第16話 サイドストーリー:影は静かに暗躍する

領主邸の朝は静謐だった。

その静けさの中でもセバスは常に忙しい。


「本日の領主様の予定は午前に商人ギルドとの面会。

午後は領内の税収報告の確認でございます」


若い侍従が緊張した声で報告する。

セバスは淡々と頷き書類を整えながら指示を出した。


「商人ギルドには寄進制度の件で領主様が懸念を抱いておられると伝えなさい。

税収報告は昨年比で不自然な増減があれば即座に私へ」

「は、はい!」


侍従が慌てて走り去る。

セバスはその背を見送り、静かに紅茶を一口含んだ。


「……聖教会本部の動きが活発ですな」


独り言のように呟き机の引き出しを開ける。

そこには密偵たちから届いた報告書が整然と並んでいた。

査察官が領内に入ったこと。

寄進制度の強化を求める声が王都で上がっていること。

そして――王女殿下の周囲で妙な噂が囁かれていること。


「……真偽は不明。扱いを誤れば火種になりますな」


セバスは報告書を閉じ、立ち上がった。


「領主様にお伝えするにはまだ材料が足りません。

まずは街の様子を確認いたしましょう」


燕尾服の裾を整え、静かに領主邸を後にした。

街へ向かう馬車の中でセバスは窓の外を眺めていた。

冬の風が吹き、街路樹が揺れている。

だが街の空気はどこかざわついていた。

南門に近づくとその理由がすぐに分かった。

倒れたジャイアントベア六体。

地面に刻まれた裂け目。

屋台の残骸。

そして怒りと混乱に満ちた住民たち。

セバスは馬車を降り、ゆっくりと歩き出した。


「……これはただの魔物騒ぎではありませんな」


周囲を観察していると路地の影から黒衣の密偵が現れた。


「セバス様、街が騒然としております」

「見れば分かります。南門の戦闘を目撃した者を探しなさい。

何者かが動いているようです」


密偵は深く頭を下げ、影へ消えた。

セバスはさらに歩みを進める。

街の中心では治癒を求める住民たちが押し合い、怒号が飛び交っていた。

第四師団の兵士たちが必死に押しとどめているが、

査察官は寄進を払えぬ者を冷たく突き放している。

セバスは静かに歩み寄り、短く言葉を交わした。

領主の名を告げ、領民の扱いを正すよう求めたが、

査察官は本部の権威を盾に拒み、場の空気は一瞬で凍りついた。

――その結果、査察官の顔色が変わり、周囲の兵士と住民が息を呑む。

セバスは丁寧に一礼し、何事もなかったかのように背を向けた。

裏路地に入ると別の密偵が膝をついた。


「セバス様。査察官についていくつか情報が」

「聞きましょう」

「寄進の一部を横流ししているようです。

また王都の聖教会と接触が増えているとか……

ただ噂の域を出ません」


セバスは軽く頷いた。


「……王都の動きは慎重に扱いなさい。

王女殿下の周囲が騒がしいという噂もありますが、

真偽が不明なものは扱いを誤ると危険です」

「はっ」


密偵は影に溶けるように姿を消した。

セバスは歩きながら、静かに思考を巡らせる。


「聖教会本部、王都の動き、そして……未知の力。

領主様を守るため、すべてを整えねばなりませんな」

領主邸。

セバスは静かに一礼し、報告を始めた。


「街は不穏です。第四師団は本部と衝突寸前。

治癒師が拘束されかけています。

そして住民の怒りは限界に近い状態です」


領主は深く息を吐いた。


「……聖教会本部が領民を苦しめるなら私が止めねばならぬな」


セバスは胸に手を添え、恭しく頭を下げる。


「すでにいくつかの“準備”は整えております」


領主は立ち上がった。


「街へ向かう。領民を守るのが私の務めだ」


セバスは静かに目を閉じた。


「御意」

夜。

セバスは領主邸の廊下を一人歩きながら、

南門で見た裂け目を思い返していた。


「……あの威力。いずれ正体を掴まねばなりませんな」


静かに、しかし確実に。

影は動き始めていた。

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