第7話

夜、中央行政区の半分が実質的に戦場になった。

銃声は絶えず、建物は削れ、通りは瓦礫で埋まる。

リーゼと私は、司令部の簡易机を挟んで向かい合っていた。

「ここまで来ると、一周回って綺麗ね」

「何が?」

「負け方が」

私は彼女を見た。

「私たち、最初から負ける戦争を選んだ」

「選ばされた、が正確だな」

「でも、選び直した」

「王都でな」

外で、爆発音が響いた。

今度は近い。

「司令部、次で来るかも」

リーゼが言う。

「その時はどうする」

「その時も、ここに残るわ」

彼女は頷いた。

「お前もか」

「ええ。国と一緒に」


中央行政区は、もう象徴ではない。

ただの戦場だ。

だがそれでいい。


正義は、戦場になると途端に言葉を失う。

そして今、ノルデン連邦の正義は、確実に削れていた。


それが、私たちなりの戦果だ。


―さらば正義よ


銃声は、一定の間隔を保っていた。

ノルデン連邦軍は、司令部を「壊さない」ように進んでいる。

破壊は簡単だ。

だが破壊してしまえば、説明ができない。

民主主義は、説明できない勝利を嫌う。

「突入、準備段階」

最後の通信が入った。

声は若い。使命感が、まだ摩耗していない声だ。

私は通信を切った。

切断音は、やけに軽かった。

「もう十分ね」

リーゼが言った。

彼女は司令部にある椅子に腰を掛け、脚を組んでいた。

姿勢は普段と変わらない。

これから死ぬ人間のものではない。

「ああそうだな」

私は司令部の窓の際に座り外を眺める。


少し前まで存在していた王国はもう見当たらない。

そしてここが、責任の中心。

最後まで、その役割を果たした場所。

「確認しておく」

私は言った。

「我々は、敗北を認めていない」

「ええ」

リーゼは頷いた。


「でも、勝利もしていない」

「そうね」

「つまり」

「私たちの目標は達成されたわね」

彼女は静かに笑った。

「本当に、嫌な人ね」

「君ほどじゃない」

外で、爆発音。

近い。

壁の向こうで、何かが崩れ落ちる。

敵は慎重だ。

まだ躊躇している。


「彼ら、期待しいるな」

リーゼが言う。

「投降して完璧な勝利をする事をね」

「私達はどちらも、与えない」

「ええ」

彼女は立ち上がり、私の隣に来た。

距離は近いが、触れない。

恋人ではない。同盟でもない。

ただ、同じ判断に辿り着いた人間だ。


「ねえ、ヴァルデン」

「何だ」

「正義って、結局なんだったのかしら」

私は少し考えた。

初めて、ほんの少しだけ。

「便利な言葉だ」

「だけ?」

「それ以上でも、それ以下でもない」

彼女は頷いた。

「どこかの詩人が言ってたわ。――正義は、勝者の語彙だって」

「どうせお前のことだ誰が言ったか忘れたのだろう」

「忘れた」

それで十分だった。

詩人の名前は、今重要ではない。使われる言葉だけで良かった。

銃声が、さらに近づいた。

扉の向こうで、号令が聞こえる。

「時間よ」

リーゼが言った。

「ええ」

私は拳銃を構えた。

彼女も同じように。

互いに向けた。

それが、最後の合意だった。

「笑う?」

彼女が聞く。

「最高の笑顔でな」

「同じく」

リーゼは、口角を上げた。

はっきりと。

誰に見せるわけでもないこの笑顔で終わろうと。


この戦争は、終わっていない。

王都も、まだ落ちていない。

正義も、完成していない。

だから、今なのだ。


「あの世でまたお会いましょう」

「お互い地獄を観光するとするか」



「「アウレリウス王国万歳」」



銃声。

それは、戦場の音に溶けた。

特別な響きはない。


扉が破られたとき、

そこにあったのは、二つの死体だけだった。


英雄でも、狂信者でもない。

説明しづらい存在。


ノルデン連邦は、後にこう発表する。


――激しい抵抗の末、王国軍司令部は制圧された。


正義は、形だけを保った。

どこが欠けているのか、誰にも説明できないまま、 王都アーデルシュタットは、数時間後に陥落する。

戦争は、敗北という形で終わる。


ただ一つだけ、完成しなかったものがある。

この戦争の正義だ。

それで、十分だった。

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完成しない旗の下で 柳生雪華 @kanakamosirenai

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