哀、渦巻いて、魔法少女。
夜噺
前編
あかりと魔法少女
教室、帰りのホームルーム中。スマホにぶら下がるフクロウのキーホルダーを弄びながら、先生の話をぼーっとしながら聞いていた。
先生の締めの一言と共に、教室の中を椅子を引く音が満たす。
私も、カバンを肩まで持ち上げて立ち上がった。
「あかりー。今から駅前のカフェ行くんだけど、どう?」
声のした方を振り向くと、仲良くしているグループのうち何人かが一緒に私のことを見ていた。
無意識に口角を上げて、止まっていた頭を動かし始める。
「あ、ごめんね?今日もこれからバイトなんだ。」
「またぁ?なんか最近多くない?」
「また誘って〜?今度は絶ッ対行くからさ!」
「あかりがちゃんと働いてるとことか、想像できね〜!」
「うっさ!」
悪態を悪態で返して、グループに混ざって教室を出た。
外に出ると、乾燥した冷たい風が建物の間をすり抜けてびゅうびゅう吹いていた。さむい。
女子の制服はズボンじゃなくてスカートに、だなんて決めた奴はこちら側の気持ちなんてこれっぽっちも考えてなかったに違いない。
そんな事をみんなと話しながら、正門までの道を歩く。
その時、ポケットの中からバイブレーションの振動を感じた。
「うわ、近くでまた哀魔出たって。」
「えっ、大丈夫?」
「今気づいたくらいだし、大丈夫っしょ。キューブに捕まえて、魔法少女がポンってやってくれるよ。」
みんながニュースについて話す中、私は少し後ろを歩いて相槌を打った。
哀魔、という言葉に、過去の情景がフラッシュバックする。
炎と煙と瓦礫に囲まれて、ひっくり返った車の前で立ち尽くしていた、煤にまみれた記憶。ほんの数刻前まで自分の頭を撫でていたはずの手が、逆さまの車の下から黒々とした赤と一緒に飛び出す。
哀魔。兆候もなく出没する、正体不明の化け物。人間の兵器では一切の干渉が出来ず、その対処は「魔法少女」と呼ばれる特別な人物にしか行えない。
頭を振って、思い出した情景を振り払った。みんなの話題が切り替わったところで、自然と輪の中に入った。
校門を出た所でみんなとは別れ、人通りの少ない住宅街側へと足を向けた。
「...♪」
少し歩いてから曲がり角を曲がって、誰も下校には使わない細道に入る。
バイトがあるというのは、嘘だ。バイトなんてやったことないし、自分でも自分が働いているところなんて想像できない。
もう少し歩いて、小さな公園に出た。
周囲に誰もいないことを確認して、 そそくさと中にあった公衆トイレに入る。
「...!あ、あかりさん...!」
「やっほー!くろむちゃん!今日も早いね?」
公衆トイレの中に、黒髪を腰の辺りまで伸ばした地味目な女の子を見つけた。
高校に入学した頃に出会った、青柳くろむという女の子だ。
こちらがどれだけ顔を覗き込んでも目が合わない、不思議な子。
たまに目が合っても、顔を赤くしながらすぐに目を逸らされてしまう。
「い、いえ。私の方が教室を出るのが早かっただけ、です...」
やはりこちらに目は合わせず、俯いて後れ毛をくるくる弄んでいる。
「じゃ、今日も張り切っていきますか!」
「は、はい...」
大きく声を出して、くろむちゃんと向き合った。
そう。私たちには、人には言えない秘密がある。
頭の中に、さっきのそれとはまた別の情景を思い浮かべた。
中学生三年生になった頃。家族を失った穴が埋まらないまま体だけ大きくなって、ぼーっとしたまま私は学校のイベントで被災地のボランティアに足を運んでいた。
そこで、私はたくさんの被災者の子供達と触れ合った。親をなくした子、帰る家がなくなった子、取り返しのつかない怪我をした子、私の境遇と同じような子供たちと沢山触れ合って、わたしの中の埋まらない穴から何かが溢れてくるような感覚があった。
その正体を探るうち、いつしか私は魔法少女になっていた。
もう一度、その時胸に感じた”それ”を心に浮かべる────
あかり、そしてくろむが、胸の前で祈るように両手を合わせた。
瞬間、閑散とした公園の一角の空気が変わる。風は止み、遠く聞こえた車の音が静まる。何も無い公園のトイレを中心に強い違和感が流れた。
「変身っ!」「...変身。」
二人同時にその言葉を唱えた瞬間、二人の身体が実体のない発光体に変化した。その発光体は手の先、足の先から形を変えていき、それはそのままドレスのような服を形どる。
更にその服は先から細かく枝分かれし、あかりにはハートを、くろむにはフリルを装飾していく。
発光が弾け、二人の身体は再び実体を取り戻した。
「やっぱりくろむちゃんの衣装、何回見てもいいねぇ〜。めっちゃ似合ってるよ!」
「あふぇ、あ、ありがとうございます...あかりちちゃんも、す、素敵です...」
「えへへ。そうかな?」
あかりは、白とピンクを基調としたアイドルのようなミニワンピースを纏っていた。至る所にハートが散りばめられていて、正に魔法少女モノの主人公といった衣装だ。ステッキタイプの杖を持ち、変身前から主張の激しかった桃色の髪もより輝きを増して、頭の後ろでツインテールに結ばれている。
対してくろむは、黒と紫を基調としたゴスロリのドレス。黒のベールが後ろ髪に流れ、どっちかと言うと悪役側の人間といった見た目の衣装だ。先端にオーブが浮いた、くろむの身長よりも長い大きな杖を持っている。
「哀魔、三駅隣の街だって。急いで行こ!」
「は、はいぃ...!」
文字通り空を駆けて、例の街へと向かった。
目的地付近に到着した時、国営の魔法少女補助員さんが大きく旗を振っているのが見えた。目の前に着地すると、補助員さんは旗を振るのを止めて、透明な立方体を差し出してきた。手のひらの上で浮遊し、くるくると回る。
「既に哀魔はキューブの中です。残り時間は約四十八分。早急な対処をお願いします。」
キューブとは、哀魔を閉じ込めるための仮想空間だ。現実を拡張し、魔法少女の力を一部体系化したことによって発生させられるようになった力場で哀魔を閉じ込める。
しかしキューブはまだ不完全であり、一つのキューブにつき一時間程度しか閉じ込めることが出来ない。だからすぐに現場に赴き、迅速に対処する必要がある。
「任せて!今度はどういうタイプ?」
「怪獣タイプ、擬似空間はこの街と同じ形を採用しています。発生地には既に補填グループが向かっています。」
「おっけ、ありがと!よーし、行くよ!くろむちゃん!」
「は、はいっ!」
二人は手を合わせて、正方形の透明な箱に力を込めた。
目を開くと、そこにはいつかを思い出すような絶望的な風景が広がっていた。建物はそのほとんどが崩れ、あちこちで炎が燃え盛り、街は原型を留めていない。
そしてその中心に、その原因であろう映画の怪獣のような化け物がいた。
全長は三百メートルを超えるかという超巨大な化け物が、何かを求めて瓦礫の上で咆哮を轟かせている。
しかし、目はそらさない。ステッキを胸の中で握り、ただ哀魔のみを見据えて地を駆けた。
「じゃ、くろむちゃん。いっくよー!」
「い、いきます!」
掛け声とともに、私は右へ、くろむちゃんは左へY字に散開した。
ステッキに力を込め、先端に光が集まる。それに反応して哀魔も威嚇の咆哮を止めた。
「ハート・スプラッシュ!」
ステッキから、ピンク色に輝く光が瞬いた。実体を伴った光は光の速度で哀魔に襲いかかり、着弾点で爆発する。
ハート型の煙が晴れないうちに、また杖の先端に力を込め始めた。
「──夜光貫!」
間髪入れず、くろむちゃんの魔法が哀魔に命中した。傷口から黒々とした血が吹き出し、乾いた地面にびたびたと降り注ぐ。
「いいよ、くろむちゃん!」
「........!」
声が小さくて聞こえなかったが、向こうも何かを言ってくれている気配を感じた。
その瞬間、晴れた煙の中から哀魔の目が光ったのが見えた。
「やばっ...!」
危機を察知し、大きく飛び上がる。
が、少し遅かった。つま先を、哀魔の巨大な尾が掠めた。
とてつもない余波の風に吹き飛ばされる。地面に打ち付けられて何度かバウンドして瞬間、息ができなかった。
「っ...!」
立ち上がろうとして、足元に強烈な違和感を感じる。バランスが取れずに前から倒れた。鼻血が出て、ぽたぽたと垂れる。
そして足元を確認する暇もないまま、土煙の奥に、哀魔の尾が私に向けられているのを感じた。
まずい。避けられない。
最悪の結果が頭によぎった。
「──星連、鎖縛ッ!」
目と鼻の先、地面から飛び出した無数の鎖が哀魔の全身を縛り付けていた。
ガタガタと、哀魔の抵抗する音が聞こえる。
「ナイ、ス、くろむちゃん...!」
足の違和感は無視して、再びステッキに力を込め始めた。鼻血の出てくる量が増えて、頭が真っ白になった。
リミッターが外れたようにピンクの光がステッキから溢れ出し、膨張し、仮想空間の中を包み込む。
「ラブ・ディスクライブ!!!」
そう叫んだと同時、桃色の力の奔流が小さなステッキから放たれる。その暴力的なまでの光は、哀魔の腹から上全てを瞬時に蒸発させた。
余波の風が吹き荒れ、瓦礫の街に倒れる。
「あ、あかりちゃん!」
杖を抱えて、くろむちゃんがこっちに駆け寄った。本気で心配してくれている顔だ。止まらない鼻血が地面を少しづつ染めていく。
「えへへ...ちょっとやらかしちゃった。」
「あかりちゃん...あかりちゃん...!」
くろむちゃんが、私の胸に縋り付いて泣きじゃくる。
妹ができたみたいで、なんかかわいい。
「...大丈夫。怖かったね。これくらいなんでもないから、安心して。」
そう言って、くろむちゃんの頭を優しく撫でた。
すると二人の前に扉が現れ、どこかの瓦礫の下にあるスピーカーから、くぐもった声が聞こえた。
「お二人とも、お疲れ様です。仮想空間を出て、直ちに治療とメディカルチェックを受けてください。」
「出よう。くろむちゃん。」
「う、うん...」
くろむちゃんの肩を借りて立ち上がって、扉を開けた。
「...」
鼻血が止まらない。これだけずっと流れ続けているのはおかしいと思っておでこに手を触れる。
激痛が走った。
扉を出て一歩。そこで、ぷつんと意識が途切れた
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