紫月花の日常―― 4
とある日の早朝4時半
霊災対処庁の通知よりも一足早く
俺たちは魂の痕跡を頼りに、現場に辿り着いていた。
都市の片隅。
高架下の空き地には、うっすらと霧のような残滓が漂っている。
「……終わったな。今何時?」
俺の問い掛けに集がスマホを見る。
「4時58分」
庁の処理班が動くのは、たいてい5時過ぎだ。
「ギリギリか……」
「間に合ってよかったね」
札を燃やして、最後の想念を祓ったその時だった。
目の前の路地に、ふいに二人の男子高校生の姿が現れる。
制服姿。整った顔立ち。
一人は黒髪で眼鏡をかけた落ち着いた雰囲気の男。
もう一人は金髪で軽快なチャラそうな印象。
反射的に身構えた。
「……なんだ、あいつら」
二人はこちらを気にも留めない様子で向かってくる
「なー、どっかで朝飯食ってかね?」
チャラそうな男がふと笑いながら言った。
「ダメだ。ハレを早く起こしてやらないと」
黒髪メガネの男はスマホを見つめたまま、小さく呟いた。
「昨日、寝るの遅かったから……多分、ぐずる」
「またそれ?毎日ハレの話しかしねぇじゃん、重すぎだわー」
「うるさい。ハレは俺の全てなんだ」
そんな会話を交わしながら、軽やかに通り過ぎていく二人。
俺達はその後ろ姿をぼんやりと見送る。
「……何者だよ、あいつら。朝から一般人が面白半分で来るような場所じゃねぇぞ?」
「ただの通りがかりでしょ。見た感じ、ただの高校生じゃん」
「にしては……こんな時間に歩いてるなんて早くね?」
「どうせ夜遊びでもしてたんでしょ?いいよねー同じ年代なのに青春しちゃってさぁー」
皮肉じみた円の発言を聞き流し、足を進める俺達
この時、俺達はまだ気付いていなかった。
制服の男達は足を止め、振り返っていた。
遠ざかる祭たちの背中を、しばらく無言で見つめる。
「レイ……今の、見た?」
声を潜めて訊くチャラい男
黒髪の男は一言。
「……普通の人間じゃないな。あれは視えてる側だ」
「やっぱリスト入り?」
「そうだな。カイ、しばらく目を光らせておけ」
「おっけぇーっ」
朝焼けに染まる路地。
それぞれの時間が、交差し、すれ違い、また遠ざかっていった。
数日後、早朝5時すぎ。
高層ビルの屋上に立つカイは、イヤホン越しの会話にふっと笑った。
眼下の街を見下ろしながら、スマホ越しに会話する。
「今日も来てるよ。三人、こないだと同じ動き」
『位置は?』
「南側の区画。霊災反応があった空き倉庫の周辺、ぐるっと巡回してる感じだね」
『なるほど、接近できたら仕掛けてこい』
その声は静かで落ち着いていた。
レイの声だ。カイの報告を、ただ的確に受け止めていく。
「了解。ていうかさぁ……俺、昨日から働き詰めなんだけど?レイくんは今どこ?まさか布団の中じゃないよねー?」
『……あぁ、寝てる』
「はぁっ!?お前さぁ、俺のこと何だと思ってんの?」
『便利屋』
「おいっ!せめて相棒とかにしてくれよっ!!」
その瞬間、スマホの向こうでふにゃっとした声が割り込んできた。
『れい〜、なに喋ってるのぉ……』
『んー?カイの報告聞いてる』
『……カイ?………まだ朝でしょ?眠いよぉ』
『ははっ、まだ寝てるといいよ。カイに買い物でも頼もうか、俺のお姫はなにが欲しいのかな?』
『うーん………いちごみるく』
「カイ、ハレのいちごミルクを買ってこい。これは最重要命令だ」
「出た出た!激重王子め」
『ねぇぇ……ねむいし、寒いし、れい〜ぎゅうってしてぇ……』
カイはぷっと吹き出しながら、頭を軽くかいた。
「おーけーおーけー朝からご馳走さん、帰りにコンビニ寄って買ってくわ」
『ハレ、カイがいちごミルク買ってくるってさ』
『ほんと〜?……カイ、だいすき〜……』
『ハレ、俺は?』
レイの問いかけに、少し間が空いて——
『れいは、もーっとだいすき〜……』
『……ふ』
レイが小さく笑う。
その音だけで、彼の頬が少し緩んだのがわかる。
通話の奥、ふわふわとした生活音と、温もり。
それは、カイの立っているこの屋上とはまるで違う世界だった。
「……おまえら、マジで糖度高すぎ」
カイが苦笑まじりに呟く。
そして視線を再び下に落とす。
そこには、何も知らずに歩く三人の同世代の人物。
「でもまぁ……情報は押さえとく、俺たちの世界を邪魔されるわけにはいかないからな」
軽やかな声の裏に、少しの鋭さを宿して。
カイは風の中、そっと目を細めた。
その頃。祭たちは魂を送っていた。
薄明かりの差し込む廃倉庫。
鉄骨の軋む音が、時折、静寂を破る。
「……ここか」
足を踏み入れると、そこには人の姿をした影が佇んでいた。
腰まで届く長い髪。
白いワンピースの少女。
けれど、その足は地面に触れておらず、影は壁の一部と溶け合って揺れている。
「……女の子?」
円が眉をひそめる。
集は黙って紙札を用意しながら、周囲に霊圧の残滓がないかを確認していた。
「誰かを……待ってるのかもな」
ぽつりと呟いた瞬間、影がこちらを振り向いた。
『――おかあさん、どこ……?』
その声は、直接頭に響いた。
少女の霊は、まだ自分の死を受け入れていなかった。
「……早く、行かせてやろう」
「会わせてあげられたら良いんだけどね・・・」
少女の霊に向かって膝をつく。
「なぁ……君が探してるお母さんって、どんな人なんだ?」
『――やさしいひと。あったかくて、いつもぎゅってしてくれるの』
「そっか。じゃあ、もうすぐ会えるよ」
俺は少女の額にそっと紙札を貼った。
「……導霊、清め祓い」
言葉とともに、札が淡く光る。
少女の霊が一瞬、驚いたように目を見開き
――それから、ふっと微笑んだ。
ありがとう、って声が、小さく響いて消える。
残ったのは、静けさと、微かに漂う桜のような香り。
「……成仏、できたみたいだね」
集が短く言う。
「朝から泣かせるのやめてほしいんですけど」
円が袖で目を拭きながら苦笑した。
少女の立っていた場所に目を落とし、ひとことだけつぶやいた。
「……もう誰も見捨てない」
一瞬、遠い記憶が脳裏をよぎる。
柔らかい髪、消える光。
俺はあの時、花の手を取らなかった。
そのせいで花を失った。
だから誓った。
もう二度と………
例えそれが怨念でも、俺は必ず、導く。
「祭、戻るぞ」
集の声に、はっと我に返る。
「だな!」
魂を送った後の帰り道、駅前のコンビニ前
見覚えのある高校生と鉢合わせた。
正確に言えば、
俺達はその男が鍵を落とすのを見かけた。
「おい………」
鍵を拾った集はその男の肩に触れる。
「うおっ!!なにっ!?あ!君達どっかで見たぞ!まさか、俺のストーカー!?」
いちごミルクのパックをくるくる指で回しながら、その男はニヤッと笑った。
「違うよ。これ、落としただろ」
鍵を差し出すと男は陽気な声を出す。
「あー、サンキュー!俺良く落とすんだよねー」
「鈴でも付けとけば?」
こういうタイプを好まない円は敵対心剥き出しだ。
「……お前、こないだすれ違ったよな。何してるんだ?」
「そう?運命感じるよね〜。これもう何回目だっけ?マジ赤い糸じゃん?」
覚えてるのか覚えてないのか適当な返事をするそいつは、
自然すぎるほど滑らかな動きで集の背後に回ると、
背中をやたら馴れ馴れしくポン、と叩いた。
「ほら、挨拶は体で覚える派なんだよ、俺ー、カイな?よろしくー」
「……調子いい奴」
円が呆れたように小さく言う。
「ありがとー……いやー助かる助かる、ほんっと“拾ってくれる人”って大事よね〜」
男はヒラヒラと手を振りながらコンビニから出て行った。
「なんだあいつ」
「変だよな」
「どうでもいいよっ!あんなチャラい奴無理っ!」
――東京湾が見える高層マンションの一室
朝日が照らす部屋の中、
その空間に居たのは場違いとでもいうような、
二人の対象的な男子高校生。
「さっきの子たち、早朝に動くパターンっぽいね。霊対庁意識してるって感じかな?」
「位置はどうだ?」
「うん。ちゃんと仕込んできたよ」
鍵の受け渡し、何気ない背中への一拍。
それらすべてが、仕掛けの布石だった。
「……分かった。引き続き追跡を」
「おーけーおーけー。居場所の特定次第、盗聴器も設置するよ」
その時、奥の部屋へと続く扉が開き、
毛布を頭から被って出てくるのは、うちのお姫の“ハレ”
引きずられた毛布から覗かせる身体は華奢で、
触れたくなる様な長いふわふわの髪を覗かせる。
ほんといつみてもこの子は愛されの対象だと思い知らされる。
それと同時に脳を揺さぶる様な甘い声が漂ってくる。
「れい〜……さむいよぉ……ぎゅーってして〜……」
そんな彼女が甘えればレイは彼女を抱き止めながらも、
ちょっと不機嫌そうに俺を見る。
なにかとばっちりをくらう前に部屋を出ないといけない。
「あー、お姫が起きたんで俺戻るわ」
レイは静かに笑った。
その目には、ごく微かに怒気が滲んでいる。
「進展したら教えろ」
「了解」
俺はそのまま部屋のドアに向かった。
ドアを閉める直前、ほんの一瞬だけ振り返ると、
毛布に包まってレイに甘えるハレ。
仲睦まじく寄り合う2人、その隙間からほんの一瞬だけ
その甘さが光を帯びる。視線が奪われた瞬間、
レイの気配に心臓が跳ねる。
俺は何も言わずに扉を閉めた。
……あぶねぇ。
小さく息をつきながら、夜明けの空を見上げる。
「セーフ、っと」
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