第6話

―中央区市街戦


中央行政区に敵兵が侵入したのは、王都戦区指定から四日目だった。

予定より早かった。


「東側、旧議会通りで接触」

「距離は?」

「三百メートル。建物内に侵入しています」

司令部の通信室は、すでに騒音の塊だった。

無線、電話、伝令。

情報は途切れず、しかし完全でもない。

リーゼが地図の前に立つ。

「旧議会通りは、象徴の通り道ね」

「敵も理解している」

「理解していないのは、市民だけ」

私は否定しなかった。

中央行政区は、市街戦に向いていない。

通りは広く、建物は重厚で、遮蔽物がない。つまり、死にやすい。

「狙撃班、屋上配置」

「砲兵は?」

「使用制限あり。連邦側、砲撃を控えています」

リーゼが即座に言った。

「使わせなさい」

「どうやって」

「ここを死体で埋める」

感情はなかった。

「連邦は、民主主義国家よ」

彼女は続ける。

「戦後市街の死体は、議会で質問になる」

「質問は、正義を削ると」

「ええ。それが目的」


午前十一時、旧議会通りで最初の白兵戦が起きた。

銃声は短く、途切れ途切れだった。


「敵小隊、建物制圧」

「こちらは?」

「後退。死傷多数」

誰も悲鳴を上げない。

意味もないと知っているからだ。


私は椅子に座ったまま、報告を聞いていた。

「ヴァルデン」

リーゼが呼ぶ。

「何だ」

「中央区、予定より早く削られている」

「知っている」

「このままだと、司令部が露出する」

「露出しなければ、意味がないだろう」

彼女は一瞬だけ黙った。

反論ではなく、確認だ。

「...最後に聞くけれど私たち、逃げないのよね」

「逃げない」


午後、司令部近くの行政庁舎が直撃された。

爆風が地下まで届き、照明が一瞬消えた。

「直撃?」

「違います。近接弾」

「距離は?」

「百メートル以内」

リーゼが私を見る。

「来たわね」

「ええ」

司令部は、まだ使える。だが「安全」ではなくなった。

その違いを理解できる者だけが、ここに残っている。

「通信状況は?」

「部分的に不安定です」

「それでいい」

私は言った。

「完全な通信は、戦争を長引かせる」

リーゼが短く笑った。

「あなた、本当に嫌な人ね」

「奴らよりはマシだ」

夕方、ノルデン連邦から再び通信が入った。


――市民の犠牲をこれ以上増やさぬため、

――指導部の即時投降を要求する。


リーゼが紙を受け取り、破いた。

「市民を理由にするの、好きね」

「市民は、いつも便利だ」

「死ぬのは、いつも同じ層なのに」

私は通信将校に言った。

「返答は不要」

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