中編

くろむと哀魔



 あかりちゃんが怪我をした。これまで何度も倒したはずの、図体がでかいだけの哀魔を殺すだけのはずが。

 扉を出て直後に倒れてから目覚めなくなった。

 最初は血を流しすぎていたことからの貧血なのだと言われていたが、もう二週間経っても目覚めない。

 なにか、あかりちゃんの中でおかしなことが起きているのだ。

 魔法少女補助員の人達は表面上あかりちゃんの心配をしているけど、本心は私一人で哀魔を殺せるのかどうかしか頭にないと言った感じで、心の中の不安が嫌になるくらい伝わってくる。

 無機質な病室で苦しそうに眠るあかりちゃんの頬に軽く触れた。愛しさが溢れて、心が暖かくなる。早く、目覚めて...。

 そうしてあかりちゃんの手を握って祈っていると、外から慌ただしい足音がして病室の扉が勢いよく開け放たれた。


「青柳くろむ、哀魔だ。」


 心の中で舌打ちをしてから、ゆっくりと立ち上がる。


「...どこ、ですか?」

「四つ隣の、六ツ木町だ。今すぐ向かってもらう。」

「...分かりました。あかりちゃんを、お願いします。」


 目を細めて局員を睨む。そして、首に下げてシャツの下に隠したフクロウのキーホルダーを取り出して、あの日のことを想い浮かべた。

 元々、私は夜が好きだった。生まれた時から肌が弱くてなかなか昼に外出できないことを除いても、私は特に夜という時間が好きだった。

 だから、魔法少女の力は生まれた時から自由に扱うことができた。

 哀魔は、私の好きな夜を邪魔して欲しくなくて殺していた。

 夜さえ訪れるのなら一人で構わなかった。

 夜さえ訪れるのなら、寂しさなんて感じなかった。

 でも、夜が過ぎて太陽が登って、学校で一人でいる時。どうしようもなく苦しい気持ちになった。

 高校に入ってすぐの夜、私は屋根の上でいつものように夜の街を満喫していた。

 冷たい風、心地よい孤独感、夜空と常夜灯だけが光を放ち、ぼーっとしているだけで心が穏やかになる。


「あなた、もしかして魔法少女?」


 心臓が跳ね上がった。大きく体勢を崩して、声のした方に顔を向ける。

 月夜を背に、アニメの世界から飛び出してきたような女の子が私のことを見ていた。

 それが、出会いだった。

 二回目、同じ時間同じ場所でぼーっとしていると、また話しかけられた。

 三回目、今度は時間を合わせて集合して、飛び回りながら夜のパトロールをした。

 四回目、五回目と時を重ね、夜一緒にパトロールをするのが当たり前になったいつかのとき。休日に、二人で映画を見に行った。


「このキーホルダーはね、私とくろむちゃんがとっても大切なお友達になったっていう、証!」


 そう言って、あかりちゃんは私にフクロウの形をしたキーホルダーを手渡してくれた。

 そして───


「...変身。」


 瞬間、くろむは衣装を纏う。胸に大きな杖を抱えて、病室の窓から飛び出した。


 授業中。窓際の空っぽの席を横目で見て、ため息をつく。

 一人での哀魔討伐は、大して難しいことではなかった。当たり前だ。あかりちゃんと出会うまで何回も倒してきた相手に、今更負けるわけもない。

 シャツ越しにフクロウのキーホルダーを感じながら、ベッドで伏せるあかりちゃんを想った。

 何故あかりちゃんがあんな状態になったのか、本当に分からない。今までも哀魔の撃破にこれほど苦戦することはなかった。

 本当なら学校なんて行かずにあかりちゃんの傍に居たいが、結局哀魔が現れたらすぐに傍を離れることになる。 今この街で哀魔と戦える魔法少女は私しかいないから、いつ現れてもすぐ対応できるようにしなければいけない。

 ほとんど頭に入ってこない授業を聞き流して、あかりちゃんのことを考えた。

 可愛い顔、柔らかな声、いつ見ても元気な姿。凛とした唇、大きな目、いつ触れても高い体温...

 気づけば、教室はくろむひとりになっていた。


「あ、移動教室...」



 帰り道、専用のデバイスがポケットの中で震えた。


「...今日もか。」


 ポケットからデバイスを取り出し、哀魔の発生地を確認する。私たちの担当する地区の中で、最も遠い場所にある街だった。どれだけ急いでも三十分はかかる。

 前日の事故のことも考えて、いつものトイレまで急いで走った。

 しかし公園が視界に入った時、いつもこの時間帯は誰もいない公園の、しかもトイレ付近に、何人かの女子高生がたむろしているのが見えた。

 咄嗟に身を隠して、何をしているのかスマホのカメラだけを角から出して確認する。


「青柳さん、来なくね?」

「私らが急いで早く来すぎたんでしょ。アンタ短気すぎ。」


 スマホに映る女子生徒と聞こえてきた声を確認して、全身が固まった。

 見覚えがある。同じクラスの、あかりちゃんとよくつるんでいるグループだ。

 なんで、こんなところに。


「にしてもさ、こんなとこにあかりと青柳さんが一緒にいたって本当なのかな?」

「分かんないけど、私らに隠れてコソコソなんかやってるなんて許せないじゃん。確認だよ。確認。」

「マリってホントねちっこいよね〜。ま、気持ちはわかるけどさ。」


 静かなはずの公園に、耳障りな甲高い笑い声が響き渡った。

 感じたことのない強い悪意に、無意識に体が震える。

 カシャ、と静かな空間にシャッター音が鳴った。震えた指が、いつの間にか撮影ボタンに触れていた。


「...!ちょっと、そこに居るの、誰?」


 中心にいた金髪の女の、アイスピックのような声が耳を刺す。逃げなきゃ。本能がそう叫んだ

 けど恐怖で、体が思うように動かない。

 はやく、今からでも変身しないと。

 変身してすぐに空に飛び上がれば、何も無かったと誤魔化すことが出来るかもしれない。

 フクロウのキーホルダーを強く握りしめた。頭の中を、あかりちゃんでいっぱいにした。好き、好き、好き、好き!!!

 ザク、ザク、ザク。と、集団が歩いてくる音が聞こえる。変身は、出来なかった。

 絶望して、下を向く。いつの間にか手から滑り落としていたスマホに、さっき撮ってしまった写真が映っていた。


 目を、疑った。


 トイレを囲んで五人、その中心で、いやらしい笑みを浮かべた金髪の女がスマホを見ている。

 そして、その女の持つカバンが視界に張り付く。


 そこに。


 見覚えのあるフクロウのキーホルダーが、ぶら下がっていた。



「盗み聞きなんて、アンタ趣味悪いじゃな...う、うわぁああぁ!」


 足音が止んだかと思ったら、集団が怯える声と共にドタバタと後ずさる音が聞こえた。

 振り返ると、彼女らは怯えきった目で私のことを見ていた。


「あ...あ...」


 その時、ふとももにデバイスの振動を感じた。制限時間三十分前の警告だ。

 目が、女の持つフクロウのキーホルダーから離れない。が、とにかく今は現場に急ぐことにした。

 変身前を見られていないことを祈って、勢いよく飛び立った。


 旗を振る補助員の持っていたキューブに何も言わず直接入り込んで、中の哀魔を確認する。

 壊れきって更地になった街の上に、今までも何度か殺してきた人型の哀魔が立っていた。真っ黒でドロドロとしていて不定形で気持ち悪い。だけど、殺し方は熟知している。

 片手で杖を構えて、先端に力を込めた。

 瞬時にキューブ内が光に包まれる。

 殺害目標だった哀魔も、脳漿を撒き散らして既に死体と化していた。

 べちゃべちゃと残骸が地面に張り付いている。

 塵にならず残った布切れを拾った。どうやらこの哀魔の正体は、隣町の魔法少女のようだ。

 魔法少女は、純粋な愛を心に満たした時のみ魔法少女に変身することができる。その心が少しでも濁ると、少女は哀魔と化す。

 哀れな少女だ。私はそうはならない。だって、私のあかりちゃんへの愛は純粋そのものだから。

 頭の中に、カバンにぶら下がったフクロウが思い浮かんだ。

 モヤモヤが晴れなくて、、扉が現れるまでのあいだにもう少し暴れておくことにした。

 杖に力を込めて、光を放つ。

 遠くで綺麗な爆発が起こって、遅れて轟音が私の耳に届く。なんだか気持ちがいい。さらに遅れて砂埃が視界を塞いだ。

 あのキーホルダーは、あかりちゃんが大切な友達に渡すと言っていた。あかりちゃんの中では、あの女と私が同列ということなのだろうか。

 あかりちゃんの中では、私は、あれと同じなのだろうか。

 前が見えないまま、もう一度光を放った。今度は、さっきより数段大きな爆発が起きた。砂嵐が吹き荒れ、また目の前が見えなくなる。

 砂嵐が晴れた時、壊滅的だった仮想世界の街はいつのまにか全て元通りになっていた。

 補助局員の無能どもも、たまにはいい仕事をするものだ。わざわざ私にこのモヤモヤを晴らさせてくれるんだから。

 さっきよりも一層力を込めて、光を放った。暗い、夜の光が街を貫き、赤く染まる空に極彩色の花火を打ち上げた。建物の残骸や人の死骸が身体や頬にぶつかる。

 もう一回、もう一回と光を放つうちに、もう一度街が復元された。

 それと同時に、待ち焦がれたその姿が目の前に現れた。

 白とピンクを基調としたミニワンピースに、全身に散りばめられたハート。

 あかりちゃんだ。目覚めたんだ。いつの間に。

 不安で、苦しくて、泣きたくて、手を伸ばした。指先が溶けて地面で潰れた。

 あかりちゃんは、いつもみたいに優しい目で私のことを見ていた。

 ずっと目覚めなかったのに、今、魔法少女に変身していた。

 大丈夫なの?と聞きたくて、でも口が上手く動かなかった。

 あかりちゃんの杖に桃色の光が集まる。

 それは私の胸を貫いて、力が抜けてべしゃっと音を鳴らして地面に崩れた。体が崩壊して、頭が持ち上がらなかった。

 フクロウのキーホルダーは、いつの間にかなくなっていた。

 あかりちゃんがドアを開く音がした。

 閉まる音もして、世界が崩壊を始めた。

 なにも、分からなかった。

 あかりちゃんが私を見る目は、でもやっぱり柔らかくて優しかった。

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