『きみの手』【お題フェス·手】

宮本 賢治

『最強の護衛』

 夜の京の街を歩く一行。

 その中心にいるのは、

 幕臣、軍艦奉行、 

 勝 海舟かつ かいしゅう

 勝の前に1人の侍。提灯を持ち、先導している。

 勝の隣には、何も持たずに歩く、黒い着物に、黒い袴の若い侍。朱塗りの鞘の2本差を差している。

 そして、勝の後ろには、2人の侍。どちらも提灯を持っている。

 勝の周りの4人は、すべてが護衛。しかし、尊王攘夷論を説く志士たちがあふれる京の街で、憎まれている勝 海舟が歩くには心許ない人数だった。

 勝の後ろを守る2人の侍は他に聞こえぬようにコソコソと話をしていた。

「何で、いつも勝先生の護衛はこんなに少ないんだ?」

「幕府は信用ならないし、気心の知れた者しか、勝先生はお側に置きたがらない」

「気の知れた者?

では、なぜ、あいつがいるのだ?

あの “人斬り以蔵“ だぞ」

 そう言った侍は、勝の隣を歩く黒い着物の男を見た。朱塗りの鞘が提灯の灯りで浮かんでいる。

「あいつは、

坂本先生がぜひにと推薦されたのだ。

坂本先生はあの者と幼馴染らしい。

絶対に信用できる。

そして、京の街では、

最強の護衛とおっしゃってられた」

「最強の護衛ねえ···」

 勝は、自分の隣で、仕切りに自分の手のひらを気にしている岡田 以蔵おかだ いぞうに話しかけた。

「どうしたんだい?

岡田くん。

さっきから、仕切りに自分の手のひらばかり見て」

 指摘されて恥ずかしくなったのか、以蔵は右の手のひらを握ったり開いたりした。

「最近、気になることがあって、クセになってしもうたがです」

「気になること?」

「気の知れた野良犬に嫌われてしまいました。

手を差し出すと、ペロペロとかわいく舐めてくれたのが、

この前、その犬に手を差し出すと、逃げられてしもうた。

おれの手は血で汚れてしもうたがです。

拭っても、拭っても、取れやしない」

「だから、竜馬に相談したのかい?」

「はい。

竜馬は、おれにとって、兄そのものです。

もう、人斬りはやめろと言われました。

けど、おれには剣しかないと言うと、それなら、その剣で、今度は人を守ればいいと言われ、今、勝先生のお隣にいるわけです」

「岡田くん···」

 勝にそう呼びかけられ、そちらを振り向くと、勝は歩を止めて、以蔵を真っ直ぐ見ていた。

 一行全員が足を止める。

「きみの手を見せてくれ」

 勝に言われ、以蔵は右手を差し出した。勝は以蔵の手のひらをジッと見て、言った。

「キレイな手だ」

 そして、以蔵の手に添えるようにして、自分の手を重ねた。

「そして、温かい。

頼もしい手だよ、きみの手は」

 勝が以蔵の手を握ると、以蔵も握り返した。そっと手を離し、一行は再び歩き始めた。

 以蔵が勝に話しかけた。

「竜馬が言っちょりました。

勝先生は、日本の宝だと。

おれは、命に代えても、

あなたをお守りします」

 以蔵は刀を鞘から少し抜き、それを戻して、音を立てた。

 金打きんちょうを打ち鳴らした。

「岡田くん、

命に代えてもなんて、

命を軽々しく語るもんじゃない。

今、日本はムダな血を流し過ぎている。

みんな、真剣に日本のことを考えているだからこそだ。

力を合わせればいいんだ。

そして、この国を変えなければいけない。

侍、町人、百姓。

身分関係なく、誰もが自分の望む姿に向かって邁進すれば、何にだってなれる世界がきっと来る。


自由。


アメリカでは、

それを『フリーダム』と言うらしい。

そうなったら、刀なんていらない。

そのときはその腰の重いもの、

捨てちまいな」

「はい」

 間髪入れず、以蔵は即答した。

 この時代、刀を捨てろと言う侍も、それにうなづく侍も異質な存在である。

 

 ヒュッ。


 音では無い。

 その気配を以蔵は知っていた。

 自分も持ち合わせていた気配。

 人をつけ狙う者の気配。

 刺客。

 4人の若い侍が現れた。全員がたすき掛けをして、刀を抜いていた。

「天誅!!!

勝 海舟!

お命頂戴いたす!」

 以蔵が瞬時に動いた。

 脇差しを抜き、先頭を駆ける侍に投げ放った。刀を上段で構えていた侍の肩に脇差しが突き刺さり、地面に倒れ込んだ。

 出鼻をくじかれた刺客集団。

 刀を抜いた以蔵が2人目の胴を斬り裂いた。はらわたが地面にこぼれ、斬られた侍は突っ伏した。

 3人目の刺客が以蔵に突きを放った。以蔵も合わせるようにに突きを放ち、相手の刀を打ち流し、顔を突いた。

 4人目の刺客。幼い顔をしていた。少年。その表現がピッタリだった。完全に震え上がっていた相手に以蔵が言った。

「おれの名前は、岡田 以蔵」

 少年は震えた声で言った。

「人斬り以蔵···」

 少年は踵を返して、逃走し始めた。

 以蔵は脇差しで足止めした1人目の刺客の元へ行き、地面でもがき苦しむ相手を斬り倒した。脇差しを抜き、逃げる少年に向かって投げようとした。

「待て!!

逃げる者にかまうな!」

 勝の叫びに反応し、以蔵は脇差しを振って血を飛ばして、鞘に収めた。振り返ると、直神影流免許皆伝の勝だけが、刀の柄に手をかけていた。後の3人は提灯を持ったまま、呆然としていた。

 以蔵は刀をヒュッと一振りして、血を切ると、鞘に収めた。

「さ、行きましょう」

 以蔵の一言で一行は歩き始めた。

 しばらくして、勝が以蔵に語りかけた。

「岡田くん、

きみはこれ以上、殺しをたしなんではいけない」

 以蔵は左頬のニキビ痕をポリポリとかいた。

「けど、勝先生。

···おれがいなかったら、あなたの首は今ごろ地面に転がっていたぜよ」

 勝は以蔵の言葉に何も言えなかった。


 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『きみの手』【お題フェス·手】 宮本 賢治 @4030965

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画