コピーの部屋

京野 薫

透明な檻

 フライパンで何かを焼く音。

 K-POPの軽やかな歌声。

 あれは誰なんだろ……後で、動画サイトで調べてみよ。


 私は、イヤホンにそっと手を当て、目を閉じる。

 何を作ってるのかな?

 あの音は……ハンバーグ。

 有里ちゃん、友達多いから呼んでるのかな?

 ううん、手帳には友達と会うのは明後日って書いてあったはずだから、一人で食べるんだよね。


 途中で音が篭ったので私は軽く舌打ちする。

 また……もっと高級なのに買い換えようかな。

 ケチるんじゃなかった。

 でも、有里ちゃん最近新しいアクセに凝りだしたから、そっち買うのにお金使っちゃったんだよね……


 それから一時間ほど聞いていると、イヤホンの向こうの音が、お風呂にお湯を溜める軽やかな機械音に変わったので、私は耳に付けたイヤホンを外した。


 今日はここまで。

 今度お風呂にもつけたいな……

 あそこと寝室が本丸なんだよね。


 そう思うと、私は先ほどの余韻のままにスマホの中の有里ちゃんの部屋の写真を開き、それと自分の部屋を見比べた。


 ふむ……やっぱり有里ちゃんの部屋に比べて壁紙が綺麗だ。

 どうやって自然に汚そうかな。

 私は有里ちゃんの部屋の写真を見るけど、細かい部分がわからない。

 お父さんの友達が工務店やってたよね……上手い事聞いてみようかな。


 もうちょっと確認しないと。


 私は手帳……有里ちゃんと同じメーカーの同じ色のもの、を開いてひそかに書き写した彼女の予定を確認する。


 あ……今度の土曜日、有里ちゃん友達とアウトレットモールに行くんだ。

 朝9時集合って事は……10時ごろなら完璧か。


 私は手帳に「10時、有里ちゃんの部屋に遊びに行く」と書き込む。

 でも、書いてる途中で自分の字に舌打ちする。


 こんなんじゃ……有里ちゃんの字じゃない。

 あの可愛いけど端正な……有里ちゃんみたいな字じゃ……

 これじゃ私の字だ。


 私は何度も小さく舌打ちして、手帳をゴミ箱に投げ込んだ。

 そして、クローゼットの中のダンボールから新しい手帳……先ほどと全く同じもの、を取り出して、また最初のページから書き直す。

 スマホを見ながら。


 汗のせいだろうか。

 前髪がくるんとはねる。


 ああ……もう!

 全然矯正されて無いじゃん! あの美容院……


「これ、有里ちゃんじゃない」


 私は右手で前髪をつかんで何度も力任せに引っ張った。

 何度も。

 前髪は痛かったけどどうでもいい。

 有里ちゃんになりきれて居ない罰だ。


 私は……あの子になりたい。


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


 去年。

 女子大の三年生になった私の日々は三年間変わらない。

 毎日時間をいかに潰すか。


 友達も居ない。

 可愛さや個性的な魅力や話術も無い私にとって、大学は「透明な牢獄」だった。

 せめて勉強や研究が好きになれたら、何か趣味があれば、とも思うけどそれも無い。


 透明な牢獄の中に居る透明人間。

 腕時計を見て時間とにらめっこ。

 お昼ごはんは学食なんて惨め過ぎるから、コンビニで買った食事を中庭の奥、人もほとんどこない穴場……で食べる。


 特に絶望も悲観も無いけど、代わりにキラキラも無い。


 そんなある日。


 いつものように中庭のベンチの右端で一人サンドイッチを食べていた私の耳に、数人の女の子の声が聞こえた。


 ……やば。


 私はカッと顔が熱くなり、慌てて立ち上がった。

 逃げなきゃ。


 でも、立ち上がったとき、すでに女の子たちはすぐ近くに来ていた。

 ああ……私の馬鹿。


 顔から汗を流しながら俯く。

 そんな私を女の子たちはキョトンとした顔で見るけど、それがまるで私を嘲笑しているように見えた。


(田舎の子って友達作れないの?)

(こんなトコで隠れて食べてんだ。自意識過剰……)

(ボッチ飯って、惨めすぎなんですけど)


 脳内に聞こえる声に私はキッとにらみつけて反論する。

 しょうがないじゃない。

 私だって……あなたみたいに、可愛ければ。


 そう思いながら、三人の女の子の真ん中にいる子……相原有里あいはらゆりちゃんを見る。


 つややかな黒髪を肩まで綺麗に伸ばし、見とれるようなストレートヘア。

 大きな瞳に小ぶりな唇。

 伝わってくる華やかさ。


 いつも大学では輪の中心。

 それも納得だ。


 そんな相原さんから目を逸らし、通り過ぎようとした時。

 彼女が言った。


「良かったら……一緒に食べませんか?」


 ……え?

 私は彼女を思わず見た。


「ずっと、気になってたんです。いつも本読んでますよね? スマホで。チラッと見えて……エラリー・クイーンの『フランス白粉の謎』私、クイーン好きだからうわっ! ってビックリして、ゴメンなさい……勝手に覗き込んじゃいました」


 そう言って相原さんは、私の目を……きつね目の凡庸な目を真っ直ぐ見て続けた。

 運命の言葉を。


「良ければミステリーの話、しませんか? 仲良くなりたいな」


 5月15日木曜日の12時35分。

 私の運命の日だった。


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


 あれから、私は相原さん……有里ちゃんとたまにミステリーの事を話す様になった。

 人生最良の半年間。


 有里ちゃんは理想の女性だった。

 可愛くて優しくて、華やかで。


 最初は彼女のアクセを真似して着けてみた。

 そしたら電流が走ったようだった。

 私……有里ちゃんになれてる。


 彼女と同じ重さ、感触、色の物をつけている。

 それは信じられないような快感で、指に付けたリングを見ているだけで有里ちゃんの思考や視線になれたような気がした。


 ……有里ちゃん、もっと細かったな……指輪。


 私は必死にダイエットした。


 あの黒髪になりたくて天然パーマを矯正し、黒に染めた。

 あの日から8キロ痩せた。

 でも……有里ちゃんの、繊細なスタイル……華奢だけど豊かな感じじゃない。

 ああなりたくて食べては吐いた。


 彼女に近づくにつれて、透明人間に色がついた。

 私に話しかける子が出てきたのだ。

 遊びにも誘われた。


 ずっと有里ちゃんの口調や話題を真似ていたからだろうか。

 でも、ビックリするほど何も感じない。

 こんな褒めないでよ……うざっ。


 気のせいだろうか。

 なぜか有里ちゃんはあまり話しかけてくれなくなっていた。

 まだ失敗作だからかな?

 もっと有里ちゃんになれたら、またお話しできるかな?


 でも、彼女に彼氏が出来てから……そして就職活動に入ってからは有里ちゃんと話す事がなくなった。

 本当は同じ職場に入りたかったけど……


 景色がモノクロームになる。

 もっと色を付けたい。

 だって……つまんない、寂しい。


 私は有里ちゃんと同じブランドの服を着た。

 でも、物足りない。


 ……そっか、部屋。


 部屋が違う。

 空気も違う。


 もっと……同じ空気になりたい。


 私はビックリするくらい、自然に彼女の部屋に入った。

 彼女の居ないときに。

 そして、頑張ってたけど有里ちゃんが帰ってきたから慌ててベランダから逃げた。

 コッソリ隣に引っ越したので、ばれるのが恥ずかしい。

 私なんかが有里ちゃんのお城の横に……でも、モノクロームは嫌だ。


 そして、私は有里ちゃんの音を手に入れた。

 これで「空気」も一緒だ……


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


 イヤホンから流れる有里ちゃんの音。

 それを聞きながら、私も動く。


 冷蔵庫に向かった。

 私も向かう。


 多分ビールだ。

 ここ最近、その音が聞こえるから。

 だから取り出す。


 タブレットで動画を見始める。

 ブクマしてる奴だ。

 私も同じのを開く。


 彼女の笑い声。

 私も面白くなる。

 嬉しい。

 彼女と感情を分け合った。

 笑う。


 お風呂に入る。

 ここからはわからない。

 悔しい。


 明後日、絶対に……


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


 有里ちゃんがアパートを出たのを確認すると、私はベランダからコッソリと中に入る。


 浴室と……ベッドルーム。

 時々彼氏が入ってきてるのは知っている。

 彼氏も確認したいな……どっかのサイトで、ご縁あるといいけど。


 そんな事を考えながら、有里ちゃんの部屋に入る。

 夕方まで帰ってこないはず。

 少しくらい寄り道……いいよね。


 彼女の座っている椅子に座る。

 身体が震える。

 まるで有里ちゃんになったみたい……

 そっとパソコンをいて、キーボードに触れる。

 有里ちゃんの触れたキー……

 そっと指で撫でる。

 彼女と一緒になった……


 机の上を写真に撮る。


 そして。


 真っ暗な画面をじっと見ているうちに、私はドキドキした。

 衝動に負けて、震える指で電源を入れる。


 ちょっとだけ……数分……


 電源を入れた私の目にパソコンの画面が浮かぶ。

 私は次の瞬間、目を見開く。

 身体が冷たい。

 身体が震える。


 うそ……でしょ?


 私は泣きそうになった。

 思わずパソコンを投げそうになる。

 我慢したけど、代わりに手が震えて……涙が流れる。


 パソコンの画面に写っていたもの。


 それは、有里ちゃんとそっくり……いや、そのものの女性の写真。

 髪型も長さも、瞳の形も、服装も。

 そして……手にはエラリー・クイーンの文庫本。

 有里ちゃんに似て……いや、


 私は電源をそのままにして部屋を出た。

 玄関のドアを開けて。


 そして、そのまま行くべき場所に向かった。


 ○●○●○●○●○●○●○●


 ……その後。


 フライパンで何かを焼く音がする。

 油が弾け、軽やかな歌声が流れている。


 私はイヤホンを外し、前髪を整えた。


 今日は一人だ。

 手帳を開く。

 予定はきれいな字で埋まっている。


 土曜日。

 九時、集合。


 ふと、違和感がよぎる。

 この字、少しだけ……硬い。


 気にするほどじゃないかな。


 私はキッチンに向かい、冷蔵庫を開けた。

 ビールは、一本だけ残っていた。


 あ、知らないK-POPだ。

 あとで調べよう。

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