第17話 間引きの刃は激情に揺れる
冒険者ギルドの掲示板は、朝の光を受けて静かに輝いていた。
だがその前に立つ冒険者たちの表情は暗い。
依頼の札は多いのに討伐系だけが妙に残っている。
普段なら真っ先に消えるはずの高報酬依頼が今日は手つかずのままだ。
受付嬢は疲れたように肩を落としながらルイに説明した。
「最近、怪我人が増えすぎて……。
森もダンジョンも魔物の湧きが早くなっているんです。
治癒もまともに受けられない状況で、討伐は危険すぎて」
ギルドの奥では、包帯を巻いた冒険者が椅子に座り、
仲間に支えられながら呻いていた。
治癒師が足りず、軽傷でも数日待ち。
もはや重傷者は放置状態。
ルイは煙草をくわえたまま、薬草採取の札に手を伸ばした。
タバコの葉もそろそろ補充したい。
そんな思いが手に乗っていた。
「じゃあ、これで――」
受付嬢は申し訳なさそうに首を振った。
「ルイさんには……討伐をお願いしたいです。
このままだとまたスタンピードが起きかねません。
優秀な冒険者にしか任せられなくて」
ルイは煙を吐きながら、面倒くさそうに眉をひそめた。
「……優秀じゃないんだが、仕方ないな」
本当は薬草採取で静かに過ごしたかったがギルドの事情も理解できる。
森もダンジョンも魔物が増えすぎているのは事実だ。
治癒がまともに受けられない今、怪我人を増やすわけにもいかない。
ギルドを出ると冬の冷たい風が頬を撫でた。
街の空気はどこかざわついている。
ルイの胸の奥に小さな苛立ちが積み重なっていく。
森に入ると魔物の気配が濃かった。
普段なら散発的に現れるはずの小型魔物が今日は群れを成して動いている。
木々の間を抜ける風がどこかざわついているように感じられた。
「……増えすぎだろ」
ルイは剣を抜き、軽く振るった。
斬撃が一閃し、風が走り、魔物がまとめて吹き飛ぶ。
魔物の断末魔が森に溶けていく。
だが戦闘の最中にふと気づく。
「……煙草の葉、残り少ねぇな」
じわじわとストレスが溜まっていく。
森の間引きを終えたあとルイはその足でダンジョンへ向かった。
入口に立つと中から魔物の気配が溢れ出しているのが分かった。
まるでダンジョンそのものが息を荒げているようだった。
「……こっちもかよ」
ダンジョンは特殊だ。
壁も床も破壊されても瞬時に再生し、地形は元通りになる。
魔物の湧きも早い。
つまり――ルイが本気を出しても問題がない場所だった。
ルイは煙草を深く吸い込み、ぼそりと呟いた。
「……ちょっとだけ、やるか」
ルイが一歩踏み込むたび、ダンジョンの空気が震えた。
魔物の気配は濃く、まるで壁の向こう側から押し寄せてくるようだった。
湧きの早さは明らかに異常で、通路の奥からは絶え間なく唸り声が響いてくる。
「……どんだけ増えてんだよ」
呆れたように呟きながらもルイの足取りは軽い。
斬撃を飛ばすたびに胸の奥に溜まっていたうっぷんが少しずつ薄れていく。
魔物が霧散する光景は彼にとっては掃除に近い感覚だった。
通路の先で三体の大型魔物が姿を現した。
牙を剥き咆哮を上げながら突進してくる。
だがルイは煙草をくわえたまま、剣を軽く振った。
――空気が裂ける。
次の瞬間、三体の魔物は同時に霧散した。
斬撃が速すぎて、断末魔すら上げられない。
「……はいはい、次」
ルイは淡々と歩き続ける。
その背中には、怒りとも倦怠ともつかない熱が揺れていた。
ダンジョンの奥へ進むほど魔物の密度は増していった。
通路の両側から湧き出すように現れ、
まるでルイを飲み込もうとするかのように迫ってくる。
だがルイの剣が一度振るわれるたびその圧力は一瞬で消え去った。
斬撃が通路を駆け抜け、魔物の影が霧散し、光の粒が舞う。
壁は切り裂かれ、床は波打ち、だがすぐに再生して元通りになる。
この壊しても壊しても戻る空間は、
ルイにとっては都合が良すぎた。
「……こういう時だけ便利だよな、ダンジョンって」
皮肉めいた独り言を漏らしながら彼はさらに奥へと進んだ。
やがて広い空間に出た。
魔物の気配が渦を巻き、まるで巨大な塊のように押し寄せてくる。
ルイは煙草をくわえ直し、深く吸い込んだ。
「……ちょっと溜まってんだよな、最近」
その言葉と同時に、剣が横一閃に振るわれた。
――轟音。
斬撃が空間全体を薙ぎ払い、
魔物の群れが一瞬で霧散した。
光の粒が吹雪のように舞い、
ダンジョンの壁が一斉に裂けては再生する。
その光景は、破壊と再生が同時に起きる異様な美しさを帯びていた。
ルイは煙を吐きながら、
その中心をゆっくりと歩いた。
「……これでしばらくは大丈夫だろ」
魔物の気配は薄れ、
ダンジョンは静けさを取り戻していた。
その静けさはルイが通り過ぎた後のものだ。
地上に戻ると夕日が街を赤く染めていた。
ルイは煙草の火を指でつまんで消し、空を見上げる。
「……煙草の葉あるかなぁ」
その背後で、ダンジョンの入口から白い霧がゆっくりと流れ出ていた。
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