番外編

番外話 最年長はつらいよ(風翔視点)


 ――結論から言おう。


 月宮邸で一番疲れているのは、俺だ。


 親衛隊長・風翔、二十六歳。

 最年長。

 唯一の常識人。


「ふうとー!」


 朝一番に聞こえるのは、元気すぎる声。


 桜花だ。


 月城桜花。六歳。

 月宮邸の姫。

 そして――予測不能の災害。


「はいはい、おはよう姫さま」


 俺は扇子を開きながら、廊下にしゃがみ込む。


「今日は何する予定?」


「まだ、きめてない!」


 それが一番怖い。


 背後から、低い声。


「……甘やかしすぎだ」


 月華だ。漆黒の髪をうなじで束ね、真紅の瞳で俺を見下ろしている。


「姫は姫だ。節度を――」


「月華」


 俺は、にこっと笑って遮った。。


「六歳」


「……」


「姫になる前に、子どもなんだよ」


 月華は、言葉に詰まった。


 はい一勝。


 次。


「ふうと、これ見て」


 桜花が差し出してきたのは、何かの紐。


 嫌な予感しかしない。


「……それ、どこから」


「げっかの!」


「月華ぁ!?」


 振り向くと、月華の袖から、一本の絲が足りない。


 本人は気づいていない。


「姫さま、それ危ない」


「でも、きれい」


「きれいでもダメ!」


 俺は即座に紐を回収し、そっと月華に返す。


「……すまん」


 月華が、珍しく小さく言った。はい二勝。


 その瞬間。


「……何やってる」


 今度は氷月だ。


 銀髪にアイスブルーの瞳。

 十八歳。口が悪い。


「保育」


「親衛隊長だ」


「兼任」


 否定できないのが悔しい。


 そこへ、月城綾人が現れる。


 薄茶の髪に薄茶の瞳。

 優しい顔。


 ――でも、怒らせると一番怖い人。


「風翔」


「はい」


「……すまない」


 唐突な謝罪。


「桜花が騒がしいな」


「通常運転です」


 桜花が、綾人の袖を引っ張る。


「にいさま、ふうとね」


「うん?」


「いちばん、つかれてる」


 即死。


「……」


 綾人が、俺を見る。


「……そうか」


「違います」


 否定はしたが、嘘ではない。


 その後。


 庭。


 俺は、桜花と手をつないで歩いていた。


 ――危ない場所から遠ざけるため、という名目で。


「ふうと」


「なに?」


「いちばんえらいの、だれ?」


 来た。


 地雷。


「にいさま?」


「当主だね」


「げっか?」


「強い」


「ひづき?」


「口が悪い」


「じゃあ」


 桜花は、首をかしげて言った。


「ふうとは?」


 俺は、一瞬考えてから答えた。


「……困ったときに呼ばれる人」


 桜花は、ぱっと笑った。


「じゃあ、いちばんだ!」


 ちがう。


 でも。


 悪くない。


 その夜。


 親衛隊の報告書を書きながら、俺はふと思った。


 姫は、ちゃんと育っている。


 笑って、走って、試して、戻ってくる。それを一番近くで見ているのが、

 俺ってだけの話だ。


「……まあ」


 扇子を閉じる。


「胃薬は、常備だな」


 廊下の向こうから、また声がした。


「ふうとー!」


 はいはい、と立ち上がる。


 最年長は、今日も呼ばれる。


 でも。


 それが、悪くないと思っている自分がいるのも、

 事実だった。

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