第4話
農具や肥料などを軽トラに積み込むと、陸郎は塩尾に促されるがまま軽トラの助手席に乗り、畑に向かった。
何か所かあるうちの今日は遠いほうで、複数の畑があるという。四月の今から夏野菜の種をまくそうで、結構早いんだな、と農業の知識がない陸郎にはこれも意外だった。
「あの、鈴歌ちゃんって学校はどうしてるんですか?」
休憩中。水筒の水を飲みながら陸郎は尋ねた。
今朝も登校の準備はおろか、外出する様子もなかった。
近辺に学校が見当たらないので、陸郎はてっきり、塩尾が車で学校まで送っているのだと思っていた。
「行っとらんよ」
「え」
「このへんじゃあ、珍しくないで」
「そうなんですか」
珍しいだろ、と思ったが口にはしなかった。
小学生から中学生全員で数人という学校の特集をテレビで見たことがある。山奥に住む生徒でも、こうして集まって勉強している、という物珍しさで印象に残っていた。
それは、心動術が使えるせいだったりするのだろうか。中学生くらいなら、イジメや差別の対象になりかねない。きっとそういうことなのだろう。
「じゃ勉強はどうやって」
「せぇでもええだろ(しなくてもいいだろう)。畑があるし」
はっきりと言われ、陸郎は言葉に詰まった。ここではそれが当然のようだ。子供を預かる大人として、それが正しいのだろうか。畑と家の往復が、彼女の人生になってしまわないだろうか。ごく普通の家庭を目指す長松家では、取らない選択肢だった。塩尾家と長松家の教育方針の違いというより、もっと根本的な壁が感じられた。
鈴歌の話から話題がそれはじめたとき、別の軽トラがゆっくりとやってきた。
降りてきたのは、昨日桂オートで見かけた作業着の男だった。
「かんちゃん、おはよう」
「おお。源さん。おはようございます」
陸郎も続いて挨拶をしたが、源は一瞥くれて小さく会釈する程度だった。
「どうされました」
「うちのニワトリがな、何羽か食われとっただが」
「えらいことだが」
「おおん。頭だけ食われとってなぁ。美味い部分の肉は全然手ぇつけとらんでなぁ」
「そら、気ぃつけないけんな」
「かんちゃんとこのヤギも、気ぃつけんさいよ(気をつけなさいよ)」
「わかりました」
源は、獣害被害らしきことを伝えに来たようだった。桂オートでも同じ話をしていたのかもしれない。
「あんたが、迷い人さんだな」
いよいよ話題に上がったので、陸郎はさっと挨拶した。
「長松と申します。塩尾さんには、昨日からお世話になっております」
悪印象だと塩尾にも迷惑がかかるかもしれないと思い、精一杯の愛想笑いを浮かべる。
「のどかでいい町ですね」
空気がおいしくて――という定型文のような褒め言葉を続けようとしたら、源は皺を深くしながら目を細める。
「長松さんな。外の人らからしたら、ええ町に見えるかもしらんけど、そんなことないで」
そして、何かを気にするように小声になった。
「悪いことは言わんけぇ、はよ元の場所に帰りんさい(帰りなさい)」
陸郎は、はぁと疑問交じりの相槌を打つと、塩尾が一段低い声で目線を尖らせた。
「源さん。ワシらが決めることじゃ」
「まあまあ、ええがな、これくらい」
「あ、けど、車がまだ直ってなくて。今桂さんにお願いしてるんです」と陸郎が言うと、「知っとる。直ったらでええけ」と源は付け加えた。
「わかりました」
何もない町で余所者にはつまらないだろうから、早く帰ったほうがいい、という親切心からくる言葉なのかと思ったが、それにしては急かすようなところが気になる。
用件は済んだらしく、源が車に乗り込む。バン、と大きな音を立てて扉を閉めると、走り去っていった。彼の言う通り、早く去るに越したことはないのだろう。優唯に病気や怪我があった場合、あの診療所一軒では心許ない。それに、塩尾家からそこまで距離がある。車がないと、何もできない。救急車がすぐに来てくれるとも思えなかった。
「怖いですね。ニワトリの頭が食べられるなんて」
「だなぁ。ときどき、こういうことがあるだけどな。まあ、しょうがないわ、食われたらな」
「イノシシとかも、このへん被害あるんじゃないですか?」
「よう出る。あいつら意外と頭がええけ、野菜が育ったころに来るだで」
「うわ。迷惑」
「だろ」
どうしようもないから開き直ってるのか、塩尾はからからと笑い声を上げた。よいせっ、と塩尾が腰を上げる。片付けをはじめたので訊いてみると、元々午前で終わる予定だったそうだ。
帰りの軽トラの車内で、塩尾がひとりごとのようにつぶやく。
「外の人らからしたら、ここは不便だけぇな」
すぐに源の話を補足しているのだと陸郎はわかった。
やはり、余所者は歓迎されていないのだろう。もちろん居着くつもりはないし、迷惑をかけるつもりもない。車が直るまでの間のつもりだ。
「気を使わせてしまって、すみません」
「ええだ、ええだ(いいんだ、いいんだ)。嫁さんももう何年も前に死んどるし、長松さんらが来てくれたおかげで、家が賑やかになって楽しいで」
「そう言っていただけると助かります」
「桂オートに寄って、車の様子見てみるか」
「じゃあ、お願いします」
何日かかかると言われたが、案外終わっているかもしれない。実際の時間より多めに申告するのは、客商売の定石だろう。桂がそういう気を回すタイプかわからないが。
元来た山道を辿って町に帰ってくると、昨日のように桂オートの前で停車し、二人は車を降りた。
「おお、かっちゃんと迷い人のあんちゃん」
桂は、白髪交じりの無精ひげをぼりぼりとかきながら事務室のほうから出てきた。
「うちの車の修理ってどんな感じですか?」
「問い合わせたら、こっちに部品が届くまでやっぱり三日はかかるわ。これ、見積もり」
ぞんざいに突き出されたA4用紙を受けとる。
部品のいくつかの名称と数量と単価、そして合計金額が記されている。引き渡し日時は四日後となっていた。
請求額はそれほど高くなかった。紗恵と現金を合わせれば、ギリギリ支払えそうだ。旅行だから、と多めに現金を下ろしておいてよかった。
「四日後か。いや、仕事辞めててよかったですよ。ここ、電波ないから欠勤の連絡できないし、ここから出勤も無理だし」
「今は仕事辞めとんさるだか(辞めてるのか)」
「今だけです、今だけ」
この年代の男性なら、家族のある男が仕事を辞めるなんて、と小言の二、三言われると思ったが、違った。
「会社なんか、何回も変えるのが普通だけな(普通だからな)」
父親に近い世代に理解してもらえると思っておらず、拍子抜けだった。塩尾もそういう考えなのかと表情を窺うと、桂の発言に同意していた。
「ま、そういう世の中だけな(だからな)」
そういう世の中だっただろうか。
きっと一般社会の常識が町と外では違うのだろう。
「かっちゃん、このあんちゃん、寄合に連れてくるだか?」
「いやぁ、そんなつもりないで」
「もうみんな知っとるで。外から夫婦と赤ちゃんが来とるって。あんちゃんか奥さんのどっちかでええけ、顔見せといたほうが、ええでないかと思って」
土地を荒らす異邦人かどうか確認したいのかもしれない。
判断を陸郎に委ねたのか、塩尾はこれといったことは言わずに見守っている。
「じゃあ、ちょっとだけご挨拶させてください」
「ん。そのほうがええわ」と桂。
こういうとき、営業をやっていてよかったな、と心底思う。たぶんやってなかったら、見知らぬ町人の集まりに顔を出すなんて、相当ストレスだっただろう。
話の流れからして寄合は男ばかりのようだし、陸郎が率先して参加したほうがよさそうだ。
「何するっちゅーわけじゃないだけど、家の困り事だったり、困っとる人がおったら誰ぞ手ぇ貸せんかとか、そんなんだわ。酒飲みながらな」
桂が最後に一言付け加えて、にやりと笑う。
このために集まるのだとわかり、陸郎は「なるほど」と笑みを返した。酒を飲むのも営業の仕事のうちだと会社で仕込まれたことが、今になって自分を助けることになるとは思いもよらなかった。
「無理せんでもええけな(いいからな)」と塩尾が小声で助け船を出してくれるのもありがたかった。
田舎というのは、こんなふうに社会を築いていくらしい。無遠慮なのかと思えば気遣ってくれるし、こちらの事情を配慮して手を差し伸べてくれる。早く出ていったほうがいいと源に言われたが、陸郎は馴染めそうな気がしていた。反面、その感情を信用していいのか、とも思ったが。
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理想郷では平穏にお過ごしください ケンノジ @kennoji2302
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