第9話「名を持たぬ追跡者」

 山道は、思ったよりも静かだった。


 白陽を離れてから、

 半日ほど歩いた頃。


 風は穏やかで、

 鳥の声も途切れない。


 ――それが、かえって不自然だった。


レオン:「なんかさ」


ミリア:「うん?」


レオン:「静かすぎない?」


ミリア:「それ、昨日も言ってた」


レオン:「今回はフラグじゃない。

     本気で言ってる」


 軽口。


 だが、

 カイは足を止めた。


カイ:「……来る」


レオン:「え?」


 その瞬間。


 空気が、裂けた。


 何かが、地面に突き刺さる。


 岩が砕け、

 砂が舞い上がる。


ミリア:「きゃっ!」


 反射的に、

 カイが前に出た。


 ――遅い。


 影が、動いた。


 それは、人の形をしていた。


 だが、

 顔が、分からない。


 輪郭が曖昧で、

 光を拒むように、黒い。


???:「……」


 声は、ない。


 ただ、

 “敵意”だけが、はっきりと存在していた。


レオン:「うわ、

     いきなり物騒だな!」


 剣を抜く。


 だが、

 相手は距離を詰める気配を見せない。


 ――狙っている。


 誰かを。


 次の瞬間。


 影が、消えた。


カイ:「――っ!」


 背後。


 理解するより早く、

 衝撃が走る。


 カイの肩に、

 深く、裂傷が刻まれた。


カイ:「ぐっ……!」


ミリア:「カイ!」


 血が、落ちる。


 地面に、

 赤い点が広がる。


レオン:「……てめぇ」


 レオンが踏み出す。


 だが――

 影は、もういない。


 気配だけが、

 山道の奥へと、溶けていった。


ミリア:「大丈夫!?

     今、治す!」


 慌てて駆け寄る。


 だが、

 傷は、妙だった。


 血は出ている。


 なのに――

 治癒が、追いつかない。


ミリア:「……おかしい」


ミリア:「普通の傷じゃない……」


カイ:「……平気だ」


 そう言いながら、

 カイは歯を食いしばる。


 胸の奥が、

 ざわついていた。


 ――昨夜の夢。


 嵐。


 声。


???:「次は……逃げられぬ」


 その言葉が、

 脳裏をよぎる。


セリア:「……皆さん」


 静かな声。


 だが、

 その声に、確かな緊張が宿る。


セリア:「今のは、

     “試し”です」


レオン:「試し?」


セリア:「はい」


 目を伏せる。


セリア:「命を奪う気があるなら、

     今の一撃で終わっていました」


ミリア:「……じゃあ、なんで」


セリア:「選別、でしょう」


 その言葉が、

 重く落ちる。


レオン:「……俺たちが?」


セリア:「ええ」


 はっきりと、頷く。


セリア:「誰が立ち、

     誰が守り、

     誰が折れるか」


 沈黙。


 風が、再び吹き始める。


カイ:「……俺だな」


 ぽつりと、言った。


カイ:「狙われたのは」


レオン:「気にすんな」


 即座に返す。


レオン:「狙われたなら、

     返り討ちにすりゃいい」


 笑う。


 いつも通りの、

 軽い調子。


 だが――

 その目は、冴えていた。


 セリアは、

 レオンを見つめる。


 そして、

 心の中で、確信する。


セリア:(……始まってしまった)


 名を持たぬ存在。


 だが、

 背後にいる“統率者”は、

 もう動き出している。


 白陽を離れた、その瞬間から。


 山道の向こう。


 影が、振り返る。


 顔はない。


 だが、

 確かに、“見ている”。


 次は、

 逃がさない。

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