第5話
―王都戦区
王都アーデルシュタットが戦区に指定されたのは、公式には戦争開始から十二日目だった。
だが実際には、もっと前からそう扱われていた。都市は、戦争に参加する。
それは比喩ではなく兵力配置、補給路、遮蔽物、人口密度。都市は、一つの兵器になった。
司令部の壁に貼られた地図は、すでに「街」ではなかった。
色分けされた区画と、数字と、射界。
人間の住む場所は、すべて数値に置き換えられている。
「中央行政区、防衛部隊配置完了」
「旧市街区、狙撃班展開」
「南部居住区、地下連絡路確保」
報告が淡々と積み重なる。
声に揺れはない。
リーゼが言った。
「これで、王都は都市としては死んだわね」
「死んだ都市は、使いやすい」
「皮肉ね」
「戦争は、いつも皮肉だ」
ノルデン連邦軍は、王都を包囲する形で前進してきた。
彼らは急がない。
時間は常に彼らの味方だ。
民主主義国家は、急がない戦争を好む。
議会に説明できる速度で、確実に進む。
だが市街戦は、その速度を乱す。
死者の顔が可視化される。
「連邦軍、王都南西のフロイデン門前で停止」
参謀が報告する。
「理由は?」
「砲撃を控えています。民間被害を懸念しているとのこと」
リーゼが鼻で笑った。
「懸念。便利な言葉」
「懸念しているのは、被害じゃない」
私が言う。
「民間人を殺すと国内世論が怖いからな」
彼女は頷いた。
王都では、まだ市民が生きている。逃げられなかった者、逃げなかった者。理由は様々だが、結果は同じだ。
彼らは、戦場に残された。
夜、中央行政区に最初の砲撃が落ちた。王宮の外壁が崩れ、白い石が砕け散る。
それを見て、誰かが呟いた。
「外壁が……」
リーゼが即座に言う。
「象徴は、壊れてない。忘れられた瞬間に無くなるの」
私はその言葉を肯定も否定もしなかった。
ただ事実として、王宮はまだ「王宮」として機能している。
翌日、ノルデン連邦から通信が入った。
――市民の安全を最優先に考え、即時降伏を勧告する。
司令部内に、短い沈黙が落ちた。
「返答は如何いたしましょう」
将校が問う。
私は答えを用意していなかった。
用意する必要がなかった。
「無視だ」
「交渉の余地はないのでしょうか」
「交渉は、相手に利がある時にしかできないわ」
彼女は冷たく続けた。
「私たちは、まだ負け切っていない」
市街戦が始まった。旧市街区では、視界は二十メートルもない。
石畳、狭い路地、古い建物。理想的な殺し合いの環境だ。
慌しく連絡が来る。
「敵歩兵小隊、壊滅」
「こちらの損耗は」
「半数」
「十分だ」
誰もそれを残酷とは呼ばない。効率がいい、というだけだ。
南部居住区では、地下戦が始まった。労働者たちが作った地下通路が、今は兵の通路になっている。
中央行政区では、まだ銃声は少ない。
敵は近づかない。
象徴に触れるには、覚悟がいる。
私は司令部の一室で、作戦状況を眺めていた。地図の上で、赤と灰色が混じり合っている。
「おかしいわね」
リーズが唐突に地図に悪態をつけ始めた
「正義は、もっと単純な色を好む」
「唐突に地図の色合いに文句か?」
「おかしいじゃない連邦は、いつも汚れてるのにこんな色じゃあ綺麗すぎるわ」
砲声が近づいていた。王都は、完全に戦場になった。
それでも、私たちは引かない。
引く場所もない。
ここで戦い続ける限り、
ノルデン連邦は「正義」を名乗れない。
そして私たちは、
その名乗れない原因の中心に立ち続ける。
それが、将校としての仕事なのだから。
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