第18話 影は静かに真実を求める
街の空気がほんの少しだけ軽くなっていた。
冒険者ギルドの前には薬草を抱えた冒険者たちが列を作り、
受付嬢は慌ただしくも明るい声で対応している。
「領主様の決定で回復薬の材料を優先配布します!
討伐依頼を受けた方から順にお渡ししますので並んでくださーい!」
治癒が止まって以来、街はずっと重苦しい空気に包まれていた。
だが領主が保有していた薬草の備蓄を解放したことで、
冒険者たちは再び討伐に出られるようになった。
ルイは煙草をくわえながら、ギルドの向かいにある古びた薬屋へ向かった。
軒先には乾燥させた薬草の束が吊るされ、店の奥からは煎じ薬の香りが漂ってくる。
「おや兄ちゃん。煙草の葉ならちょうど良いのが入ったよ」
腰の曲がった老婆が皺だらけの手で包みを差し出した。
ルイは受け取りながら軽く煙を吐いた。
「助かる。これがないと落ち着かねぇ」
「まったく若いのに煙草ばかり吸って……。
でもあんたは顔色がいいねぇ。怪我はしてないのかい?」
「まぁな。運がいいだけだ」
老婆はどこか嬉しそうに笑った。
「また足りなくなったらおいで。
薬草のほうも領主様のおかげで少しは出せるようになったから」
ルイは軽く手を挙げて店を出た。
そのまま街を歩き、屋台の匂いに誘われて足を止める。
「兄ちゃん焼き鳥どうだい?今日はいい肉が入ってるよ!」
「……一本」
焼き鳥を受け取り、煙草と一緒に口にくわえる。
香ばしい匂いと肉汁が広がり、思わず目を細めた。
「……うまい」
街のざわめきが戻りつつある。
冒険者たちの声、商人の呼び込み、
子どもたちの笑い声。
治癒が止まっている不安は消えていないが、
それでも街は少しだけ息を吹き返した。
ルイは食堂にも立ち寄り、昼から肉料理を頼んだ。
「兄ちゃん、今日は景気がいいねぇ」
「……たまにはな」
肉を頬張りながら、ふと森で感じた違和感を思い出す。
街が落ち着いている今はのんびりすることにした。
食後、煙草を吸いながら街を歩く。
*
領主邸の一室。
厚いカーテンが光を遮り室内には静かな緊張が漂っていた。
セバスは机の上に並べられた数枚の報告書に目を通し、静かに息を吐いた。
「……またですか」
報告書には森とダンジョンで発見された異常な痕跡が記されていた。
・森では地形が不自然に抉れている
・ダンジョン内では魔物が爆散している
・魔物の湧きが増えている
密偵の一人が膝をつき深く頭を下げた。
「セバス様。森のほうは地形が荒れておりますが……
ダンジョン内は壁も床も再生するため痕跡は残りません。
魔物だけが爆散しているのです」
セバスは報告書を閉じ、静かに頷いた。
「ご苦労でした。引き続き監視を」
密偵が去ると部屋に静寂が戻った。
セバスは報告書を指先で軽く叩きながら思考を巡らせる。
治癒が止まり、街は混乱している。
冒険者ギルドでは怪我人が溢れ、討伐依頼は滞っている。
第四師団も動きが鈍り、街の防衛力は落ちていた。
そんな状況で森とダンジョンの異常。
嫌な予感が拭えない。
セバスは立ち上がり、領主の執務室へ向かった。
*
領主アーレストは窓辺に立ち、街を見下ろしていた。
治癒が止まった影響は深刻で街の空気は重い。
怪我人を抱えた家族が治癒院の前で列を作り、
冒険者たちは討伐を避け、ギルドは混乱している。
「セバス、例の件か」
「はい。森とダンジョンの異常について追加の報告が」
セバスは報告書を差し出し、領主は目を通す。
眉がわずかに動いた。
「……魔物が爆散、か。そんな現象、聞いたことがないな」
「はい。森では地形が抉れ、ダンジョンでは魔物が爆散している。
そして魔物の湧きそのものが増えているようです」
領主は腕を組み、静かに考え込んだ。
「……セバス。第四師団の団長を呼べ。南門の戦闘について改めて聞きたい」
「承知しました」
セバスは一礼し、部屋を出た。
*
しばらくして第四師団の団長バウトラントが緊迫した面持ちで執務室に入ってきた。
「領主様、セバス様。お呼びと伺い参上しました」
「楽にせよバウトラント。南門での戦闘について詳しく聞かせてもらいたい」
団長は一瞬ためらった。
だが隠すべきではないと判断し、口を開いた。
「……あの時、我々はジャイアントベアの群れに襲われました。
兵士たちは恐怖し、戦線は崩壊寸前でした。そこに一人の冒険者が現れました」
セバスの目がわずかに細くなる。
「名は?」
「ルイ、と名乗っていました」
領主とセバスが視線を交わす。
「続けよ」
団長は深く息を吸い、はっきりと言った。
「はい。彼は信じがたい力を持っていました。
ジャイアントベアを一撃で粉砕し、地面が裂けるほどの衝撃を生み出しました。
兵士たちは誰も近づけなかったほどです」
言葉には恐怖と敬意が入り混じっていた。
「ですが彼は味方です。兵士を助け、何事もなかったかのように去っていきました」
セバスは静かに頷いた。
「森の抉れた地形。ダンジョンでの魔物の爆散。
どれも同一人物の仕業と考えるのが自然でしょう」
領主は深く息を吐き、静かに窓の外へ視線を向けた。
団長バウトラントの報告が終わると室内には重い沈黙が落ちた。
領主アーレストは深く息を吐き、ゆっくりと椅子に腰を下ろす。
「……ジャイアントベアを一撃で、か。そんな者がこの街にいるとはな」
セバスは静かに頷いた。
「森の抉れた地形。ダンジョンでの魔物の爆散。そして南門での戦闘。
どれも同一人物の仕業と考えるのが自然でしょう」
領主は机に肘をつき、指を組んだ。
「その男……ルイと言ったか。兵士を助けたというのは確かだな?」
バウトラントは胸に手を当て、力強く頷いた。
「彼は味方でした。兵士を救い、危険を排除し、
その後は何事もなかったかのように去っていきました。
あれほどの力を持ちながら街に害をなす様子はありませんでした」
領主はしばらく黙り込み、やがてゆっくりと立ち上がった。
「……だが力が強すぎる。味方であれば心強いが、
敵に回れば街がひとたまりもない」
「はい。ゆえに慎重に見極める必要があります」
領主は窓の外を見つめた。
夕日が街を赤く染め、遠くで鐘の音が響いている。
治癒が止まり、街は不安に包まれている。
そんな中で規格外の力を持つ男が動いている。
「……セバス。お前に任せる。必要な調査を進めてくれ」
「承知しました」
セバスは深く頭を下げた。
団長が退出し、執務室には領主とセバスだけが残った。
「セバス。お前の目から見て……その男はどう映る?」
領主の問いにセバスは少しだけ考えた。
「……判断材料が足りません。ただ兵士を助けたというのは事実。
敵意がある者の行動ではありません」
「ふむ……」
領主は顎に手を当て静かに考え込む。
「しかし森とダンジョンの異常は看過できん。
魔物の湧きが増えているのも気になる」
「はい。ゆえにまずは彼の行動を追い、
街に害をなす存在ではないかを見極める必要があります」
領主は深く息を吐き、静かに言葉を紡いだ。
「……頼んだぞセバス」
「御意」
セバスは静かに頭を下げた。
*
夜。
領主邸の屋根の上に黒い影がひとつ。
月明かりに照らされ、その影は風に揺れるマントを翻しながら街を見下ろしていた。
セバスだ。
昼間の喧騒が嘘のように夜の街は静まり返っている。
だがその静けさの裏で確実に何かが動き始めていた。
「……ルイ。あなたが何者であれ、
街に害をなす存在でないことを祈りたいものです」
セバスは屋根から飛び降り、音もなく闇に溶けていった。
こうしてルイという男を巡る調査が静かに始まった。
街の混乱、森とダンジョンの異常、そして規格外の力を持つ冒険者。
すべてが一本の線で繋がり始めていた。
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