第3話 ホテルのお仕事について

 客室係とは、客室清掃をする係のこと。このホテルでは「メイド」と呼ばれている。

 同じ「メイド」なら、「喫茶」の方が良かったな。……年齢制限ありそうだけど。

 操はこっそり、ため息をついた。




「必ずチェックアウトを確認してから入室すること。確認しても必ず、ノックをすること」


 操と天野ママは、山手さんの説明を聞きながら、まずは仕事を見せてもらう。

 仕事は大きく分けて、ベッドメイクとバスルームの清掃。

 布団カバーやシーツのことを、まとめてリネンと呼ぶらしい。


「リネンを外す前に、ベッドに忘れ物が無いかを必ず確認して下さい。布団の下にタオルや下着が残っていることがあります。確認しないでリネンに巻き込んでしまい、クレームになるケースがありますので、注意して下さい」


 山手さんは手際よくカバーとシーツを外し、新しいシーツをベッドに取り付けて、あっという間にベッドメイクが終わってしまう。


 早っ!!


 手がどう動いているかも、よく分からなかったけど?


「次のお部屋から、実際にお二人にやって頂きます。最初のうちはスピードよりも、きちんと仕上げることを意識して下さい」


 山手さんが外したリネンをまとめながら言った。

 操はチラリと天野ママを見る。


 メモを取るでも無く、質問するでも無く、ただボーッと山手さんの動きを眺めている……ようだけど?


 よし、ここはひとつわたしが、咲良ちゃんママのお手本になってあげなきゃ!


 ……と、思っていたのに。


「上出来です、天野さん。素晴らしい」

 山手さんが手放しで誉めちぎるほど、天野ママのベッドメイクは完璧だった。


「大崎さん、まず、シーツがたるんでいます、もっとしっかり張って下さい。デュベ(かけ布団カバー)の角にスキマを作ってはいけません、ピロー(枕)も同じです、角をしっかり入れ込んで下さい。ベッドスローの位置が……」


 操のベッドは、山手さんのダメ出しが半端無い。


「何よりもこれ、これはダメですよ」

 山手さんの目は、枕の裏側に付いていた、短い髪の毛一本すら見逃さない。


「客室清掃の心構えは『泊まった方の痕跡を残さないこと』です。何ごとも無かった状態に戻すのが、わたしたちの仕事です」


 殺人現場の証拠隠滅かっっ!!


 心のなかでツッコミを入れつつ、操は山手さんの指導されながら、渋々ベッドメイクをやり直すのだった。




「もー、手が痛ーい」

 初日の仕事を終えてのロッカー室。着替えをしながら、操は愚痴をこぼす。


「どんだけシーツ引っ張らさせるの? もう手が痛くて、何も掴めないわよぉ。咲良ちゃんママ、大丈夫なのぉ?」

「手? 大丈夫」

 咲良ちゃんママはいつも通り、ニコッと綺麗に笑う。

 余裕だなぁ……。


 それに手、すごく綺麗。

 指も長くて、爪の形もカッコイイ。

 手モデルとかできそうじゃない?


「……咲良ちゃんママ、香織かおりさんっていうのね」

 ロッカーにはフルネームが付けられている。

「香織さん、って呼んでいい?」

「天野香織です」

 へ? それってOKってこと?


「大崎 操さん?」

「うん、そう」

「操さん」

 咲良ちゃんママ、香織さんがまた、ニコッて笑う。

 なんだろう、うれしい感じ?



 着替え終わってホテルの外に出たら、

「ああ、終わりましたか?」

 って、天野さんの旦那さんが待っていた。


 …………。


 うれしい感じを、取り消した。


つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

天野さんちとあの手この手 矢芝フルカ @furuka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画