第4話
―敗北の計算
敗北は、突然やって来るものではない。
それは少しずつ、しかし確実に計算の中へ入り込んでくる。
王国軍総司令部では、毎朝六時に戦況報告が行われた。
しかしその内容は単純だった。
どこが落ち、どこが持ったか。
その日、北部の第二都市ケーニヒスフェルトが陥落した。
「工場地帯、完全に制圧」
「住民の避難は?」
「間に合っていません」
誰もその事実に驚く事がなかった。
わかりきった事だったからだ。
避難という言葉は、平時の概念だ。
戦争では、移動が最も危険な行為になる。
リーゼが地図の上で、ケーニヒスフェルトに小さな印を付けた。赤でも黒でもない、鉛筆の灰色だ。
「これで北部は終わりね」
「予定どおりだ」
「ええ。予定どおり悪い」
彼女はそう言って、次の地点――南部交通都市フロイデンブルクを見た。
「問題はここ。この都市が落ちれば、王都アーデルシュタットへの補給線は一本だけになる」
「一本あれば十分だ」
「三日分しかもたない」
「三日あれば、十分だ」
リーゼは驚いたように目を見開いて私を見た。
「あなた、いつから三日を“十分”だと考えるようになったの?」
「戦争を始めた日からだ」
彼女はそれ以上聞かなかった。
聞けば、わかりきった言葉が返ってくると考えたからだ。
王都徹底抗戦――その言葉は、司令部内ではすでに前提になっていた。
誰も「本当にやるのか」とは聞かない。
聞く者は、もう配置換えされている。
私は作戦文書を読み上げた。
「王都を三つの戦区に分割する。中央行政区、旧市街区、南部居住区」
中央行政区には、王宮、議会跡、司令部が集中している。
象徴の塊だ。
旧市街区は狭く、入り組んでいる。市街戦には向いているが、民間人も多い。
南部居住区は、労働者街だ。建物は頑丈で、地下施設が多い。
「守るのは、全てでしょうか」
若い参謀が聞いた。
「違う」
私は否定する。
「使うだ」
「使うとはどのような意味でしょうか」
「武器として使う」
リーゼが補足する。
「守るという発想を捨てなさい。王都は、もはや都市じゃない」
「では、なんなのでしょうか」
「戦後に残る証拠」
参謀は黙った。
理解したかどうかは重要ではない。
理解しなくても、命令は実行される。
午後、私は一人で地下通路を歩いた。
この司令部は、かつて行政官の連絡通路用に作られたものだ。戦争を想定していない構造で天井は低く、空気は重い。人間が長く居続けることを想定していないようだった。その感覚が、妙に気に入った。
思えば、私は軍人として多くを学んだ。
戦術、戦略、統計、兵站。
だが最も重要だったのは、・・諦め方・・だ。
若い頃、私は別の戦争を見ていた。
士官学校時代、遠い国で起きた内戦の記録だ。
瓦礫の中で、指導者が演説をしていた。
――我々は正義の側に立っている。
その数時間後、都市は消えた。
正義は、都市を守らない。
都市を使い切ったあとで、別の場所へ移動する。
リーゼとは、士官学校時代からの付き合いだった。
いつも何か私たち一般人には見えない何かを見ている様な少女だった。
そんな彼女はいつも、教官の言葉を全て疑い疑問を投げかけていた。
今でも、その姿勢は変わらない。
その中心で、私たちは指揮を執り続ける。
逃げる選択肢は、最初から存在しない。
国と一緒に、ここで終わる。
それは感傷ではなく、論理だった。
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