奇跡はないけど魔法はある
プラリネ
本編
恋人は、俺の隣に居てくれない。
確かにそこに居たはずなのに、今は空間だけがあるばかり。
あの日のことはよく覚えている。
隣に居た彼女が、宙に浮いた。
それが魔法によるものなら、どんなに良かったか。
実際は車とかいう鉄の塊が、彼女を吹っ飛ばしただけだった。
とてもかわいらしかった彼女のすべては、見るも無残な姿に折れ曲がったのをよく覚えている。
そんな彼女だって、俺は愛せるつもりでいた。
どんなに顔がぐちゃぐちゃでも、歩けなくても、俺は生涯支えたって良かったのに。
天はそれを許さず、彼女の命を奪い取った。
もう死んでしまおうか、と当時は思ったものだ。
けれど彼女はよく言っていた。
「私、体が弱いからさ」
それをいつだって枕詞にして。
「先に死んじゃうと思うけど、長生きしてね。それで、土産話よろしくね!」
と、今の状況を予見するかのようなことばかり。
いや、実際は予見していなかっただろう。
病気で死ぬことは覚悟していたけれど、まさかこんな形だなんて。
誰一人、想像していなかったはずだ。
しかし彼女が先に死んだのは事実で。
彼女がずっと、そう言ってたのも事実だ。
俺は死ぬに死ねないまま生きていた。
辛さを抱えたまま、死んだように日々を過ごすだけ。
それに耐えかねて、ある日、魔法使いの友人に相談した。
この辛さ、なんとかならないかと。
恋人にまた会いたい、そう話した。
彼ならなんとかしてくれると思った。
人智を超えた、今の科学では説明できない現象。
それらは敬意と憧れを込めて、魔法と呼ばれる。
もっともそんなに綺麗なものではないと、魔法使いたちは言う。
便利ではあるが万能ではない、と。
それはこの友人も、例に漏れず言ったことだった。
それでもいいから。
そう言えば、ひとつの薬をプレゼントしてくれた。
「これを塗れば、夢の中で恋人に会えるよ。夢の中だから幽霊でもなく、記憶と妄想でしかないけど」
そう言われたが、それならそれでもいい。
あの日から悪夢続きで、夢の中ですら会えなかった。
疲れからくる幻覚だって、あの日のブレーキ音が響くばかり。
彼女の姿は、どれだけ見回してもそこにはなかった。
家に帰って、迷いなくそれを使う。
目が覚める。
けれどそれは夢の中で目を覚ましただけだった。
隣には恋人が居た。
いつかの朝の再現だった。
そんな日々に浸りたくて、何度も何度も、寝れるときは寝た。
どうしても眠りからは覚めてしまうから、寝るために何だってした。
けれどそこまでしたのに、どんどん夢はぼやけていく。
部屋の一部が歪む。
恋人が使っていたコスメの色が、七色に見える。
そんなわけないのに。
恋人の笑顔も、なんだかぼんやりしていく。
笑っていることはわかるけど、それをどうにも言語化できない。
文句をつけたいわけじゃない、ただ不思議に思って、友人に相談した。
お前から貰った薬を使っても、上手く夢を見られないと。
「辛い?」
友人は眉を下げて哀れむように、或いは心配するように問いかけた。
辛いというより、恐ろしい。
また夢が見られなくなるんじゃないか、会えなくなるんじゃないか。
それが恐ろしくて仕方ない。
「それなら一時の辛抱だよ」
友人は語る。
人は、忘れる。
忘れたものは、歪めて補完してしまう。
夢は記憶の再現だから、忘れたものは歪んで出てくる。
でも、人は忘れるから。
歪めたことすら忘れたなら、その恐ろしさも無くなるよ。
「安心して、魔法は奇跡じゃないけど確実なんだ」
そう苦笑される。
俺はどうすべきだろうか。
自分勝手に歪めた恋人と過ごすことが、本当に救いだろうか。
俺が救われたとして、それは恋人に胸を張って語れる思い出だろうか。
俺はその日から、薬に頼るのをやめた。
眠り過ぎるのも。
現実と向き合うしかないんだ。
それが多分、恋人のためになると気づいてしまったから。
奇跡はないけど魔法はある プラリネ @itatyoko
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