第3話 天守閣の箱と、滝の修行
「よし、契約成立。ついてきな、ポチ」
玲奈はそう言うと、巨大な鉄の馬(ハイヤー)を呼びつけた。
自動で開く扉。ふかふかの椅子。
わしは泥だらけの甲冑のまま、縮こまって座るしかなかった。
車窓を流れる景色は、流星のように速い。
これが現代の籠(かご)か。
担ぎ手も見えぬのに、なぜ走る?
中に妖(あやかし)でも封じ込められているのか?
「着いたよ。ここがアタシの城(ハウス)」
連れてこられたのは、雲を突き抜けるような高い塔だった。
「……なんと。これほどの巨城、見たことがない」
「タワマンってんの。ま、パパの節税対策だけど」
玲奈は慣れた手つきで、ガラスの城門を抜け、わしを銀色の小部屋へと押し込んだ。
「乗って」
「乗る? この狭い牢屋にか?」
「エレベーターだってば。早くしないと閉まるよ」
わしが恐る恐る足を踏み入れた瞬間。
グワンッ!
「ぬおッ!?」
地面が……浮いた!?
いや、違う。体が押し潰されるような重圧(G)。
この小部屋ごと、天へと昇っているのか!
「妖術か! リフトの妖術なのか!?」
わしは刀の柄を握りしめ、腰を落とした。
敵襲に備えるためだ。
「あはははは! ヤバ! そのリアクション最高!」
玲奈は腹を抱えて笑いながら、あの光る板をわしに向けている。
「はい、回してまーす。サムライさん、今の気持ちは?」
「ぬぐぐ……お、おのれ……某を空へ連れ去り、突き落とす気か……!」
「被害妄想エグすぎ。ただの45階だって」
チン。
軽やかな音と共に、扉が開く。
そこは、先ほどまでの地上とは別世界だった。
足元には、宝石箱をひっくり返したような夜景が広がっている。
「……これが、帝都の夜か」
あまりの絶景に、わしは言葉を失った。
信長公の安土城ですら、これほどの眺めではあるまい。
わしは、とんでもない時代に来てしまったらしい。
「で、ここがアタシの部屋。……ちょっと散らかってるけど」
ガチャリと扉が開く。
そこは広大な屋敷だったが、わしは絶句した。
「……戦場か?」
床には衣服が散乱し、飲みかけの茶器(ペットボトル)、得体の知れない袋(スナック菓子)の山。
足の踏み場もない。
この姫君、見た目は煌びやかだが、生活(くらし)は野武士よりも荒れておる。
「うるさいな。家政婦さんが辞めちゃってから、掃除してないだけ」
玲奈は悪びれもせず、衣服の山を蹴散らしてソファに座った。
「それよりおじさん、臭い。マジで公害レベル」
「……面目ない。三日三晩、泥に浸かっておったゆえ」
「あそこのドア、バスルームだから。とりあえず洗ってきて」
わしは言われるがまま、白きタイルの間へと追いやられた。
「……なんじゃ、このつるつるした空間は?」
桶(おけ)がない。釜もない。
あるのは、壁から生えた銀色の蛇のような管と、ひねる取っ手だけ。
「湯浴みせよと言われても……湯はどこじゃ?」
わしは、恐る恐る銀の取っ手をひねってみた。
バシュァァァァァッ!!
「うわあぁッ!?」
頭上から、熱湯の滝(シャワー)が襲いかかってきた!
「水攻めか!? いや、熱い! 煮え湯じゃ!」
視界が遮られる。息ができない。
わしはパニックになりながら、壁のぬるぬるした液体(シャンプー)を掴んだ。
「こ、これは……油か? 火計の準備か!?」
その時、浴室の扉が乱暴に開いた。
「ちょっと! うるさいんだけど! 何一人で戦ってんの!?」
玲奈が光る板を構えながら入ってきた。
「姫! 罠じゃ! この壁から熱湯が噴き出し……!」
「シャワーだってば! ……てか、今の動き面白い。もう一回やって」
「な、なんじゃと?」
「『熱湯の滝に打たれる修行僧』みたいなサムネ撮りたいから。はい、アクション!」
わしは、情けなさと恥ずかしさで爆発しそうになりながらも、命じられるままに滝に打たれた。
目に入った南蛮の油(シャンプー)がしみて、涙が出た。
これが、現代の武士の修行なのか。
厳しすぎる。
一刻(いっとき)の後。
借りた布(ジャージ)を着たわしは、ソファで正座させられていた。
さっぱりはしたが、心はボロ雑巾のようじゃ。
「ん、これ見て」
玲奈が光る板を見せてくる。
そこには、エレベーターで腰を抜かし、シャワーと格闘するわしの無様な姿が映っていた。
だが。
『何このおじさんwww』
『ガチ侍じゃん』
『リアクション芸が昭和を超えて戦国w』
『可愛いww』
文字が、流れている。
「これ、コメント。みんなアンタを見て笑ってる」
「……笑い者か。やはり、切腹すべきでは……」
「バカね」
玲奈は、画面の隅にある赤いハートマークを指差した。
「見て、この『いいね』の数。一時間で一万超えたよ」
「いい、ね……?」
「そ。アンタの無様さが、誰かを元気にしたって証拠」
わしは、その数字を凝視した。
一万。
それは、わしが生涯で率いたことのない大軍の数だ。
この見知らぬ一万人が、わしの行動を見て、心を動かしたというのか?
「悪くない数字だわ。……ねえ、ポチ」
玲奈が、少しだけ真面目な顔でわしを見た。
「アンタ、ただの浮浪者かと思ったけど。……意外と『使える』かもね」
「……褒め言葉として受け取っておく」
わしは、散らかり放題の部屋を見渡した。
「さて。飯をいただく前に、一つ頼みがある」
「は? 何?」
「掃除じゃ」
「え?」
わしは立ち上がり、脱ぎ捨てられた衣服を拾い上げた。
「城が乱れれば、心も乱れる。武士たるもの、このような豚小屋で寝食はできぬ」
「はぁ? アンタ、アタシに説教すんの? 何様?」
「ポチじゃ」
わしはニヤリと笑った。
「だが、ただの犬ではない。……掃除の得意な、戦国武士じゃ」
こうして。
わしの現代での最初の戦(しごと)は、ゴミ屋敷の清掃から始まったのである。
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