第7話
怖くなりポケットの中のお守りを握りしめる。
ふと、彼を見ると彼の首からもお守りがぶら下がっている。
確かめるように自分のお守り袋を開くと、内側に墨で書かれた文字がかすかに残る。
《健康祈願》の横に小さく《サナエ》とある。
同じ文字列が彼の胸元で揺れている。二重写しに見えて眩暈がする。
「お母さんは」
尋ねようとして喉が渇く。
仏壇の遺影が視界に入り、若い女性が微笑んでいる。
髪型も雰囲気も全く似ていないのに、鼻の形だけが奇妙に一致する。
「私のせいでお母さんは」言いかけて止める。
テーブルの上で溶けかかった氷がカランと音を立てた。
彼が立ち上がり、仏壇の引き出しから古びた日記帳を取り出す。
表紙に《サナエへ》と記されている。ページをめくる指先が震えているのは寒さからか、それとも興奮からか。
「お願い...します...読んでください」
文字を追うことで、決定的な真実を突きつけられる恐怖が襲う。
彼が読み上げる日記の内容が自分の記憶と一致していく中で見に覚えのない出来事が彼の口から語られていく、
母は、自分の不注意で交通事故を起こし自分だけ生きてしまった事を後悔し、私が死んだ数日後に娘の後を追って自ら命を絶った事。
母は彼に合わせる顔がないらしい、思えば私が親戚の家に行こうと誘った時も、母は忙しいと口籠った様子だった。
「私のせいで...お母さんが...」
混乱した思考が声に出る前に、彼が激しく首を振る。
日記の最後の行には涙の染みが広がっている。
「二人とも本当にごめんなさい」
嗚咽まじりの告白が胸を締め付ける。押入れの奥から出てきたオルゴールが勝手に鳴り始める。
「キラキラ星」の旋律が哀愁を帯びて響く。
自分が持っていたものと同じだが、蓋の裏側に刻まれたイニシャルは
《S,M》だ。
窓ガラスに映る自分の影が不自然に薄い。生き霊なんて非科学的すぎると思う一方で、この状況自体が既に超常現象だ。
「私は...どうすればいいの」
問いかけると同時に、答えはもう分かっている気がした。日記帳の角が汗でふやけている。彼の掌の温もりが、今度こそ本物だと確信できる温度で伝わってくる。
言葉に出せない感情が喉の奥で渦巻く。
台所の蛇口から一滴ずつ落ちる水音が、鼓動と同期する。
「私、ずっと一人ぼっちだった」
呟きが宙に浮く。
彼の小指のささくれが視界に入る。幼い頃、自転車の練習で転んでできた傷痕と同じ位置だ。
冷蔵庫の磁石掲示板に貼られた幼稚園の工作作品──紙粘土で作った太陽が、ひび割れて変色している。
「お父さん」
もう一度呼ぶと、今度ははっきりと響いた。
自分でも驚くほど穏やかな口調だった。
押入れの隅でほこりをかぶった人形箱を開ける。
着せ替え人形の服の袖に
《サナエ》
とマジックで書いてある。過去と現在が交錯し、めまいがする。仏壇の鐘を鳴らす音が遠くで聞こえた。線香の煙が天井近くでゆらめいている。
時計の針が正午を指す。蝉の鳴き声が一斉に止み、不自然な静寂が訪れる。
「あと三日」
カレンダーの日付を指さす彼の指関節が白くなる。
押入れの布団の間からアルバムが滑り落ち、開いたページには七五三の着物姿の女の子がいる。髪飾りのリボンが今の自分の持ち物と酷似している。
「ごめんね、心配ばかりかけて」
謝ろうとして、逆に彼がうつむく。
水槽で金魚が跳ねる音がした。水面に浮かんだ油膜が虹色に光っている。
突然、電話が鳴る。受話器を取った彼の背中が硬直する。
「はい」
短い応答の後、無言でうなだれる。葬儀社からの連絡だと直感した。遺骨を納める時期の話をしているのだろう。アルバムの最終ページに貼られたシール──パンダの絵柄の隣に
「また会おうね」
と拙い字で書かれている。指でなぞりながら、永遠の別れが近づいているのを悟った
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