第5話「試す者」

 白陽の夜は、騒がしい。


 眠らぬ灯の町では、夜更けでも人の声が途切れない。

 だがその夜、町のざわめきには、別の色が混じっていた。


町人A:「……灯、暗くないか?」


町人B:「気のせいだろ。いつも通りだ」


 誰かがそう言った直後、

 通りの灯籠が、一つ、ふっと弱まった。


 続いて、また一つ。


ミリア:「……あれ?」


レオン:「昨日の影妖、また来たとか?」


カイ:「……違う」


 カイは、はっきりと首を振った。


カイ:「あれは……もっと近い」


セリア:「……来ています」


 その声は、震えていなかった。


 町の中央、灯籠が最も集まる広場。


 そこに――

 影が、立っていた。


 人の形をしている。

 だが輪郭は、夜よりも濃く、

 灯の光を吸い込むように揺らいでいる。


町人:「な、なんだあれは……」


町人:「影妖じゃない……!」


 影は、歩かない。

 ただ、そこに“在る”。


 それだけで、灯が怯えるように揺れた。


レオン:「……あれ、話通じそう?」


ミリア:「その軽さ、今じゃない!」


 影が、ゆっくりと顔を上げた。


 目はない。

 口もない。


 それでも――

 声だけが、直接胸に響いた。


???:「――灯を、見に来た」


 空気が、凍る。


町人:「しゃ、喋った……!」


セリア:「……」


 セリアは一歩、前に出た。


レオン:「セリア?」


セリア:「下がってください」


 珍しく、強い声だった。


セリア:「ここは、人の町です」


???:「知っている」


セリア:「なら、なぜ灯を弱めるのです」


???:「試している」


ミリア:「……試す?」


???:「この灯が、

     まだ“祈り”と呼べるかどうかを」


 灯籠が、さらに暗くなる。


 町人たちの悲鳴が上がる。


カイ:「……やめろ」


 カイの足元で、風がざわめいた。


 影が、初めて彼を見る。


???:「……お前」


 一瞬、空気が軋んだ。


???:「まだ、名を持たぬか」


カイ:「名?」


レオン:「おい、そいつに変なこと言うなよ」


 レオンは影の前に立った。


レオン:「灯を見るだけなら、もう十分だろ」


???:「……」


 影は、しばらく沈黙した。


 そして、レオンを“測る”ように見下ろす。


???:「お前は、持たぬな」


レオン:「なにを?」


???:「定めを」


 その言葉だけが、

 妙に、耳に残った。


 影は、ゆっくりと背を向ける。


???:「今宵は、ここまでだ」


セリア:「待ってください!」


 影は振り返らない。


???:「灯が消える時、

     また来る」


 次の瞬間。


 影は、灯の中へ溶けるように消えた。


 同時に、灯籠の光が元に戻る。


町人:「……消えた?」


町人:「助かったのか……?」


 誰も、すぐには声を出せなかった。


 しばらくして。


ミリア:「……ねえ、今のって」


カイ:「……影妖とは、別物だ」


レオン:「だろうな」


 レオンは頭をかきながら、笑った。


レオン:「面倒なのに目ぇ付けられた気がする」


セリア:「……」


 セリアは、唇を噛みしめていた。


 あの存在は、

 ただの怪異ではない。


 神に近い何か。

 もしくは――神そのもの。


 だが、名は出なかった。


 出されなかったのではない。

 まだ、呼ぶ段階ではないのだ。


 白陽の灯は、今夜も消えなかった。


 町は知ってしまった。


 灯は、永遠ではないことを。


 そして旅人たちは、

 知らず知らずのうちに――

 神の盤上に足を踏み入れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る