第7話「嵐の声は、まだ名を持たない」

その夜、白陽の灯は静かだった。


 昼の騒ぎが嘘のように、

 町はいつも通りの夜を迎えている。


 眠らぬ町は、

 眠らぬまま、落ち着いていた。


  宿の一室。


 ミリアは布団に横になり、

 静かな寝息を立てている。


 レオンは壁にもたれて、

 ぼんやりと天井を見上げていた。


レオン:「……平和だなあ」


 その言葉に反応したのか、

 ミリアが小さく寝返りを打つ。


ミリア:「……んー……それ、フラグ……」


レオン:「寝言まで縁起でもないこと言うなよ」


 レオンは苦笑し、

 そっと声を落とした。


 だが、もう一人――

 眠れない者がいた。


 カイは、目を閉じても、意識が沈まなかった。


 耳鳴りのような、

 遠くで風が鳴るような音が、消えない。


カイ:(……静かにしろ)


 そう思った瞬間。


 風が、吹いた。


 部屋の中だというのに、

 確かに、風が通り抜けた。


 ――夢。


 気づけば、カイは荒野に立っていた。


 空は低く、

 雲はうねり、

 地平線の向こうで、雷が鳴っている。


カイ:「……ここは」


 答えは返らない。


 代わりに、

 声が、嵐の中から響いた。


???:「――守ったな」


 低く、荒く、

 だが不思議と、嘘のない声。


カイ:「……誰だ」


???:「名は、まだ」


 風が強まる。


???:「だが、問おう」


???:「なぜ、立った」


 白陽の夜。

 子どもの前に立った、あの瞬間が浮かぶ。


カイ:「……考えていなかった」


カイ:「体が、動いただけだ」


 嵐が、笑った。


???:「それでいい」


???:「守るとは、そういうことだ」


 雷が落ちる。


 だが、痛みはない。


 代わりに、

 胸の奥が、熱を持つ。


???:「力を、欲するか」


 問いだった。


 甘い誘いではない。

 だが、重い。


カイ:「……分からない」


 即答できなかった。


カイ:「力があれば、

    守れるものが増えるかもしれない」


カイ:「でも……」


 言葉が詰まる。


カイ:「俺が、俺じゃなくなるなら……」


 嵐が、静まった。


???:「……良い答えだ」


 風が、ゆっくりと弱まる。


???:「力は、持つものを選ばぬ」


???:「だが、

     持ち方は、選べる」


 世界が、白く染まる。


 最後に、声が届いた。


???:「目を逸らすな」


???:「次は……

     逃げられぬ」


 カイは、はっと目を覚ました。


 額に汗が滲んでいる。


カイ:「……夢、か」


 だが、

 胸の奥に残る感覚は、

 夢とは思えなかった。


 拳を握る。


 そこに、微かな風が絡みつく。


 すぐに、消えた。


 同じ夜。


 別の部屋で、

 セリアは目を閉じたまま、息を整えていた。


セリア:(……聞いてしまったのですね)


 祈りではない。

 だが、確信があった。


 そしてもう一人。


 レオンは、何も知らず、

 静かに欠伸をしていた。


レオン:「明日も、歩くか」


 ただ、それだけ。


 白陽の灯は、揺れない。


 だが、

 人の内側で、

 嵐は確かに、目を覚ました。


 まだ、名はない。


 名を呼ぶには、

 もう一つ――

 選択が、必要だった。

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