正義の目隠し


 とある街に、一人の男がいた。


 目の前に困っている者があれば放っておくことを良しとせず、人を疑うこともない。正義感に溢れた男であった。

 向こう見ずなところはあるが、極めて善人である──これが、その街の住民の共通認識だった。


 その男の視界に、ある少女が映る。

 少女は質の良いお仕着せをまとい、一人ぼっちで歩いていた。年の割に整った身なりだったが、表情には陰が差している。


「おーい。お前、どうしたんだ。一人で」


 声をかけられ、少女は足を止めた。

 少しの間、考えるような素振りを見せてから、奉公先から逃げ出してきたのだと答える。


「逃げ出した、ってのはどういうことだ?」


 問い返され、少女は視線を泳がせる。

 教育係がひどいことをするのだと、言いづらそうに口にした。


「なにっ……!? 怪我は!? 大丈夫なのか!?」


 少女は慌てて首を振り、しどろもどろになりながら答える。

 跡が残るようなことはされない、と。


 男の表情が険しくなる。


「なんて話だ……! お前以外にも子どもはいるんだろう? 奉公先はどこなんだ!」


 少女は一瞬ためらい、それから静かに、場所を告げた。



***


「なるほど……その奉公先と話をつけるために、護身用の武器が欲しい、と」


 応接室に通された男は、深く頷いた。

 向かいに座る若い男──この商会の会頭だと名乗った人物は、顎に手を当てて考える素振りを見せる。


「申し訳ございませんが、社会的な身分や信用の確認が取れない一般の方へ、武器をお売りすることはできません」


 告げられた言葉に、男の表情が強張る。


「そんな……」


 思わず声が漏れる。


「あんた、それじゃあ、子どもたちを見捨てろっていうのか……!」


 机越しに声を荒げる男を前に、会頭は静かに口を開いた。


「ですが」


  一拍置いて、言葉を継ぐ。


「身を守るための防具であれば、お売りすることは可能です」


 男の顔が、はっとしたように上がった。


「本当か!? それで十分だ……!」


 会頭は小さく頷き、机の引き出しから契約書を取り出した。


「では、こちらにご記名をお願いいたします」


 男は何度も頷き、差し出されたペンを強く握った。



***


 会頭の執務室に、控えめなノックの音が響いた。


「入ってください」


 扉の向こうに立っていたのは、警務隊の男だった。


「少し、お話を伺ってもよろしいでしょうか」


 簡単な挨拶ののち、男は用件だけを告げる。


「数日前、この商会で防具を購入した者がいると聞きまして」


 会頭は無言で帳簿を開き、該当の頁を指先で示した。


「ええ。確かに、記録が残っています」


 そう言って、会頭は帳簿を閉じた。




 その日の夕刻、街角で耳にした話がある。

 どうやら隣街で賊が出たらしい、という噂だった。

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2026年1月23日 21:05

人間観察記録 となかい @reindeer_c03

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