の地図で映されている。全ての建物が半透明で映っているため、相対的な建物の高さや位置関係が視覚的に分かり易くなっている。そのため、どこから射線が取っているかは比較的簡単に分かる。
戒斗から送られてきた地図データは三つある倉庫それぞれの周囲を含んだ地図データ。その三つとも、倉庫とその周囲は同じような構造や位置関係をしている。倉庫は一階しかない建物の中ではなく、中身が入っていないビルのような建物の中にあり、窓から中の様子が見えるようになっている。通りにも面しており、通っている射線の数が多い。
加里奈の言う通り、倉庫の周りに人を置く守り方では守り切るのは難しい。
「それには同感。周囲に隠れて守るのがベスト、といったところだな。それと――」
「スナイパーもいる、でしょ?」
「あぁ。一人置いておくだけでも、かなり楽になる」
目の前で会話しているとは思えないほど戒斗と加里奈の視線が合っておらず、二人とも視線が端末に落ちている。それでも会話のテンポは速く、相手が言いたいことをお互いにすぐに察することができている。
通りを挟んで倉庫の向かい側の建物にスナイパーを置くことができれば、射線を多く減らすことができる。これは戒斗の言う「周囲に隠れて守る」という守り方が前提ではあるが。つまり、正面で向かい撃つのではなく、待ち伏せて対応するということ。
「どっちがやるの?」
ここでようやく加里奈の目線が端末から外れて戒斗の顔に向いた。向いたと言っても目線だけで、顔は未だ端末に向いている。
加里奈の問いに、戒斗はこの場で初めて顔を上げ、顎に手を当て考え込む。しばらくして考えがまとまったようで、戒斗は再び話し出す。その目の焦点は合っておらず、虚空を見ていた。
「……即興の対応力が欲しいから、リーナかな」
「だからその呼び方しないで。……そういうことなら、やるわ。でも、自分用は持ってないわよ」
戒斗が言う変な呼び方に反応し、加里奈は顔を上げ姿勢を正して、戒斗を数秒だけジト目で見た。その後目を伏せ、加里奈はゆったりとした様子でカフェオレを飲む。飲む姿勢は相も変わらず優雅で気品に溢れているかのよう。
「ルナが注文したものの中にあったから、それを貸す」
「分かったわ。前日までには貸して。調整するから」
「言われなくてもそうする」
戒斗のその言葉を最後に二人の会話は途切れた。
戒斗と加里奈のカップが空になるまで二人は席を立つことはなかった。
「――許可できない」
がやがやと様々な声が入り乱れるオフィス。そこには多くの机と椅子、そしてスーツを着ている老若男女がデスクワークや話し合いをしており、忙しなく働いている。中にはコーヒーを飲んだりと休憩している者もいるが、そんな者でもしている会話は仕事に関する内容だった。
そのオフィスの中にある十畳ほどの広さの部屋にて。
この部屋の主の席に両肘を机の上に置き強面の顔をしている男性が座り、その前にはだらしなさそうに二木が立っている。強面の男性の目つきが鋭いのに対して二木の目は、光こそあるものの鋭さはそこまでない。
「何故です?」
「何故もないだろう。幻廊府が関わっている以上、決定権はこちらにはないし、一生徒を関与させる訳にはいかない!」
二木の一歩前に出た強めの疑問は強面の男性にあっさりと打ち砕かれた。しかし、それだけでは二木は諦めなかった。そこには戒斗たちと話していたときのようなだらしなさはなく、絶対に譲らない意思のようなものを感じさせた。
「なら、幻廊府に確認を取ればいいだけじゃないですか?聞きもせずに決めるのは、一課の課長としてどうかと思いますよ」
強面の男性――もとい課長は二木の鋭い指摘に、図星を突かれたかのように低い唸り声を出した。その図星がかなり痛かったようでその声を出した後、課長は言葉を発さなかった。
「……そんなに幻廊府が嫌いなんですか?それとも……、借りを作るのが嫌なんですか?」
畳みかけるような二木の問いに、ついに課長は何も反応しなくなってしまった。
幻廊府は警察に対して全て指示できる立場ではないが、影響力はそれなりにある。警察は過去に何度か幻廊府からの干渉を受けており、その度に色々と問題が起きていた。
それ故に、警察内部には幻廊府に対して反抗的な考えを持っている署員が数多く在籍しており、二木の前に座っている一課の課長もその一人。人によっては組織の一部として嫌っているのではなく、個人的な妬みや恨みで嫌っている者もいる。
幻廊府に何かしら聞いたり、頼み事をすると借りを作ったと認識する警察署員が多い。組織と組織の付き合いだからという以前に、嫌いという感情が強く出過ぎて借りを作ってしまうという認識をしてしまう。そして、嫌いな組織には借りを作りたくないし、作ったとしてもすぐに返したいという思想に近い考えが一部の警察に根付いてしまっている。
多くの刑事の上に立つ者としての立場が借りを作ることをし難くしているのか、課長は渋い顔から何かを選択するのに渋っているような顔に変化していた。二木は課長のその表情の変化に気付き、再度問いかけをしようとしたとき、課長が満を持してか口を開いた。
「……そこまでする価値があるのか、その生徒には?」
「っ!……俺個人としてはあると思いますよ。それに……、筋は通すべきでしょう?」
さっきまでと違い、課長に付け入る隙ができたのをいいことに、二木は自分の考えと信念のようなものを伝える。課長は部下である二木のことを理解しているため、後者に関しては重々承知している。それは二木も理解しているが、改めて言うことで自分の考えの自信の強さを伝えることができた。
実際に課長の表情がさらに変化し、二木に押されている。
「……はぁ~、分かった。お前がそこまで言うのなら、聞くだけ聞いてみよう」
そしてついに課長が折れ、二木の考えを受け入れることにした。
課長はため息をつきつつ、机の端に置かれている端末を操作した後、その横に付いているインカムを取り出した。それを右耳に付けしばらくした後、通話が繋がったようで話し始めた。
「警察本部、刑事課一課課長の日比野です。少し伺いたいことがありまして……」
先程まで渋っていた姿はどこへ行ったのやら、日比野の話し方には話し相手への敬意に近いものを感じさせた。その姿を見て二木は「まったく、この人は」と言いたげな顔をし、小さく呆れていた。
しかしそれも束の間、日比野の様子が急変し二木の表情が険しくなる。
「……え?あ、はい……はい。…………?どういうことですかっ⁉…………宜しいのですか?…………い、いえ、そういう訳ではなく……。…………わ、分かりました。では……」
電話が切れたようで日比野は右耳に付けていたインカムを取り外し、元の場所に戻した。その手をゆっくりと胸の前まで動かし、日比野は今電話越しに聞いたことをに対して理解が追い付いていない様子で呆けている。
そんな面白おかしく様子がころころ変わっている日比野を見て二木は、何を聞かされたのだろうと動揺し、それが少し顔に出ている。強面の顔が崩れるということは、聞かされた内容は日比野が想定してたものを超えたもの、あるいは斜め上のものということ。二木は一体何を聞いたのかという好奇心もありながらそれを押さえつつ、日比野に恐る恐る今聞いたであろう内容を聞こうとする。
「……課長、何て言われたんですか?」
日比野は二木のその言葉で我に返り、ハッとした後、何かを考え込むように沈黙した。そして十秒程経過した後、頭の整理ができたようで二木に向き直った。
「……端的に言えば、許可は下りた」
「……?その答えが意外だったんですか?」
「いや、違う。想定外だったのは……
「はい……?」
この答えは二木も予想していなかったようで、目が点になりかけた。ただ日比野の反応を見ていたからか、ある程度の心構えはできていたため、驚き度合いは日比野ほどではなかった。それでも驚いているのは確かで、思考が一瞬だけ止まった。
「……理由は聞いたんですか?」
「上からの指示、とだけ」
「はぁ……」
とても答えとは言えない答えが返ってきて二木は何とも言えない声を漏らす。もう少し具体的な答えを期待していたのだが、今更それを言っても仕方がない。第一、相手が警察よりも立場が上の幻廊府である以上、根掘り葉掘り聞く訳にはいかない。幻廊府がそう言ったのだから、そういうことにしておくしかない。
それに、日比野の電話に出た幻廊府の人間は幻廊府内部で下の方の立場のはず。上司から「上からの指示」と伝えておけと言われていればそれまで。そうではないとしても、幻廊府という組織に所属しているという枷のせいで、外部に内部情報を漏らす訳にはいかないのだろう。
「そういうことなら、彼らに許可が下りたことを伝えても問題ないですね?」
「あぁ、構わない」
課長の日比野から言質を取ったことを確認し、二木は軽く敬礼してから部屋を出て行った。その背中にはさっきまでの動揺していた様子の一切が見受けられなく、ポジティブな思いがあった。
「やれやれ、あの生徒たちは一体何者なんだろうな……」
やつれた顔で日比野は左斜め横に映し出されているホロウウィンドウに目を向けた。そこには榴ヶ岡学園に登録されている戒斗と明日香、加里奈の生徒情報が顔写真とともに映し出されていた。
実習訓練初日に戒斗と明日香、加里奈の三人が二木から集合場所として言われたビル。そのビルに三人は制服姿で来ていた。
時刻は十時を少し過ぎた辺り。平日の昼前ということもあり、人通りや交通量はそこまで多くなく、徒歩でも車でも移動しやすい。
戒斗たちがビルに入るとすぐに目に入るところに一人の制服姿の警官が立っていた。その警官は戒斗たちの姿を見るなり近づき、眉一つ動かすことなく戒斗たちをエレベーターまで案内した。戒斗と明日香、加里奈は案内されるがまま、とある部屋の前に連れてかれた。警官はそこまで案内すると、仕事は済んだと言わんばかりにその場から立ち去って行った。
その警官に目もくれず、戒斗は目の前のドアを押し、部屋に入る。明日香と加里奈もそれに続き部屋に入った。
その部屋は全体的に暗く、天井にある照明が付いておらず、それどころか外の光が部屋に入ってくるはずの窓の前に格子があり、その光を遮っていた。部屋の真ん中にあるモニターが組み込まれた金属製のテーブルが光を発し、その光で辛うじてテーブルの周りに座っている人たちの顔が見える。
「――来たな。こっちに来てくれ」
学園の制服を着た三人が部屋に入って来たのを見て、テーブルの上座に座っていた二木がその三人に声をかける。戒斗と明日香、加里奈は言われた通りに二木の近くまで歩いて行く。その間、三人には好奇と疑いの眼差しが注がれていた。戒斗と明日香はその視線を一切気にすることなく堂々と歩いて行き、加里奈は少し気にしてその視線を耐えるようにしながら歩いて行った。
戒斗たち三人が自身の横に着いたのを見て、二木はテーブルの周りの席に着いている人たちに向かって話し出す。
「今回の作戦に参加することになった榴ヶ岡学園の三人だ。右から氷上戒斗、氷上明日香、岩刀加里奈。三人とも、軽く自己紹介を」
自己紹介をするなど事前に言われていなかったため、明日香は二木のことをじろりと見たが、部屋が暗いせいか二木はそれに気付いていない。隣にいる戒斗は気付いたが、特に注意することなく自己紹介を始める。
「氷上戒斗、高等部一年。メインはハンドガンでの近中距離戦とナイフを使った近接戦」
淡々と簡潔に自己紹介をする戒斗。そこに感情はこもっておらず作業をこなしているだけのよう態度をしている。目の前に座っている人たちへの敬意が何一つ感じられないことに、その一部が不快そうな目で戒斗を見つめたが、戒斗はそれを全く気にしていない。
「氷上明日香、中東部三年。刀剣とか近接武器を使った戦闘が得意でーす」
続く明日香の自己紹介も感情はこもっておらず、いつ通りの口調のままだった。これには流石に苛立ったのか、戒斗を睨んでいた人たちのこめかみの血管が浮き出いた。
そんな前二人の自己紹介に内心冷や冷やしていた加里奈は、彼らを少しでも落ち着かせようと、表向き少しは敬意を持っていると思わせるような言い回しをしようと思いながら口を開いた。
「……岩刀加里奈、高等部一年。使用武器は銃全般。スナイパーライフルも使えます」
加里奈の表向きの振る舞いが少しは効いたのか、苛立っていた人は若干少なくなった。それでもまだ戒斗や明日香を不快だと思っている人はいるようで、その二人を睨んでいる視線が一つ二つあった。
そういった人たちを宥めるように、あるいは説得させるかのように二木は再び話し出した。
「先に言っていた通り、この三人は幻廊府の許可の元、この作戦に参加している。文句があるなら幻廊府に直接言うように」
どだい無理なことを言ってくる二木。幻廊府に文句など誰が言えるだろうか。幻廊府は組織的に立場が上であるため、何かを進言するにしてもかなり無理がある。二木のその言葉が効いたようで、苛立っていた人はその苛立ちを押さえ、文句ありげに戒斗や明日香を睨んでいた人はその視線を控え押し殺した。
上座に座っていることから二木はこの場において一番上の立場にあると推測できる。そのため、二木の言葉はここにいる二木以外の大人にとってそれなりの重さがあるのだろう。いとも簡単にこの場を収めてしまった。
刺々しくなっている彼らの感情が落ち着き、部屋の中が静かになったのを見計らい、二木は立ち上がる。
「よし、それじゃ、会議を始めるぞ――」
二木は戒斗たちに向かって右手にある椅子に座るようにと小さい声で指示する。指示された通り、戒斗が一番端に座り、その左隣に明日香、加里奈の順で座った。戒斗たちが座ったのを見て二木はテーブル上にあるモニターを操作し出す。
するとすぐに、モニターの上に三次元の地図――戒斗が加里奈に送っていた地図と同じタイプ――がホログラムとして浮かび上がった。その地図には三つの赤い点が示されており、それぞれの点は縮尺を考慮すると十キロ程ずつ離れていた。
「先日事件があったDHIという企業が所有していた倉庫の位置がこの赤い三つの点だ。犯人はハッキングしてこれらの位置情報を得ていたことから、この三つの倉庫の内、どれかを襲うつもりだと考えられる」
「……質問、良いですか?」
二木が言い終わるのを見てから、加里奈の正面に座っている真面目そうな茶髪の男性が手を挙げた。二木はそれを見て彼に視線を合わせてから頷いた。
「その倉庫の存在は、社員全員は知らなかったのですか?状況から見て、直接出向きハッキングまでしないと手に入らない情報だったことになりますから」
(……?)
茶髪の男性はそう言い終わると戒斗の方をチラリと見た。学園組は事件現場から帰った後の捜査状況を知らないだろうと思った故の気遣いなのだろうと、その視線を受け取った戒斗は思った。それと同時に、戒斗は茶髪の男性が言っていた“直接出向き”という言葉に引っかかりを覚えた。
実際のところ、戒斗にはそういった情報は来ていない。それは明日香や加里奈も同様で、「参加の許可が下りたから会議に参加しろ」といったことしか伝えられていない。そのため、茶髪の男性の気遣いは戒斗たちにとって有難かった。ルナに聞けば分かるだろうが、それでは後々問題に成り兼ねないと判断し、あえて聞かなかった。
そのルナは今この場で起動されると説明やら何やらが面倒くさくなるので、今のところ起動していない。正確に言えば、記録モードになっているだけで話せない状態にある。これは戒斗が指示したのではなく、珍しくルナ自らがしたこと。
「ああ、社長や副社長といった上層部の人間しか知らなかったようだ」
「倉庫の中に入っているものについては?」
「会社の資料と他所から管理を頼まれたもの、と副社長に言われた。口頭での確認だから、現段階ではそれが事実とは判断できないが」
戒斗が覚えていた引っかかりは、それに対する二木の答えと追加の質問への答えを聞いたことでなくなり、納得がいった。社内で機密扱いしていたのだから他の社員が知らないのは当然であり、それほど扱いをする理由が外部の組織が関与しているためだということ。
しかし、社員に関与していることを秘密にしなければならないほどの組織とは一体何だろうか。考えられるのは犯罪に関するシンジケートやブローカーといった反社会的勢力。あるいは、表や裏に限らず社会への影響力がある公的機関。色々と考えられるが現段階では推測すら難しい。
そのため、戒斗は別のこと――犯人の目的を考える。たかが一般企業の資料にハッキングをしてまで手に入れる価値はないと思える。それならば、“他所から管理を任されたもの”を奪うためだと考えた方が妥当。
「……とすると、犯人の目的はその管理を請け負っていたものを奪うこと、か……?」
「おそらくな」
戒斗は考えていたことを無意識の内に口にしてしまったが、すぐ近くで聞こえていた二木がその独り言のような言葉に賛同した。結果として戒斗が会話の間に入ってしまったが、茶髪の男性はそれを気にした様子はなかった。
この会議の前提となる情報が会話によって再確認できた――戒斗たちにとっては初めて知った――ところで、二木は改めて会議を進行する。
「さっき言っていた“管理を請け負っているもの”が入っている倉庫はここ――」
二木が指差した赤い点が黄色に変化する。
「犯人が狙う倉庫はここの可能性が高い。だからと言って他の二つの倉庫を無防備の状態にしておく訳にはいかない」
警察という立場にある以上、襲われる可能性が低い場所を守らないという選択肢はない。最低限でもいいから防衛用の人員は配置すべき。
逆に、犯人の本命と思われる倉庫には可能な限りの戦力を置いておく必要がある。当然、こちらの方が実績に直結するため、この場にいる成人の誰もがこちらへの配置を望んでいる。
そのため、静かに睨み合いが絶賛発生している。年上に譲れだとか、経験のため若手に譲れだとか、そういった思いが入った視線が飛び交う。そんな冷戦のような状況を察知し、二木は言い合いになる前に行動に移した。
「
「っ⁉」
二木のこの言葉には流石に驚いたのか、この場にいるほとんどの者が目を見開き、中には席から立ち上がる者もいた。
「――どういうことですかっ⁉彼らはまだ子どもですよ!」
もっともな意見が黒縁メガネをかけた男性から飛び出た。その意見は今驚いている者を代弁するものだった。多少の違いはあるものの、戒斗たちが一番危険であり、多く者が狙っている配置に着かせるという事実は変わらない。
黒縁メガネをかけた男性には感情的な部分が多くあるが、この配置にする理由が分からないという理性的な部分もあった。それが分かっているからこそ、二木の態度が慎重になることはなかった。
「子どもだから何だ?この三人には、それに見合う力があると踏んでこの配置した。表面ではなく内面を見ろ!」
ついさっきまでとは打って違い、二木の言葉の語気が強まった。自分が評価した者たちを刺されたことが癪だったのか、自分の教えが伝わっていなかったことに腹が立ったのか、戒斗と出会ってから一番感情が強くなっていた。
二木が出した見えない圧に押されながらも、黒縁メガネをかけた男性は冷や汗をかきながら一歩前に出ようとする。
「っ……ですが、実戦経験がありませんよ⁉いざというときに、使いものにならなかったどうするんです⁉」
黒縁メガネをかけた男性はさらに感情的になりながらも、論点がズレることなく重要なことに対して言及してきたことに、戒斗は内心少しばかり驚いていた。対して、明日香と加里奈はこんな口論になるとは思っていなかったため、呆気に取られていた。それでも自分たちを侮辱されたことはすぐに感じ取ったらしく、明日香は衝動的に立ち上がろうとする。
しかし、それは戒斗が明日香の前に出した左腕によって止められた。その腕に気付いた明日香は戒斗に何故止めるのかといった目線を送ったが、戒斗は顔を小さく横に振った。戒斗の顔は真剣そのものだが、その奥には自分と同じような感情があることを明日香は感じ、浮かせていた腰を下ろした。
戒斗も明日香と同様、黒縁メガネをかけた男性に対して苛立ちを覚えていた。けれどそれは少しばかりで、明日香と違い理性が勝っていた。戒斗と明日香が怒っていること、侮辱されたと思ったことは実戦経験の有無ではなく“使いものにならなかったら”という言葉。自分たちのことを何も知らない者が、自分たちがやってきた血が滲むほどの訓練を否定してきた、そんな風に思えてしまった。これは本人が実際にどう思っているかは関係ない。
黒縁メガネをかけた男性の本心がどうであれ、言葉にしたものが侮辱と感じ取れてしまうのは確か。そう思っていながらも戒斗は明日香を止めたのは、隣の二木の感情が昂っていたのを感じていたから。
二木は震えるほど握りしめた拳を僅かに上げ、思いっ切りテーブルに叩きつけた。ゴォーンという重低音が部屋中に大きく響き、部屋に静寂が訪れた。全ての視線が二木に集まり、その視線は驚きと恐怖に満ちていた。
「……ふざけてるのか?」
雰囲気が真逆へと変化した二木から重く冷たい声が出てきて、このきっかけを作った黒縁メガネをかけた男性の背筋にヒヤリと冷たいものが伝った。その他の者も黒縁メガネをかけた男性ほどではないが、悪寒が走ったりしていた。
「経緯がどうであれ、この三人は榴ヶ岡学園の学園長自らがこっちに寄越した人材だぞ!警察という組織に泥を塗る気かっ⁉」
重く大きい声が各々に刺さる。直接言葉にした黒縁メガネをかけた男性以外も同じようなことを思っていたことは否めない。自分たちがどれほど卑劣なことを思っていたのか。その反省が各々の胸に刺さる。
幻廊府が関係していることを警察は知らないため、警察は榴ヶ岡学園学園長が戒斗たちを指名したという認識になっている。そのため、戒斗たちを侮辱することは学園長である智恵を侮辱することに等しい、ということになる。特に今回は異例の人選であるため過程がどうであれ、この考え方は的を射ている。
「それに、適性の学年より一個二個下のということは――、この歳でもう十分戦えるという証拠だ」
続く二木の重い言葉に一部の者が意気消沈となる。
警察もある程度訓練はしているものの、戦闘に特化した組織ではない。二木等が所属している刑事課とて、それは同じ。それに対して戒斗たちは戦闘訓練を主として行っている榴ヶ岡学園に所属しており、智恵の許可の下、実戦段階にあたる実習訓練に参加しているということは、少なくとも警察学校の卒業生と同程度の実力があるということになる。
当の黒縁メガネをかけた男性はそういうことを察するように理解し、自分の言動が間違っていたことを悟り、この場にいる者の中で一番落ち込み、さっきまでの威勢がどこかへと消えていった。
「……失言でした。申し訳ありませんでした」
黒縁メガネをかけた男性はゆっくりと席を立ち、頭を深々と下げた。二木の部下というだけはあるのか、二木に対して頭を下げるのではなく、戒斗たち三人に対して頭を下げていた。自分よりも歳が下の相手にここまでの誠実さが感じられる謝罪が一発でできることに、戒斗は抱いている感情をさておいて少し関心していた。
そのため、戒斗はこの謝罪で十分だと思ったが、明日香はそうではなかった。横顔を見るに謝罪がまだ足りない、といった印象。自分たちに対する謝罪ではなく、所属している学園に対する謝罪だと感じたのだろう。戒斗自身もそう感じはしたが、今はそれを言及するべき状況ではないと判断し、気にしないことにした。
加里奈はというと、そもそも戒斗と明日香ほど怒ってはいなかったらしく、謝罪をあっさりと受け入れた様子だった。表には出ていない心の内では、本当はどう思っていたのかは知らないが。
両隣の戒斗と加里奈が怒っていな様子を見て、明日香は心の中をやや時間をかけて整理してから戒斗の顔を見て小さく頷いた。それを見て戒斗は立ち上がることなく、黒縁メガネをかけた男性に身体を向けた。
「今回は、その謝罪を受け入れる」
棘のある言葉で戒斗は謝罪を受け入れたことを伝えた。今回ばかりは黒縁メガネをかけた男性の方が圧倒的に悪いので、その棘にあえて触れる人はいなかった。
内容がどうであれ、話が着いたことは確か。二木は両者を見てそれを確認し、落ち着いてからテーブルの上で握っていた拳を解いた。
「……会議を続けるぞ――」
声が元に戻った二木によって静まっていた部屋の空気が引き締まり、やっとのことで会議が再開した。
「氷上兄、どういう守り方をするべきだと思う?」
二木は黄色の点とその周囲の建物だけになるように地図を拡大し、戒斗に意見を求めた。この会議はすでに決まった作戦を伝える場ではなく、どういう作戦にすべきなのかを話し合う場。二木が最初に戒斗に意見を求めたのはこれ以降、学園組が意見を言い易くするために取った選択。
戒斗はその意図をすぐさま理解し、躊躇うことなく頭の中で考えていた作戦を切り出す。
「――単純な守り方では守り切れない」
「……」
何人かは何を言っているんだ、といった視線を戒斗に向けたが、戒斗は涼しい顔でその視線を受け流す。質問してきた二木が何も言ってこないので、戒斗は話を続ける。
「守るべき倉庫に対して通っている射線が多過ぎる。正面で守るのを捨てて、待ち伏せた方が守り易い」
「だが、それだと受動的な対応になってしまう……。……っ!」
戒斗が出した提案の欠点を二木はすかさず指摘する。しかし、その欠点をなくす手段をこの場での自分の記憶から考え付き、戒斗が言いたいことを察した。
二木の言う通り、この作戦だと犯人を視認し難くなり、犯人の行動を見てからそれに対応する形になってしまう。それだと全ての行動に遅れが生じ、下手したら犯人に目的のものを盗られてしまう。
だがそんなことは提案した戒斗も百も承知。そうならないための策は考えてある。
「それをカバーするために――ここにスナイパーを置く」
黄色の点が刺された倉庫の前の通りを挟んで、斜め向かい側にある建物の屋上に戒斗は指を指した。このスナイパーを置くことは、戒斗がカフェテリアで加里奈に地図を基に話していたことと同じ。あれから数日は経っているが、戒斗の中ではこの考えは変わっていなかった。
戒斗が指差した場所にスナイパーを置くことにはかなりメリットがある。敵から通るであろう射線が減り、倉庫付近にいる防衛用の人員の負担を減らすことができる。また、その場所を確保しておくことによって、遠くから倉庫やその周囲を監視することができるため、情報取りという面においても優れている。
当然、刑事である二木もそれは理解しているが、懸念点が幾つかある。
「……それで、誰をここに置くんだ?岩刀がスナイパーライフルを使えると言っていたが……」
今回の作戦でスナイパーを採用する場合、精度がかなり高いスナイパーを用意しなければならない。倉庫がある場所には大した広さはないため、狙いの少しのズレが致命的なものになってしまう恐れがある。フレンドリーファイアなどしてしまったら大問題になってしまう。
そして、それほどのスナイパーはあまりいない。警察にもそういった者はいるが、その者を採用する場合、作戦指揮を行う者から変わってしまう可能性がある。二木としては、外部の人間である戒斗たちを参加させているため、そうなってしまっては困る。だからと言って、外部の組織に所属している現役のスナイパーを採用しようとするとまた別の問題が出てきてしまう。
加里奈自身がスナイパーライフルも使えると言っていたが、どれほどの腕なのか分からないため、今回の作戦のスナイパーに任せてもいいのかという疑問が二木の中にある。加里奈の言葉を疑う気はないが、借りとは言え部下の命を預かる立場にある以上、下手な判断はできない。
「岩刀、かなり重要な役割だが……できるか?」
二木は加里奈にそう問いかけながら視界の端にしっかりと戒斗を収めていた。二木の戒斗に対する印象は人に頼らない自分中心。自分一人で割と何でもできてしまうため、人に頼ってまで何かをすることはないと思っていたが、戒斗が何一つ反応を見せないことから、この印象は少し間違っていたのかもしれないと思った。
(作戦を立てた段階――いや、目の前の三次元の地図を見たときから、
二木の思考の焦点がズレているとは知らない加里奈は視界が薄暗い中、二木の方に身体を向けて、その目を見て問いかけに答えようとする。
「はい、勿論。この距離なら外すことはないと思います」
「……なら、任せた」
「はい」
加里奈の自信に満ちた目を見て、そして返事を聞き、二木は少し考え込んだ。しかしそれも一瞬で、優柔不断になることなくすぐに答えを出した。その二木の判断を良くないと思い、空気が変わった人も中にはいたが、その前に二木が話していたことがかなり効いているのか、彼らの口からそういった言葉が出ることはなかった。
二木は戒斗が指差していた場所に青い人のようなピンを立てた。その人のようなピンはスナイパーライフルと思われる銃身の長い銃を持っており、このピンが加里奈を表していることが分かる。
「後はそれ以外の配置だな。スナイパーの護衛に一人、倉庫の近くに二人……いや、三人でいいか。少し離して配置すれば問題ないだろう」
スナイパーの加里奈以外の残った自分を含めた四人の配置を二木は考えていたが、言っている途中で配置を少し変えた。二木は最初、加里奈の護衛に春原を、待ち伏せ要員として倉庫の近くに自分と明日香を置き、戒斗を遊撃のような配置にしようとしていた。
実習訓練初日の判断力と行動力、そしてハンドガンとナイフをメインで戦う身軽さ、それらを考慮して倉庫とスナイパー、どちらにもすぐに寄れる立ち位置の方が真価を発揮できるのではないのかと考えていた。しかし、ぶっつけ本番である以上、不確定要素がある策を取る訳にはいかないと考え、戒斗を遊撃ではなく二木と明日香と同じ配置にした。
しかし、戒斗は二木が言ったその配置が作戦として不十分だと感じた。配置する人数が五人で、尚且つ倉庫を襲ってくるのが一人二人で、ただの人間なら二木が言った配置で問題ないが、そうではなかった場合、失敗に終わってしまう可能性が十分にある。
「犯人が一人とは限らないだろ?人数差で押される可能性はゼロじゃない。それに、――襲ってくる側に〈幻想師〉がいた場合、使ってくる〈幻想〉によってはこっちが不利になる」
実習訓練初日の事件のときと同様の〈幻想〉を使われてしまったら、戦況が不利になるどころの話ではなくなる。いくら鍛えているとは言っても、酸欠の状態でまともに戦闘などできはしない。
「それについては問題ない。報告があればすぐに増援に来るように機動隊に言ってある」
戒斗が指摘してくることを想定していたのか、二木の返答が間髪入れずに返ってきた。
実は最初から機動隊を倉庫の周りに配置する案もあったが、会議が始まる前にその案は蹴られていた。場所が市街地であり、何時襲ってくるのかも分からないところに配置し続けるのはかなり厳しいと二木と課長の日比野が判断し、今に至る。
「〈幻想〉については?」
「この建物の空調システムはこことは別の管理会社で管理されているから、前回のようなことは起きないはずだ」
戒斗が懸念していたことは二木も同様に懸念していたらしく、すでに、作戦に対して問題になりそうかを確認していた。
周囲を置いてきぼりにし、戒斗と二木の二人だけの世界で話し合いが進んで行く。それも躓くことなく、意見が食い違うこともなく順調に進んで行っている。そんな状況に嫌気が差した灰色のスーツを着た女性刑事が恐る恐る手を挙げた。
「……あのー、残り二つの倉庫の配置はどうするのですか?」
すぐ近くの相手と話していて視界が狭まっていたため、手を挙げただけでは気付かなかったが、声を発してくれたおかげで二木はハッとなり視界が元に戻った。そして自分が戒斗との会話に夢中になっていたことに気付き、バツが悪そうな顔をした。二木はこの会議に参加している者の中で一番偉く、会議を進めなければならない存在。それにも関わらず、二木はその役目を上手く果たせていなかった。
二木はその反省を後回しにし、深呼吸をした後、灰色のスーツを着た女性刑事に身体を向ける。
「……それは今から話す」
二木は灰色のスーツを着た女性刑事の目を見てそう言い、拡大していた三次元の地図を最初の縮尺まで戻してから、二つある黄色の点で示された倉庫の内、片方がある辺りを拡大した。そして今度は戒斗たちを置いてきぼりにして会議が進んで行った。戒斗たち学園組の配置はすでに決まったのだから、三人とも思うところは何もなかった。
ここにはスナイパーを置くことはできない――スナイパーをできる人員がいない――ため配置が黄色の点とは違い、倉庫のすぐ近くで守る配置になった。この配置にすると外からの情報が手に入り難くなるが、街路カメラや臨時で置くカメラ、ドローンでそれをカバーする。そして、もう一方の黄色の点も同じような守り方をすることになった。
これら二つの黄色い点で示された倉庫は犯人が襲う可能性が低いというのもあり、赤い点が刺された倉庫より配置する人数が少なく、片方が二人、もう片方が三人となった。この会議に参加している人数は学園組が三人、一課二係が八人の合計十一人。それに対して倉庫の防衛に配置する人数は合計十人。誤差の一人は二木に忘れ去られた訳ではなく、あえて配置されなかった。
「――で、残った蒼井は、中継と報告を任せた」
「分かりました」
待っていましたと言わんばかりに蒼井は二木の言葉に二つ返事で答えた。自信満々で返事をしている姿を見るに、何回かこの役割を任せられており、初めてではないと思われる。
この“中継と報告”は今回のような作戦ではかなり重要な役割を担っている。お互いにそれなりに離れた三ヶ所を同時に守っているため、情報の伝達が効率良く行えず混線する恐れがある。それをなくすために現場に出ていない人を用意し、その人に情報の伝達や報告の中継を任せるだけで混線することはなくなる。二木が言っていた増援の件もこれを使えば迅速に行うことができる。
「細かい配置は当日行うとして……、会議はこれで終わりだ。何か質問はあるか?」
今日予定していた話し合うべきことはなくなったらしく、二木は会議を終わろうとする。実際、今話されたこと以外に話すことは特段なく、詳しく話し合うにしても別々で話し合った方が効率がいい。
怒りを収めてからずっと黙って暇そうにしていた明日香が二木の言葉を聞き、気だるそうに軽く手を挙げた。眠くなっていても怒りが未だ消化し切れてしないのか、黒縁メガネの男性が座っている方を見もしていない。
「何時からやるの?」
「今から準備するとして……明後日だな」
纏っている雰囲気から会議の最初の方にあった怒りが完全に冷めていないことを感じ取り、二木はこの場に相応しくない明日香の態度を気に留めることなく、その明日香から出た疑問に答えた。
二木のその返答に疑問を感じた加里奈は質問の許可を求めるためではなく、直接二木に聞きたいことを聞くために手を挙げた。本来は質問する許可を求めるべきなのだが、明日香がそれをすっ飛ばしているため、今更そんなことをしても大して意味はないと思った故の言動だった。
「その前に種撃される可能性はないんですか?」
「ゼロではないが、限りなく低いと思うぞ。氷上兄のAIから貰った情報を基に、かなり深くまで追跡していたから、こちらの情報網から完全に逃れるのに、一週間近くかかるというのが警察のAIの計算だ」
この会議を開くことになった原因の事件が起きてからすでに三日が経過している。もうすでに当の倉庫が襲撃されていてもおかしくない。それにも関わらず、さらに二日後から倉庫を防衛し始めるのは、あまりにも遅過ぎると感じてしまう。そんなに悠長にしていていいのか、という懸念が拭えない。
しかしそんな懸念は警察にとっては大したものではなかった。と言うより、確実性が高い理由があるからこその余裕のある準備期間だった。
警察が所有しているAIは一般に流通しているものとは性能も仕様も大きく違う。情報の収集や分析・解析は勿論のこと、犯人の逃走ルートや拠点の予測、与えられた情報から状況の変化の仕方やそれにかかる時間の算出といったことまでできる。司法の番人であり、国民を守護する組織にとっては今や掛け替えのない存在。
加里奈は二木の自信のある言い方とその内容に納得がいき、抱いていた懸念はすぐに消えた。右に目を向け戒斗の顔を見ると、特に反論がなさそうな顔をしていたため、それもあってさらに何か聞こうととはしなかった。
加里奈の質問以降、質問がないのを見て二木はテーブル下にあるボタンに手を伸ばした。そのボタンを押すと天井にある照明がつき、暗かった部屋が一気に明るくなった。
「よし――これで会議は終了。解散!」
その言葉を聞き、真っ先に立ち上がったのは明日香だった。明日香はそのまま一言も発することなくドアの方へと歩いて行った。それを見て戒斗も立ち上がり、二木に軽く手を挙げるだけして明日香の背中を追った。加里奈は二人の様子を見て呆れつつも、二木にだけ軽く頭を下げ、二人の後を足早に追った。
学園から来た三人が部屋を出た後、部屋の中は何とも言えない微妙な空気になっていた。明らかに不相応な態度をしていたが、それを咎める者はここにはいなかった。その三人に対して見せた不適切な言動に対する反省が彼ら彼女らをそうさせていたのだった。
二木たち刑事課二係の面々と戒斗たち三人が参加した会議があった日の午後。
日差しが最も強かったときから半刻ほど過ぎた頃。戒斗と加里奈は学園の地下にある訓練場に来ていた。明日香は一足先に氷上宅に帰っており、二人と一緒の場所にいない。
戒斗と加里奈がいるのは訓練場の中でも奥の方にある狙撃用の訓練場。使用する生徒が少なく、かなり広いエリアを使うため、ハンドガンやアサルトライフルの訓練場のレーン数より少ない二レーンしかない。少ないだけあって造りがかなり凝っており、実戦で活躍する部隊が使うような細かい調整までできるようになっている。
狙撃する位置に、戒斗は加里奈の足元から首元までの長さはある直方体の鞄を置いた。細長いという点においては明日香の打刀を入れている鞄と同じだが、大きさは当然ながら重さも比較にならないほどある。この鞄は一度家に帰った戒斗が持ってきたもので、学園にあったものではない。
戒斗はその鞄のロックを解除し開くと、中にあるスナイパーライフルが露わになった。戒斗はそのスナイパーライフルを鞄から取り出し、バイポットを展開してからそっと床に置いた。鞄の上蓋部部にあるマガジンを取り出しスナイパーライフルにセットする。
「……これでよし。調整を――」
「分かった」
加里奈は戒斗がセットしたスナイパーライフルを軽く持ち上げ、銃口を遠くにある的に向ける。床にうつ伏せになり右手でグリップを握り、トリガーガードに人差し指をかける。ストックを右肩に当て銃身を安定させ、スコープを除きながらバイポットをいじり高さを調整する。
「これの特徴は?」
『一番の特徴はスコープと威力ね。倍率の自動調整とロックオン機能、軽い装甲版程度なら貫通するわね。まあ、要するに、加里奈が学園で使ってるものよりも全てのスペックが上だと思っていいわよ』
戒斗が手に持ってる情報端末にいるルナがスナイパーライフルに集中している加里奈の問いに答えた。加里奈はグリップを何度か握りその感覚を確かめ、右目でスコープを覗き込みながら倍率を手動でいじっている。
スナイパーは指先の感覚一つ違うだけで照準が狂うことが多々ある。そのため、新しいものを使うときは細かい位置の調整もそうだが、違和感がなくなる何度も触ったり握ったりする。加里奈が今構えているスナイパーライフルは普段使っている学園のスナイパーライフルとタイプが近いが、加里奈にとってそういう行動は必要不可欠。
「――デメリットは?」
『威力が大きい分、反動が大きいから連射はそれなりに難しい、といったところかしら』
「そう……」
聞きたいことを聞き終わった加里奈は右手でボルトハンドルを前進させ、マガジンに入っている銃弾を薬室に装填する。ボルトハンドルを下げてボルトを回転させ、薬室を閉鎖させる。下に降ろした右手をグリップまで持っていき握り、引き金に人差し指をかけ、親指でセーフティを外す。スコープの倍率はもうすでに調整済みのようでスコープには全く触れず、脇をできるだけ締め左腕を胸の前の床に置く。
加里奈の狙撃の構えを取る動作を見て戒斗は加里奈から距離を取り、加里奈の足先から一メートルほど離れた位置まで下がった。加里奈の脚は開かれ両脚のつま先が外側に向いているため、真後ろに立つとスカートの中が見えかねない。戒斗はそれを覗き見る変態ではない、と言うより興味がないため、目線は遠くにある的に向いている。
「スゥー…………――っ!」
加里奈は静かに息を吸い息を止めた瞬間、右手の人差し指を手前に引き、引き金を引く。高速で回転しながら前進する銃弾が銃口から発射され、銃声とほぼ同時に狙撃位置から二百メートル離れた的に命中する。
「……確かに、反動は少し大きいわね」
加里奈はスコープ越しに的を見ながら小言を呟いた。今撃った一射目は的に当たりはしたが、中心よりやや上に当たっている。ルナから反動が大きいことを聞いていたため、加里奈はいつもよりやや下を狙って狙撃したつもりだったが、実際はそれでも足りなかった。
一回も使ったことのないスナイパーライフルで、一射目からこれほどまでの精度の狙撃をできる者は学園には中々いない。的までの距離が短いということを考慮してもそれは変わらない。このことから、加里奈の狙撃の腕がどれほどのものなのかがはっきりと分かる。
加里奈は右手をグリップから離し、ボルトハンドルを上に上げてから手前に引く。それと同時に薬室から薬莢が排莢される。床に落ちていく薬莢を横目に再びボルトハンドルを奥に前進させ、下に下げる。薬室に二射目の銃弾が装填され、引き金に右手の人差し指をかける。
狙いを一射目よりも少し下にして再度引き金を引く。銃弾は見事的の中心に当たり、銃声の余韻が訓練場内に響く。
加里奈はその後もう二発撃ち、調整のための狙撃は終わった。その二発とも的の中心に当たっており、偶然それを遠くから見ていた生徒は驚愕した様子で固まっていた。どうやら実技の授業がこの訓練場で行われているようで、そんな生徒は一人二人ではなく十数人いた。
その視線に目もくれず、加里奈はスナイパーライフルのセーフティを入れてから立ち上がった。戒斗はそれを見てから、加里奈にゆっくりと歩み寄った。
「相変わらず精度が高いな」
加里奈は後ろを向きながら持ち上げたスナイパーライフルのボルトハンドルを上に上げてから手前に引き、薬室に残っていた薬莢を排莢する。次弾を装填するっことなくマガジンをリリースし、そのマガジンをかけられた声に対する反応かのように、戒斗に向かって下から投げた。
戒斗は危なげなくその投げられたマガジンを片手でキャッチし、その中を覗いた。七発入っていたマガジンには四発撃ったため、三発しか入っていない。戒斗はマガジンの残段数だけ確認してから鞄の元あった場所にしまった。
「……嫌味に聞こえるわよ。戒斗だって、この距離なら外さないでしょ?」
加里奈は戒斗に文句を言いながらバイポットを畳み、スコープに蓋をする。その後、スナイパーライフル本体も鞄にしまい、ロックをかけてから持ち上げた。スナイパーライフルが入った鞄は十キロを超える重さだが、それほどの重さを感じさせないほど加里奈は軽々と持ち、鞄に付いている持ち手を右肩にかけ、戒斗に向き直った。
「――失礼だな。純粋に褒めてるんだよ」
戒斗は返しの言葉を加里奈の顔を見ずに言い、床に転がっている薬莢を拾い上げる。幸いにも遠くまで転がっておらず、四個の薬莢を全て拾うのに対して苦労はしなかった。そんな後片付けをしている戒斗を余所に加里奈は出口に向かってスタスタと歩いていた。
「それじゃ――、後片付けよろしく」
「……いつもながら、勝手だな……」
戒斗は後ろ向きで手だけ振って遠くなっていく加里奈の背中を見ながら、一人小さくため息をついた。そのため息は呆れからくるのもでありながら、どこか優しさがあるものだった。
刑事課二係と戒斗たち三人が参加した会議で決まった作戦の開始日。
加里奈と春原は他の面々より一足先に現地に来ていた。現地に来ていると言っても防衛対象の倉庫のある建物にいる訳ではなく、二人はその斜め向かいにある建物の屋上に来ていた。この建物は倉庫がある建物の南西にあり、屋上と倉庫の直線距離はおよそ百五十メートル。肉眼で辛うじて人がいるのを視認できる距離。
本来、スナイパーならばもっと距離が離れた場所にいるべきなのだが、それでは咄嗟の対応が困難になってしまう。それに周辺の監視も役割として入っているため、スナイパーとしてはかなり近い距離になっている。
「……うん、ここでいいかな」
加里奈は屋上で辺りを見渡し周辺の位置関係と守るべき倉庫の位置を肉眼で把握し、細かい狙撃ポイントを確定させた。その近くに背負っていた鞄を置き、ロックを解除して中から一昨日学園の訓練場で撃っていたスナイパーライフルを取り出した。加里奈はそのスナイパーライフルを狙撃ポイントに置き、黙々と狙撃の準備をしていく。
その様子を少し離れたところから春原は黙って見ていた。自分より年下の少女が目の前で黙々と狙撃の準備をしていると思うと変な気分になる。実習訓練とは言え、成人もしていない者に遠くから一撃で人を殺せてしまう武器を使わせていいのだろうか、と。しかし、〈幻想〉を使っても同じような結果になる可能性がゼロではない以上、仕方がないとも思えてしまう。
そんな何とも表現し難い複雑な感情を抱えている春原を余所に、加里奈は射角とスコープの倍率までの調整を終えた。予備のマガジンはスナイパーライフルの左横に置いてあり、すぐにリロードできるようにしてある。
加里奈は自分の左手首に付いているブレスレット型の端末を見ると、時刻は八時半過ぎ。作戦の開始の九時まで後三十分ほどしかない。加里奈は屋上への入口がある壁にもたれ端末のカメラを起動し、その映像をホロウウィンドウに映す。そのカメラを倉庫に向け、そのホロウウィンドウを操作し映像を拡大すると、そこには戒斗の姿があった。
カメラ越しに見える戒斗や明日香の様子をしばらく眺めていると、屋上の端にずっと立っていた春原の端末が鳴った。春原はそれまで複雑なことを考えていたとは思えないほどすぐに反応し、春原はポケットにしまってあった端末を無表情で取り出す。
「……はい。分かりました」
電話はすぐに終わり、春原は加里奈に向き直った。
「倉庫側の配置、準備できたそうです。予定時刻より早いですが、もう作戦を開始するそうです」
「――!そうですか。なら、こっちも構えないといけないですね」
加里奈は視線をホロウウィンドウから春原に移してからしっかりと目を見て返事をした。ホロウウィンドウを閉じ、カメラをオフにしてから立ち上がり、ブレザーの内ポケットからインカムを取り出し左耳に付ける。春原も加里奈と同じようにインカムを左耳に付け、壁に立てかけてあったスコープ付きのアサルトライフルを持ち上げた。
加里奈はうつ伏せになりスナイパーライフルを構え、スコープを覗く。そして、左手でインカムをオンにして真剣な顔で口を開く。
「――こちら岩刀。準備完了」
「同じく、春原も準備完了」
加里奈がスナイパーライフルを屋上に置き、狙撃の準備をしている頃。戒斗と明日香、二木の三人は会議の地図で赤い点で示されていた倉庫の前まで来ていた。
「思ったより広いね」
「まあ、これぐらい広くないと戦闘はできないよな」
戒斗と明日香は目の前に広がる空間を前にそれぞれ思ったことを口にした。
倉庫の前は荷物などの出し入れのためか、大型トラックが倉庫に対して縦に駐車できるほどの広さがあった。床はコンクリート剥き出しではなく、オフィスなどで使われる凹凸のない光が反射する材質できている。
戒斗の装備は実習訓練初日のときとほとんど変わっておらず、違っているのはナイフと閃光手榴弾。ナイフは右太ももに、閃光手榴弾は腰のポーチにしまってある。扱いが慎重にならざるを得ない閃光手榴弾に関しては、事前に二木から使用の許可をもらっている。
一方の明日香は実習訓練初日と大きく違い、小太刀ではなくメイン武器の打刀を二振り両腰に帯刀している。それ以外にはこれといった変更はなく、ルナの勧めで今回も一応フックショットを持ってきている。
「戦闘を前提に造られた訳じゃないんだがな……」
自由に言いたい放題している学園の制服を着ている二人を見て、二木は呆れながら頭の後ろをかいた。二木はこの二人の性格はもうすでに大体は把握しているので、言い返すことはせずに、放任に近い形を取っている。
そんな若干可哀そうな二木はスーツの上から防弾チョッキを着て、腰にAPピストル、背中にSMGを背負っている。明らかな近接戦用の装備で倉庫の防衛のみを意識していることが分かる。両方とも弾の消費が激しい銃だが、前に出て接近戦を行う二人がいるということで、二木はメインで戦わないことになっているので、大した問題にはならない。
三人は倉庫の前まで移動し、改めて倉庫の位置と自分たちが身を潜める場所、
「――なあ、この倉庫って防弾なのか?」
「いや、違う。金属製だからある程度は耐えられるが、当て続けられると貫通する」
「……ということは、倉庫を盾にして戦うのは止めた方がいいな」
倉庫を遮蔽にしてブラインドショットをメインで戦うと、敵が撃った銃弾が倉庫を貫通して中にある守るべきものを壊してしまう恐れがある。この実習訓練――事件解決のためのピースの一つに犯人が狙っているものの防衛には、それが壊れないように守り切ることが含まれているはず。そのため、仮にそうなってしまえば、実習訓練として失敗になってしまうと戒斗は想定していた。
「――ま、可能ならでいい。中のものを盗られなければいいからな」
「それなら気楽に戦えるね」
しかし戒斗のその考えは外れており、懸念にはならなかった。
因みに戒斗は知りもしないが、犯人が狙っているであろう倉庫の中のものを外に出すためには、本来の所有者に連絡をして許可が下りなければならず、全て終えて外に出せるようになるまでに一週間以上かかってしまう。そういった大人の事情が裏にはあった。
考えること、制約が一つ減ったということで、戒斗と明日香にとってはかなり戦い易くなった。第一優先は倉庫の防衛だが、襲ってくる敵を倉庫に近づけさせなければ問題ない。
作戦の開始時刻は九時と事前に通達があったが、戒斗がブレスレット型の端末を見るとそれまでまだ余裕がある。そのことに気付いたが特にやることがないため、どう暇をつぶそうかと考えていると、どこからともなくルナの声が聞こえた。
『予定より少し早いけれど、もう始めても構わないと思うのだけれど』
「ん?まぁ、確かに。
二木は顎に手を当て少し考えてからルナの提案を受け入れた。今ここで暇を持て余しても時間の無駄であり、作戦を前倒しにする以外の解消方法は特にない。
三人は各々ポケットからインカムを取り出し戒斗と二木は左耳、明日香は右耳に付けた。このインカムの無線はここの倉庫を守る五人と蒼井が参加しており、いつでも情報共有ができるようになっている。二木はその付けたインカムの電源を入れた。
「こちらアルファ。予定より早いが、作戦を開始する」
『――こちらデルタ、了解しました。作戦を開始して下さい』
二木の報告に対してインカム越しに蒼井の声で返答が返ってきた。報告が予定よりも早かったにも関わらず、冷静に答えて二木の報告を承認した。承認と言っても名ばかりで蒼井が拒否できる訳ではなく、ただ今から対応できるかどうかの確認に過ぎない。
作戦の都合上、地名を言っていては効率が悪いのでそれぞれの場所を別の名前で呼称している。今戒斗たちがいる場所がアルファで、会議で二つの黄色い点の内最初に話し合っていた方がベータ、残った三ヶ所目がガンマということになっている。言わずもがな、デルタは青井が今現在いる、警察の建物の中にある多くのホロウウィンドウが展開されているコントロール室。
報告を終え、一通り確認を終えた後、三人はそれぞれの配置についた。倉庫の裏が二木、入り口近くの荷物の陰に明日香、壁際の倉庫と壁の間に戒斗という配置になっている。奥にいる二人が侵入者を引きつけ、銃を持っていない明日香が真っ先に狙われないための配置。
二木は携帯端末で少しだけ何やら話した後、インカムに手を当てた。
「――二木、準備完了」
「戒斗も完了」
「……明日香も」
自分の下の名前だけを言うのはやや抵抗があるのか、「氷上」という苗字の人間がこの無線に二人いる以上、区別をつけるために言わなくてはならない。明日香の声には恥ずかしさがあるように感じられた。
その後、無線に加里奈と春原の準備が完了した報告が入り、作戦が開始された。それから倉庫の周りと狙撃ポイントの屋上には無言が続き、無線もしばらく静かだった。
二木と春原は仕事柄、静かな時間というのは慣れているため何ら苦はないが、学園組の三人も苦しそうではなかった。戒斗と明日香は鎖那の教育のせいで無理矢理慣らされているため、加里奈は狙撃の訓練を中等部一年からやっているため、そんなことになっている。
作戦開始から何も起こらず三時間経過した頃、ようやく無線に声が入った。
『――怪しげな車がアルファに接近。南西方向、黒のワゴン車二台、確認を』
春原の声に他の四人に緊張が走る。物理的な動きはないものの、集中力が高まり始めた。
『――了解です。すぐに確認します』
「後三十秒ほどでアルファ前に到着」
普段の真面目で礼儀正しい口調と違い、今の春原の口調はそういたものを削ぎ落した感情がこもっていないものになっている。ただ真剣さは感じられ、報告を聞き取り易くしていることが分かる。
加里奈はスコープから目を外し、春原が報告していた南西方向の道路に目線を向けるる。春原の報告通り、二台の黒のワゴン車が自分たちがいる方向に進んで来ており、進行方向を変える素振りは見えない。加里奈の中でもその二台への警戒度が上がり、スコープに視線を移すことなくワゴン車の動きに注視する。
『――!未登録ナンバーです!警戒をっ‼』
インカム越しでも分かるほど切羽詰まった蒼井の声が片耳に響く。それが警鐘のように鳴り響き、無線に入っている蒼井以外の五人が警戒態勢に入った。加里奈はスコープを覗きいつでも撃てるようにし、春原はアサルトライフルを向かって来るワゴン車に対して構えスコープを覗く。室内にいる三人はそれぞれが持っている武器に触れ、気配を押さえながらも、瞬時に攻撃に切り替えられるようにする。
そして数十秒後、黒のワゴン車が二台とも倉庫がある建物の一階にある駐車場に入って行った。ワゴン車の窓ガラスは黒く染まっており、外から中の様子は見えない。
加里奈はスナイパーライフルを少しだけ動かし、駐車場に止まったワゴン車に照準を合わせる。セーフティはすでに外してあるが、引き金には指をかけていない。今はまだ撃つときではなく、情報を取るとき。それを念頭に置きながらワゴン車の様子を見る。
止まってから僅か一秒後、ワゴン車のドアが開き、中から人影が複数出て来た。出て来た人は全員黒装束で、アサルトライフルと思われる銃を所有していた。そして、物々しい様子ですぐにその場から移動を始めた。
「車停止、視認五。階段方向に移動」
『今の進行速度だと、後三十秒で部屋の前に到着ね』
加里奈の報告の後にルナの台詞が続く。加里奈の報告に対してルナが修正をしないということは、その報告が間違っていないということ。つまり、侵入してきた敵は全部で五人で間違いない。
「私が五人目を抜く――。それを合図にして」
加里奈が話した戦闘開始の合図に対しての言葉は返ってこない。今このタイミングで室内にいる三人が小声でも話すと、潜入者に部屋の中に誰かがいることを気付かれてしまう可能性がある。そのため、誰もうんともすんともしない。
けれど、室内にいる三人は「異論はない」と言っているような表情をしている。このままいけば、室内において三対五の状況ができあがってしまう。そうなると倉庫の防衛はおろか、戦闘すら厳しくなってしまう。加里奈が最初に敵の人数を五人から四人に減らすことができれば、少なくとも倉庫の防衛は可能になる。
『後十秒で侵入。…………五、四、三、二、一、ゼロ』
ルナがゼロと言った直後、部屋のドアが勢いよく開かれる。それと同時に武装した集団が部屋に入ってくる。彼らは部屋に入るなり即座に展開し、周囲を警戒しながら見える限りをクリアリングする。
最後まで部屋の外を警戒していた一人が部屋の方を背にして室内に入って来て、侵入してきた五人の意識が分散した瞬間――。
「――っ」
加里奈の右手の人差し指によってスナイパーライフルの引き金が引かれる。銃口から発射される一発の銃弾。スコープの照準は最後に部屋に入ってきた敵の後頭部。
銃弾は窓ガラスを割り、吸い寄せられるかのようにその人間の後頭部に直撃した。銃弾は頭を貫通し、血しぶきを上げながら部屋の外の壁にめり込む。時間にして一秒にも満たない僅かな時間。
「――っ⁉」
窓ガラスが割れた音に気付き、四人はその音が鳴った方向に銃口を向けるように構えるが、そこには割れた窓ガラスの破片しかない。歴戦の経験か、それが狙撃によるものだと瞬時に判断し、四人の内一人が自分たちが入って来たドアの方を向く。
目の前にいるのは立って銃を構えている味方ではなく、すでに息絶えて床に臥せっている味方。その事実を一切感情を動かさずに認識し、ハンドサインだけで周囲を警戒している他の三人に伝えようとする。
しかし、それを伝える間もなく状況が一気に変化する。
戒斗が閃光手榴弾を投げ、侵入者四人の前に転がる。ピンを抜いたタイミングは窓ガラスが割れたときで、ピンを抜いてから投げるまでの時間配分は完璧で、四人の目に閃光手榴弾が映った頃には時すでに遅く、起爆した。反射的に反応し、目を閉じ耳を塞ぐ者もいたがそれは二人だけで、他二人は対応が間に合わず閃光と爆音を受けてしまう。
閃光手榴弾が起爆した直後、戒斗と二木が侵入者に姿を現し、戒斗はハンドガン、二木はSMGを撃ち始める。閃光と爆音を受けていない二人は咄嗟に身体を動かしそれを回避するが、そうではない二人は銃撃に対しての反応が遅れ、数発その身に受けてしまう。それでも全て致命傷にはならず、一番深手の者でも右太ももに銃創ができた程度。
侵入者の意識が完全に戒斗と二木に向き、反撃を繰り出そうとした瞬間、その後ろの荷物の陰から明日香が飛び出した。見える中で一番の深手の――戒斗が放った銃弾が右太ももに当たった――侵入者に狙いを一瞬で定め、右腰に帯刀している打刀を左手で抜刀する。
打刀を抜きざまにその侵入者の首筋を斬り払う。鯨の潮吹きの如く血が吹き出し、一撃で絶命した。膝から崩れ落ち、その身体の下には赤い血だまりが広がっていく。
他の三人は明日香が飛び出した音が聞こえた直後に戒斗と二木がいる方向を向きながら大きく展開したため、明日香の斬撃の巻き添いを食らうことはなかった。三人の内二人は戒斗と二木に撃ち返しを行い、もう一人は倉庫からの射線を切り、背後にいる明日香に撃とうとする。
だがそうなることは始めから明日香も理解しており、明日香は身を低くしその侵入者にジグザグに動きながら近づき、間合いを一気に詰める。侵入者は銃撃による迎撃を行うものの、全て明日香の身体に当たることなく床に弾痕ができあがるだけだった。この者の射撃の練度が劣っているのでは決してなく、明日香の動きが対ガンナーの動きであり、速過ぎることが原因。
侵入者が銃撃を止めナイフを抜こうとするが、それよりも速く明日香は慣性を乗せた右手の突きをそのみぞおちにお見舞いする。侵入者の態勢が崩れ一瞬だけ全身の力が少し抜ける。その隙を逃さず、明日香は打刀を握っている左手でアサルトライフルを下から突き上げることによりその手から落とし、流れるように身体を左回転させ左脚による回し蹴りを頸動脈辺りに当て、大きく後ろに吹き飛ばす。
明日香は左脚が床に着いた直後、床を蹴り侵入者に再度近づきすかさず追い打ちをかける。侵入者に迫りながら打刀を上段に構え、袈裟に斬ろうとする。しかしそれは叶わず、侵入者は即座に受け身を取り上体を起こし、左肩の鞘から抜いたナイフによって防がれた。予め防がれることを考慮していたのか、明日香は刃と刃がぶつかり火花が散った瞬間、右手で左腰に帯刀している打刀を抜刀し、侵入者の腹部を斬ろうとする。
明日香の右腕の動きを視界の端で捉えていた侵入者は咄嗟に鍔迫り合いから受け流しに変え、後ろに跳ぶことによって明日香の右手の打刀の斬撃を浅い裂傷を受けながら回避した。それでも無理な態勢の防御からさらに無理に身体を動かした影響で、次の動きに遅れが出る。
(――――今!)
障害がなくなり、振り下ろされた左手の打刀を順手から逆手に持ち替え、左肩の高さまで持っていく。それと同時に左手の打刀を侵入者に向かって力一杯投擲する。それは実習訓練初日に明日香が失敗に終わった小太刀の投擲とよく似た攻撃手段。そのときとは違い、投擲された打刀は侵入者の左の二の腕に突き刺さった。
飛んできた打刀が左の二の腕に突に刺さったことにより慣性に従い、侵入者の身体は左半身が後ろに引っ張られる。その隙は今までで一番大きい。そして、それを逃す明日香ではない。
最上段に構えた右手の打刀の刀身に深紅の炎が走り、あたかも刀身に炎が付与されたかのようになる。炎が付いているにも関わらず、その刀身は溶けることなく形と輝きを保っている。明日香は今出せる最大の速度で侵入者に迫り、深紅に燃える炎の刃をその身体に振り下ろした。
侵入者は右手に握っていたナイフを前に翳して防御の構えを取るがそれは意味を為さず、金属のナイフごと炎を宿した刃に身体を斬られた。ナイフはバターのように斬られ、身体は大きく血しぶきを上げ仰向けに倒れた。
傷口からの出血は止まることを知らず――ということはなく、最後の斬撃によってできた傷は火傷のようになり、すでに出血は止まっていた。左の二の腕の傷からの出血は続いており、血だまりは少しずつ広がっていっていた。
数秒待ち、侵入者が完全に息絶えたことを確認した明日香は、その遺体に近づき左の二の腕に刺さっている打刀を抜き、双刀を外側に払い付いている血を落とす。血糊が明日香を中心に半円状に散り、双刀に輝きが戻る。
真っ二つに斬られたナイフは床に無造作に落ちており、その傷跡は炉にくべたように赤く熱を帯びていた。明日香は刃先の方を邪魔にならないように右脚で軽く蹴ると、軽いせいか壁際まで飛んでいった。
自分の戦闘が終わったことで余裕ができ、左を見ると残りの侵入者二人と戒斗・二木の二人組による銃撃戦がまだ続いていた。辺り一帯に火薬の匂いが舞い、日常的な歩き方ができなさそうなほど薬莢が床に散っている。
明日香は戒斗と二木の援軍には行かず、姿と気配を消し、いつでも奇襲ができるようにその戦闘をよく観察し始めた。
戒斗が投げた閃光手榴弾によって室内が眩い白い光に包まれ、鼓膜を劈くのではないのかと感じるほどの爆音が部屋中に反響する。戒斗と二木、それに明日香は姿勢を低くし目を閉じ、耳を塞ぐこことによってそれらによる影響を受けずにしていた。
数秒後、室内の明るさが戻り、爆音による反響が止んだ。
『――戒斗』
ルナの合図とともに戒斗と二木は同時に飛び出し、銃を構える。戒斗は二丁のハンドガンを、二木はSMGを。完璧なタイミングでのピークだったにも関わらず、四人の侵入者は回避行動を取っており、二人が放った銃弾はほとんど身体に当たらなかった。一人は右太ももに銃創と右肩に掠り傷、もう一人は左太ももと右腕に掠り傷。残りの二人はどちらも負傷させることができなかった。
そうなった理由は他にもあり、反撃が早かったということもある。そのためすぐにピークを止め、遮蔽となる倉庫に身を引くしかなかった。その間に明日香が一人削り、三対三の状況が生まれた。
戒斗と二木はただ身を引くのではなく、ブラインドショットを繰り返すことによって侵入者二人の意識を釘付けにする。その間に明日香は一人の侵入者とタイマン勝負をしている。
戒斗と二木の二人と撃ち合っている二人の侵入者はアサルトライフルを撃っているが、常に射線を気にしながら撃っているため、戒斗と二木の身体に当たってはいなかった。その気にしている射線というのは当然、スナイパーの加里奈の射線。
その状況が十数秒続いたとき、耳元で流れを変えるルナの声が響いた。
『残り二人よ』
「やっとか……」
戒斗は不敵な笑みを浮かべ、再び倉庫から飛び出た。その行動を見て慌てて二木はカバーをするためにリロードを終えたSMGを構えてピークした。その甲斐あって、一人の銃口が二木に向き、瞬間的に一対一の状況が生まれた。
戒斗の右手に握られていたハンドガンハンドガンはホルスターにしまわれており、戒斗は左手に握っていたハンドガンを両手持ちし、走りながら撃っている。相対している侵入者の正面まで走ったところで逆方向に切り返し、さらに距離を詰めていく。
戒斗のその接近に気付いたもう一人の侵入者が二木からの射線を切り、味方の援護をしようと動いた瞬間、再び窓ガラスが割れた。割れたのは同じ窓ガラスではなく、その一つ隣の窓ガラス。割れ方も先程と同じだったが、今回は人に命中しなかった。スナイパーライフルによって撃ち出された銃弾は直前まで二木の方を狙っていた侵入者の左太ももを掠め、床に着弾した。
――だが、それだけで十分だった。
狙撃の方に意識を持っていかれていた侵入者は戒斗の行動に対しての反応に遅れ、数瞬だけアサルトライフルを撃っていない時間が生まれた。その間に戒斗は徒手空拳の間合いまで駆け抜け、相対している侵入者の右横をスライディングで通り抜けた。
戒斗はすれ違いざまに右脚に向かって左手のみでノールックショットを決める。右脚に着弾しないものの、後ろ側を掠めバランスが少し崩れた。銃撃の反動を上手く使いながら戒斗はスライディングの姿勢から片足立ちの状態に立て直した。そしてその右手にはアサルトライフルが握られていた。そのアサルトライフルは明日香が奇襲で息の根を止めた者が持っていたもので、マガジンに銃弾がほぼフルで入っているものだった。
戒斗はハンドガンを握ったままの左腕をアサルトライフルの下に持っていき、銃の重心をかける。そのハンドガンではない銃を構える音を聞き、侵入者はすぐさま振り向きアサルトライフルを構えるが、すでに照準を合わせ構えていた戒斗の方が一手早い。戒斗が構えたアサルトライフルの銃口から発射された銃弾は、寸分違わず眉間を貫いた。
侵入者は引き金を引く前にその手からアサルトライフルが床に落ち、そのすぐ後に膝から崩れ落ち、うつ伏せで床に伏せ、息絶えた。
そんな映画のワンシーンのようなことが起きている横で、息を潜めていた明日香が飛び出し、加里奈が一発掠めた侵入者の首元を駆け抜けながら右手で握っている打刀で斬り裂いた。そして、侵入者は為す術なくそのまま血しぶきを上げながら床に崩れ落ちた。
残っていた侵入者がほぼ同時に床に崩れ落ち、それまでの喧騒が嘘のように部屋の中に静寂が訪れた。
戒斗と明日香は構えを解かず周囲を警戒するが、報告のあった五人はすで息絶え、その者たち以外の姿を見えなく気配もない。そのことを明日香は戒斗に目配せして伝え、戒斗はそれに頷いた。
「――クリア」
戒斗は構えを解き、左手でインカムを押し戦闘が終わったことを無線で伝えた。しかし、警戒は解いていなかった。
『こっちからも敵影は見えない』
「……オールクリア。状況終了」
二木は目の前で起きていた光景に呆気に取られながらも加里奈の報告を聞いたことにより気持ちを一旦リセットし、作戦の終了を無線で伝えた。
(まさかここまでとは……。とんでもない生徒を送って来たな、あの学園長……)
二木の考えとしては二、三人倒せればそれでよし。最悪、事前に頼んでいた応援が来るまで持ちこたえることができれば良かった。
しかし実際はどうだろうか。奇襲とは言え狙撃で一人、さらに意識外の後ろからの斬撃でもう一人倒してしまい、最終的に五人全員倒してしまった。二木は仕事をしたはしたが、結果的に見ると大した活躍はしていなかった。もっとも、二木の細かい意識や視線の誘導といったカバーがあったおかげでこの結果になったのだが、二木自身はそれに気付いていない。
二木は呆気に取られながらも、まだ興奮が冷めきっておらず、意識が散っていた。そんな状態の二木であったが、インカムから聞こえてくる声で冷静になることができた。
『まもなくアルファに増援の機動隊が到着します』
蒼井の報告が入ってから十秒ほど経過した後、戒斗たちがいる建物の前が急に騒がしくなった。
『増援、やっと来たよ……』
加里奈の呆れ混じりの言葉と重なるように、開かれたままの部屋の入口から武装した部隊が盾を持った者を先頭に入って来た。戒斗たち三人が倒した五人とは違い、全員ヘルメットを着け頭の防御までできている。彼らは部屋に入るなり即座に展開し、未だに武器を持ち警戒態勢を取っている戒斗と明日香を警戒するような構えを取った。
戒斗と明日香は彼らが増援の機動隊であることは分かっていたが、そんな態度を取られてしまっては警戒するしかなくなる。持っている武器を向けることはしないものの、機動隊に警戒の眼差しを向け、いつでも動けるようにした。
戒斗と明日香が纏っている雰囲気、そして部屋のあらゆる場所に散った血と床に転がっている五人分の遺体。凄惨な光景を目の当たりにした機動隊はより一層警戒を高め、その中の隊長らしき人がアサルトライフルを構えたまま二木の方を見る。
「二木警部補、これは一体……」
部屋の中で生きている三人の内、唯一知っている二木には機動隊の銃口が向いていない。そんな状態に二木は不思議に思い、銃を下せというジェスチャーをしながら機動隊に近づいた。
「隊長なのに報告はいってないのか……。侵入してきた犯人は全員死亡。……そこの二人は事前に話した学園の生徒だ」
直接言葉にはしていないが、二木の「戒斗と明日香に銃口を向けるな」といったニュアンスが伝わったようで、二木に聞いてきた機動隊長が小さい声で何やら話すと、射撃の構えをしていた隊員たちがその構えを解いた。その言葉を戒斗は聞き取れなかったが、見る限りでは構えを解く指示だったと考えられた。
機動隊員が構えを解いたのを見てから、戒斗と明日香は自分たちの警戒も解いた。戒斗は左手に握っているハンドガンをホルスターにしまい、持っていたアサルトライフルをセーフティをロックしてから床にそっと置いた。明日香は二振りの打刀の刀身に血が付いていないことを確認してから、二振りとも鞘に納めた。
戒斗のアサルトライフルを床に置く動作を不思議に思ったこの場で唯一喋っている機動隊長が歩いて戒斗に近づいた。そして、そのアサルトライフルを指差しながら戒斗に問いかける。
「……その銃は君のものではないのか?」
「ん?あぁ……、これは敵が使ってたものだから……」
戒斗は自分から少し離れた床を指差し、そう答えた。その指の先には戒斗が今さっき床に置いたアサルトライフルと全く同じタイプのアサルトライフルがあった。血が付いているものがほとんどだったが、それをすぐに確認できたようで、それ以上戒斗に言及することはなかった。
「蒼井、帰りの車の手配はできてるか?」
『――はい、後一分ほどでそちらに到着します。……それと、他二ヶ所を守っていた者たちもそろそろそちらに着く頃です』
「分かった。引継ぎはこっちでやっておく」
インカムを通しての二木と蒼井の会話が終わると、戒斗にも話しかけていた機動隊長が二木に近づき、ヘルメットを取ってから一秒足らずの敬礼をする。
「事態は収束したということで、我々はここから撤退した方がよろしいでしょうか?」
「……いや、この後、今回狙われた倉庫の中を確認して、可能なら運び出す手筈になっているから、それが終わるまでは一応いてくれ」
一度狙われた以上、また狙われる可能性は十分にある。今回は被害なく守り切ることができたが、次はどうなるか分からない。そのため、今の段階で外に持ち出すことができるものは全て、別の安全な場所に運んで管理することになっている。これは作戦会議の前に決まっていたことであり、二木が決めたことではない。
この場から撤収しようとしていた機動隊だったが、二木の言葉を聞いてすぐにその動作を止め、最低限の周囲の警戒を始めた。
「分かりました。それで……、一つ聞いても?」
「構わないが……」
「では……。この五人を倒したのは、そこにいる学園の生徒ですか?」
床の転がっている遺体の損傷を見ると二人の直接的な死因は銃撃だが、それ以外の三人は斬撃により死んでいることが分かる。そしてここにいた三人の内、斬撃をできる武器を持っている者は戒斗と明日香の二人だけ。二人の方は二木が持っているSMGで撃たれたような痕跡はなく、眉間を一発だけ撃たれて死んでいる。
つまり、この五人全員を倒したのは二木ではなく、学園の生徒だと考えられる。状況から見るとその結論に至るのだが、本当にそうなのかという疑問が拭いきれない。
「一人はあっちの狙撃少女がやったが、それ以外はそうだ。俺がやったのは、精々そのアシストだけだ」
「……」
二木は加里奈がいる方向を親指で差し、肩を竦めながらそう答えた。
質問してきた機動隊長は自分の考えを肯定されるとある程度核心は持っていたが、実際に面と向かって肯定されると驚いて言葉が出なぁった。それほどまでに強い生徒がいるのかと。それと同時に、年齢と実力が釣り合っていないように思えて畏怖も感じていた。
そんなこんなしていると、部屋に会議に参加していた刑事が三人入って来た。その中には明日香を怒らせた黒縁メガネの男性もいた。明日香はその姿を見た瞬間、視界から外れるように顔を動かした。
「すみません、遅れました。帰りの車は裏に到着しています。それと――、委託側から連絡があり、外に持ち出しても構わないとのことです」
「――!分かった。佐々川、後は任せた。俺はこの生徒たちを送ってくる」
「了解しました」
明日香が嫌っている黒縁メガネの男性――佐々川は二木のみを見て会話をしている。完全な仕事モードだからなのか、それとも会議での出来事を明日香と同じく未だに引きずっているのか。明日香はおろか戒斗にも目もくれず、佐々川は他の刑事と一緒に移動し、先程まで二木と話していた機動隊員の方へ歩いて行った。
「氷上兄妹、裏口から帰るぞ」
「……?表からじゃないの?」
「表はすでに人だかりができてる。それに……、その恰好で人前に出るのか?」
二木の指摘を受け明日香は下を向き、自分が着ている制服を見る。肌や髪には驚くことに汚れが一切なかったが、制服には返り血が数ヶ所飛び散っていた。交戦距離の関係で戒斗の方が汚れていなかったが、それでも左腕には返り血が付いていた。
「あ、ほんとだ。返り血、浴びないようにしたんだけどなぁ……」
見るからに物騒なことがあった後の服を着た人が人前に出るのは騒ぎになりかねない。それに、それが教育機関の制服を着ているのなら尚のこと。そういった情報が学園にいく可能性が高いこともあり、表から出るのは得策ではない。
戒斗と明日香は二木の計らいを無下にすることなく、そそくさと部屋を出て行った。二木は佐々川以外の刑事たちにも「後は任せた」と言い、先に部屋を出て行った二人の後を追って行った。
作戦が終了し、増援が来たことを目で確認した加里奈はうつ伏せの状態から立ち上がり、両腕を上げ背中を伸ばした。およそ三時間半も同じ姿勢でいたためか、ポキッポキッと気持ちいい小さな音が腕や肩から鳴った。
「――終わったことだし、さっさと片付けないと」
加里奈は壁際に置いてあった鞄をスナイパーライフルの近くまで持っていき、手早く片づけを始めた。慣れた手つきで片付けを進めていき、一分も経たない内に片付けが終わった。
予備も含めて二マガジン――十四発持ってきたが、終わってみれば撃ったのは二発のみだった。射線が通り難かったという訳ではなく、単純に撃つタイミングがなかっただけだったためそうなってしまった。とは言え、優位状況を作り出すきっかけを作れたということで、加里奈自身はこの結果には満足している。
そんな傍から見ても気分が少し良さげな加里奈の後ろを春原は神妙な顔持ちで見ていた。
春原の役割は狙撃を行っている加里奈の護衛と周囲状況の監視。そのため、加里奈が二発撃ったことは分かったが、それによって状況がどう変わったのかは知らない。それでもインカムで会話を聞く限りでは、少なくとも加里奈が人一人の息の根を止めたことは間違いないと思われる。
犯罪者と言えど人を殺めてからそれほど時間が経過していないにも関わらず、気分が良いのは人としてどうなのかと思えてしまった。作戦開始前に思っていたこともあり、そんな思いや考えが無意識の内に春原の中で膨らんでいった。
それでも仕事中なのは変わりないので、春原はそれらを心の内に押し込み、無理矢理にでも思考をクリアにした。春原が仕事モードに切り替わったタイミングで、二木から無線が入った。
『――春原、岩刀。今からそっちの建物の裏に車を回す。撤収の準備をしておけ』
「分かりました」
「りょーかい」
本当に気分が良いようで、加里奈の口調が敬語から少し砕けたものに変わっていた。春原はそんなことに触れることなく、加里奈に声をかけることなく屋上のドアを開け下の階へ降りて行った。加里奈は春原の様子を不思議に思ったがこちらも触れることなく、気にしないようにしてその後を歩いて追った。
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