第20話 影は歩み寄る
夜明け前の街はまだ薄暗く、冷たい空気が漂っていた。
セバスは屋根の上に立ち、静かに街を見下ろしていた。
密偵たちの報告は彼の予想をはるかに超えていた。
「……追跡不能か」
セバスは小さく呟いた。
密偵たちの実力は折り紙付きだ。
その彼らが揃って追えないと言う。
それはつまりルイという男は、常識の外側にいる存在だということだ。
「ならば私が確かめるしかない」
セバスはマントを翻し、屋根から飛び降りた。
音もなく着地し、街外れへ向かって歩き出す。
ルイはというと朝の川沿いで煙草を吸っていた。
川面に映る朝日が揺れ、風が心地よく吹き抜ける。
「……やっぱり朝は静かでいいな」
煙草をくわえ、ゆっくりと煙を吐く。
その姿はただの冒険者にしか見えない。
セバスは遠くからその背中を見た瞬間、胸の奥がざわりと揺れた。
本来なら、視界に捉えている以上、気配は感じられるはずだ。
だがルイからは、まるで存在そのものが薄いような感覚しか伝わってこない。
セバスは静かに歩み寄った。
足音は消し、気配も完全に殺している。
普通の冒険者なら、気づくはずもない。
だが――
「おはよう」
ルイは振り返り、煙草をくわえたまま軽く手を挙げた。
セバスは思わず足を止めた。
完全に気配を消していたはずだ。
それなのにルイは自然に気づいた。
セバスの思考が一瞬止まる。
だがルイは気にした様子もない。
「朝から散歩か?」
まるで旧知の友人に話しかけるような口調で言った。
セバスは深く息を吸い、静かに頭を下げた。
「セバス・アーレスト。領主アーレストの側近を務めております」
「へぇ。偉い人か」
ルイは煙草を指で弾き、灰を落とした。
その仕草はあまりにも自然でそこに力を感じさせる要素は何一つない。
だがセバスは確信した。
(……底が見えない)
目の前に立っているだけで、
空気が変わる。
圧迫感ではない。
威圧でもない。
ただ存在の質が違う。
セバスは静かに言葉を続けた。
「あなたに街のことでお話がありまして」
「街のこと?」
「……ああ、治癒が止まってる件か」
「ご存じでしたか」
「まぁギルドで聞いたしな。俺にできることがあるなら言ってくれ」
と、あっさり言った。
セバスはその言葉に胸の奥がわずかに震えた。
それだけで十分だった。
セバスはルイの言葉を聞き、静かに息を吐いた。
「……ありがとうございます。あなたがそう言ってくださるだけで救われます」
「そんな大げさなもんか?」
ルイは肩をすくめた。
だがセバスには分かっていた。
この男が本気で動けば街の状況は一変する。
だからこそ絶対に敵にしてはいけない。
セバスは強くそう感じた。
「ルイ殿。あなたに一つお聞きしたいことがあります」
「ん?」
「……南門での戦闘。あなたはジャイアントベアを一撃で倒したと聞きました」
「ああ、あれか。あいつらでかいだけで動きが鈍いしな」
ルイは本当に雑談のように語った。
だがセバスは、その言葉の裏にある事実を理解していた。
常識ではありえない。
だがルイはそれを当然のように語る。
「あなたは……何者なのですか?」
セバスは慎重に言葉を選んだ。
敵意は一切含めず、ただ純粋な疑問として。
ルイは煙草をくわえたまま、
少しだけ考えるように空を見上げた。
「何者って言われてもなぁ……」
そしてゆっくりと答えた。
「ただの冒険者だよ」
「……分かりました。あなたが街に害をなす存在でないことは、
今ので十分に理解しました」
セバスは深く頭を下げた。
「ルイ殿。どうかこれからも街を……人々を助けていただければ幸いです」
「まぁ困ってるやつがいたら助けるさ」
ルイは煙草を指で弾き、灰を落とした。
その仕草は何気ない。
だがセバスには、その一つ一つが異質に見えた。
力だけではない。
気配、存在感、判断、言葉。
どれもが常識の外側にある。
だが危険ではない。
むしろ絶対に味方でいてほしい存在。
セバスは確信した。
「では、私はこれで失礼します」
セバスは静かに頭を下げ、静かにその場を去った。
その背中には絶対にこの男を敵にしてはならないという強い決意が宿っていた。
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