第10話「治らない傷、揺れる信頼」

 夜は、静かに訪れた。


 山道を外れ、

 一行は小さな野営地を作っていた。


 焚き火の音だけが、

 闇を押し返している。


 カイは、少し離れた岩に腰を下ろしていた。


 肩に巻かれた布は、

 赤く染まったままだ。


ミリア:「……おかしいな」


 ミリアは何度目か分からない治癒を試みる。


 だが、

 傷口は閉じない。


ミリア:「回復が……弾かれてる」


カイ:「無理しなくていい」


ミリア:「無理してるのは、カイでしょ」


 珍しく、声が強い。


レオン:「そんな顔するなって」


 レオンが焚き火越しに笑う。


レオン:「明日になったら、

     ケロッとしてるかもしれないぞ?」


カイ:「……そうだといいな」


 だが、

 自分の体が一番よく分かっていた。


 傷は、

 外ではなく、内側に食い込んでいる。


 その様子を、

 セリアは黙って見ていた。


 何も言わない。


 言えない。


セリア:(……まだ、早い)


 だが、

 このまま黙り続けることが、

 正しいのか――

 自分でも分からなくなり始めていた。


ミリア:「ねえ、セリア」


セリア:「はい」


ミリア:「あなた、何か知ってる?」


 焚き火が、ぱちりと弾ける。


 逃げ場のない問い。


セリア:「……どうして、そう思うのですか?」


ミリア:「勘」


 即答だった。


ミリア:「さっきから、

     私たちと同じ顔してない」


 沈黙。


 風が、焚き火を揺らす。


レオン:「まあまあ」


 間に入る。


レオン:「セリアが黙ってるなら、

     理由があるんだろ」


レオン:「な?」


 セリアを見る。


 信じている目。


 その視線が、

 胸を刺した。


セリア:「……傷は」


 ゆっくりと、口を開く。


セリア:「普通のものではありません」


 ミリアが息を呑む。


カイ:「……やっぱりな」


セリア:「ですが、

     “今すぐ命を奪うもの”でもない」


 そこだけは、はっきりと。


ミリア:「じゃあ、何?」


セリア:「……“繋がり”です」


レオン:「繋がり?」


セリア:「はい」


 言葉を選びながら、続ける。


セリア:「何かが、

     カイさんに触れました」


セリア:「傷は、その痕です」


 カイは、

 静かに拳を握る。


 胸の奥が、

 ざわりと反応した。


 ――嵐。


 あの声。


カイ:「……俺は」


カイ:「何かに、

    選ばれたのか?」


 誰にともなく、問いかける。


 セリアは、すぐに答えなかった。


 だが、

 否定もしなかった。


レオン:「選ばれたなら、

     悪い気しないじゃん?」


 軽く言う。


 だが、

 その軽さが、

 この場では少しだけ浮いていた。


ミリア:「……レオン」


レオン:「あ、ごめん」


 頭をかく。


レオン:「でもさ」


レオン:「選ばれようが、

     狙われようが」


レオン:「俺たちは、

     一緒にいるんだろ?」


 その言葉に、

 カイは目を伏せた。


カイ:「……もし」


カイ:「俺が、

    俺じゃなくなったら?」


 空気が、張りつめる。


レオン:「その時は」


 一拍置いて。


レオン:「俺が殴って、

     元に戻す」


 真顔だった。


ミリア:「雑!」


 だが、

 少し笑った。


ミリア:「……でも」


ミリア:「一人で決めないで」


 カイを見る。


ミリア:「苦しいなら、

     言って」


ミリア:「私たちは、

     仲間でしょ」


 その言葉に、

 カイの胸が、わずかに軽くなる。


カイ:「……ああ」


 短く、頷く。


 セリアは、

 その様子を見て、

 静かに目を閉じた。


セリア:(……間に合ってほしい)


 何に、か。


 それは、

 まだ言葉にできない。


 夜が深まる。


 カイが眠りについた、その時。


 風が、

 焚き火とは逆向きに、

 吹いた。


 誰にも気づかれず、

 肩の傷が、

 微かに脈打つ。


 まるで――

 呼応するかのように。

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