第4話 黄金の鳥と、見えない銭(ぜに)
戦(いくさ)は、終わった。
「……ウソでしょ」
玲奈が、間の抜けた声を上げた。
無理もない。
足の踏み場もなかった豚小屋(リビング)が、今は鏡のように磨き上げられているのだから。
散乱していた衣服は「畳む」という規律を与えられ、ゴミの山は分別という名の城壁の外へ追放された。
わしは、ソファの前に正座し、深く一礼した。
「城の乱れは心の乱れ。……これにて、清掃任務完了にござる」
「あんた……何者? プロの清掃業者?」
「ただの足軽じゃ。戦場では、身の回りの整理が生死を分けるゆえ」
玲奈は信じられないといった顔で部屋を見渡し、それからニヤリと笑った。
「やるじゃん、ポチ。正直、期待してなかったけど」
「……」
「合格。とりあえず、クビにはしないでいてあげる」
上から目線の物言いだが、その声には少しだけ色が戻っている気がした。
ふん、チョロい主君じゃ。
と、その時である。
グゥゥゥゥゥ……キュルルル……
わしの腹の虫が、勝ち鬨(どき)を上げた。
考えてみれば、こちらの世界に来てから水しか飲んでおらん。
雷に打たれる前も、兵糧丸(ひょうろうがん)一つかじっただけだった。
玲奈が吹き出した。
「あはは! 何その音! 怪獣?」
「……面目ない。兵糧が尽きて久しく……」
「りょ。働いた分くらいは奢ってあげる。下、行くよ」
玲奈に連れられ、再び「エレベーター」という名の箱で地上へ降りる。
今度は悲鳴を上げずに耐えた。学習する武士じゃ。
タワマンの足元にある、ガラス張りの砦。
玲奈はそこを「コンビニ」と呼んだ。
「……なんと」
自動で開く扉(これにはまだビクつく)を抜けた先。
わしは、再び言葉を失った。
「明るい……真昼よりも明るい……!」
天井に並ぶ光の列。
そして棚に整然と並ぶ、極彩色の物資、物資、物資!
握り飯、麺、酒、甘味……。
「ここは、帝(みかど)の宝物庫か?」
「セブンだけど」
玲奈はカゴを手に取り、ポイポイと菓子や水を放り込んでいく。
わしは、恐る恐る「おにぎり」の棚に近づいた。
見事な三角形。海苔の黒さが美しい。
だが、全て透明な膜(フィルム)で封印されている。
(……どうやって食うのじゃ? 刀で斬るのか?)
悩み、硬直しているわしの背中を、玲奈が叩いた。
「おじさん、それもいいけど。こっち」
玲奈が指差したのは、店番の男(異国の若者だった)がいる台の横。
ガラスの箱の中で、黄金色に輝く宝玉が温められていた。
「……なんじゃ、あれは」
「からあげ棒と、ナナチキ。……肉だよ、肉」
「肉……!」
戦国の世では、肉などめったに食えぬ。
しかも、あのような黄金色に揚げられた肉など、大名でも拝めるかどうか。
ゴクリ、と喉が鳴る。
「すみませーん。これとこれ、あとこれも」
玲奈は躊躇なく注文する。
店員が袋に詰める。
そして、運命の瞬間が訪れた。
「お会計、1580円になります」
わしはハッとした。
銭(ぜに)がない。
当然だ。わしの懐にあるのは、泥だらけの永楽通宝が数枚だけ。
現代で通用するはずもない。
(無銭飲食……! 斬られる!)
わしが身構えた瞬間。
玲奈が、あの光る板(スマホ)を、黒い台にかざした。
『クイックペイ♪』
軽やかな音が鳴る。
店員は頷き、商品を渡してきた。
「な……!?」
わしは目を見開いた。
銭を出していない。小判も、砂金も出していない。
ただ、板をかざして、音を鳴らしただけ。
「妖術……! 見えない銭を飛ばしたのか!?」
「うるさいなー。電子マネーだってば」
「でんし……まね……?」
わしは震えた。
この国は、一体どこまで進んでいるのだ。
空を飛び、水が自動で出て、銭すら見えない。
わしのような古き者が生きる隙間など、どこにもないではないか。
タワマンの部屋に戻ると、玲奈はすぐに光る板を三脚に立てた。
「はい、座って。食べる所、ライブ配信するから」
「らいぶ……?」
「生放送。あんたのリアクション、鮮度が大事だし」
わしは意味もわからず、ローテーブルの前に座らされた。
目の前には、湯気を立てる黄金の肉(ナナチキ)。
そして、冷えた麦酒(ビール)。
「はい、スタート! ……こんばんわー! レイナでーす! 今日は新しく飼ったペットの餌付け配信しまーす!」
玲奈が画面に向かって手を振る。
画面の向こうに、数千、数万の人間がいるというのか。
「ほら、食え。『いただきマッスル』って言って」
「……いただき、まっする」
言わされた。屈辱じゃ。
だが、匂いが理性を破壊する。
わしは、黄金の肉にかぶりついた。
サクッ。
ジュワァァァ……。
「!!!」
時が、止まった。
なんだこれは。
口の中に溢れ出す、濃厚な脂の旨味。
サクサクとした衣の歯ごたえ。
そして、鼻に抜けるスパイス(胡椒と秘伝の粉)の香り。
うまい。
うまいなどという言葉では足りぬ。
干し飯(いい)と味噌だけの戦場飯とは、次元が違う。
これは、味の暴力じゃ。
「……」
咀嚼するたびに、脳が痺れる。
そして、気づけば。
わしの目から、涙がこぼれ落ちていた。
「えっ、ちょ、マジ? 泣いてんの?」
玲奈が慌てる声が聞こえる。
だが、止まらない。
「……うまい……」
「は?」
「なんと……うまいんじゃ……」
わしは、肉を握りしめたまま、画面に向かって嗚咽した。
この味は、ただの肉の味ではない。
飢える心配のない味。
明日、死ぬかもしれない恐怖におびえずとも良い味。
これが、平和の味なのか。
わしらが命を懸けて奪い合い、結局手に入らなかった「太平の世」の味なのか。
「かたじけない……かたじけない……!」
わしは、誰にともなく感謝した。
この肉を作った者に。
見えない銭でこれを買った小娘に。
そして、この時代にわしを弾き飛ばした、雷に。
『もらい泣きした』
『おっさん、ガチ泣きじゃん』
『今の表情ヤバい』
『チキンで泣けるとか、どんだけ苦労してんだよw』
『スパチャ投げるわ』
『飯食ってるだけで感動させるとか天才か?』
画面の文字が、滝のように流れていく。
玲奈は、驚いた顔で画面を見つめていた。
視聴者数、3万人突破。
「……あんた、凄いわ」
玲奈がポツリと呟いた。
「計算じゃないんだ。……本物の『感情』なんだ」
わしは、涙を拭い、麦酒を一気に煽った。
喉を焼く炭酸の刺激。
プハァァァァッ!!
「極楽……! 此処は極楽浄土に相違ない!」
わしが叫ぶと、画面は「wwwww」という草の文字で埋め尽くされた。
こうして。
わしの「初めての食事」は、伝説の配信としてアーカイブに残ることになった。
だが、わしはまだ知らなかった。
この平和な味(カロリー)には、「金」が必要だということを。
そして、ただ飯を食わせてもらえるほど、この魔女(玲奈)は甘くないということを。
「ねえ、ポチ。美味しかった?」
玲奈が、悪魔のような笑顔で聞いてきた。
「うむ。絶品であった」
「よかったね。……じゃあ、食べた分、稼いでもらおっか」
わしの背中に、冷たい汗が流れた。
「稼ぐ……? 戦か?」
「ううん。もっとキツいこと」
玲奈は、ニヤリと笑った。
「ダンスよ。……踊るの、アンタ」
次回、死闘。
『地獄のTikTokダンス ~関節が外れても踊ります~』
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