第15話 静かに満ちる怒気と、領主の影

南門での騒ぎが収まったのは日が傾き始めた頃だった。

倒れた六体のジャイアントベアは第四師団の兵士たちによって運び出され、

裂けた地面には縄が張られ、住民が近づかないようにされている。

だが街の空気は落ち着くどころか、むしろ荒れていた。

「治癒師を拘束だと……?」

「寄進が払えないから治癒は後回し?ふざけるな!」

「査察官は何様のつもりだ!」

怒号があちこちで上がり、

治癒を求める列は混乱し、第四師団の兵士たちは住民をなだめるのに必死だった。

エルナは治癒を止められ、悔しさに唇を噛んでいた。

「お願いです、怪我人が……!

寄進が払えないからって見捨てるなんて……!」

だが査察官は冷たく言い放つ。

「規定だ。寄進を払えぬ者は後回し。治癒師は勝手な治癒を禁ずる」

バウトラント団長が一歩前に出た。

「査察官殿ここは戦場だ。規定よりも命が優先されるべきだろう」

「黙れ。第四師団は本部の指示に従え」

二人の間に火花のような緊張が走った。

兵士たちは団長の背後に立ち、査察官の護衛たちも手を武器に添える。

爆発寸前だった。

その混乱の中、一台の黒い馬車が静かに街へ入ってきた。

馬車から降りたのは黒い燕尾服に身を包んだ老人――セバス。

領主の執事であり、領主の“影”とも呼ばれる男。

彼は騒ぎの中心へ向かいながら倒れたジャイアントベアと裂けた地面、

そして住民の怒りを淡々と観察していく。

「……これはえらい惨状ですな」

声は穏やかで表情も変わらない。

だがその瞳は鋭くすべてを見透かしていた。

セバスは人混みを抜け、査察官の前に静かに立った。

「失礼いたします。領主様の執事セバスと申します」

査察官は眉をひそめた。

「領主?関係ない。ここは聖教会本部の管轄だ」

セバスは微笑んだ。

だがその笑みは氷のように冷たい。

「領主様は領民第一でございます。

領民が苦しんでいる以上、関係がないとは言えません」

「……何が言いたい」

「治癒を止め、領民を苦しめる権利があなた方にあるのか、ということです」

声は静か。

だが周囲の空気が一瞬で張り詰めた。

査察官は本部の権威を盾に反発する。

「我々は神の代行者だ。領主ごときが口を挟むな」

セバスはまばたき一つせず淡々と返す。

「では領主様にそのままお伝えいたしましょう“聖教会本部は領民を見捨てた”と」

査察官の顔色が変わった。

第四師団の兵士たちも住民たちも、その静かなやり取りに息を呑んでいた。

セバスは一礼し、馬車へ戻っていく。

その背中を見送りながらバウトラント団長は小さく呟いた。

「……あの男が動いたか」

領主邸。

セバスは膝をつき静かに報告した。

「街は不穏です。第四師団は本部と衝突寸前、治癒師が拘束されかけています。

そして住民の怒りは限界に近い状態です」

領主は目を閉じ、深く息を吐いた。

「……聖教会本部が領民を苦しめるなら、私が止めねばならぬな」

セバスは静かに頭を下げる。

「すでにいくつかの準備は整えております」

領主は立ち上がった。

「街へ向かう。領民を守るのが私の務めだ」

その頃、ルイは街外れの屋根の上で、

煙草をくゆらせながら騒ぎを眺めていた。

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