第14話 揺れる天幕と、静かな拒絶
第四師団の天幕は北門から少し離れた丘の上に張られていた。
白い布が冬の風に揺れ、内部からは低い声が漏れている。
ルイはエルナに案内され、天幕の前に立った。
「団長、ルイさんをお連れしました」
「入れ」
重い声が返りエルナが布をめくる。
中には鎧を脱いだバウトラント団長が地図の前に立っていた。
その目は鋭く、しかし疲れが滲んでいる。
「来てくれたか、ルイ」
「呼ばれたから来ただけだ」
バウトラントは椅子を勧めたがルイは座らずに立ったままだった。
団長は気にせず地図の上に手を置いた。
「単刀直入に言う。協力してほしい」
エルナが不安げにルイを見る。
バウトラントは続けた。
「本部の査察官が動き始めている。
お前の存在を嗅ぎつければ、間違いなく拘束に動く。
だが俺は……お前を守りたい」
ルイは煙草を咥えたまま、短く返した。
「守られる覚えはない」
バウトラントは眉を寄せた。
「お前の力は街を救える。第四師団は本部のやり方に従いたくない。
だが我々だけでは限界がある」
「……」
「協力してくれれば俺は全力でお前を守る。この街も治癒師たちも救える」
エルナが一歩前に出た。
「ルイさん……お願いします。団長は本部と戦ってでも、あなたを――」
ルイは手を上げて遮った。
「悪いが興味がない」
天幕の空気が一瞬で凍りついた。
バウトラントは目を細めた。
「理由を聞いてもいいか」
「誰かのために動くつもりはない。気が向いたときに動くだけだ」
エルナは言葉を失い、バウトラントは深く息を吐いた。
「……そうか。だが気が向いたときでいい。その時は俺たちを頼れ」
ルイは返事をせず、天幕を出ようとした。
唐突に外から怒号が響く。
「魔物だ!南門でジャイアントベアの群れが暴れてるぞ!」
「怪我人が出てる!治癒師を呼べ!」
「査察官が治癒を止めてる!寄進が払えない者は後回しだとよ!」
エルナの顔が青ざめた。
「また……!?」
バウトラントは剣を掴み、天幕を飛び出した。
「エルナ負傷者の元へ急げ!査察官が邪魔をするなら俺が止める!」
「は、はい!」
二人が走り去る中、ルイは天幕の入口で立ち止まった。
遠くから悲鳴と怒号が混じった声が聞こえる。
「くそっ……誰か助けてくれ!」
「子どもが巻き込まれてる!」
「治癒師は!?まだ来ないのか!」
ルイは煙草を指で弾いた。
火の粉が地面に落ち、白い煙が揺れる。
「……面倒だな」
南門へ向かう足音が、静かに響いた。
*
ちょうどその頃、Bランクパーティ《疾風の彼方》が街へ戻ってきていた。
北壁の焼損調査は空振りに終わり、疲れた様子で門へ向かっていた。
「結局、何も見つからなかったな」
「報告だけして終わりか……」
そのとき南門の方角から悲鳴が上がった。
「魔物だ!ジャイアントベアの群れだ!」
「行くぞ!」
《疾風の彼方》は走り出した。
南門に着くと六体のジャイアントベアが屋台をなぎ倒し、
逃げ遅れた子どもが壁際で震えていた。
「まずい……!」
彼らが武器を構えた瞬間、ジャイアントベアの前に影が落ちた。
ルイだった。
「お、おじさん……?」
ルイは片刃の柄に手を添えた。
「下がってろ」
六体のジャイアントベアが咆哮し、一斉に突進してくる。
地面が揺れ、土煙が舞う。
《疾風の彼方》のリーダーが叫んだ。
「危ない! 避けろ!」
しかしルイは動かない。
鞘を握り、刃をわずかに抜いた。
摩擦熱で淡い赤光が走る。
次の瞬間、ルイの姿がふっと消えたように見えた。
いや――速すぎて目が追いつかなかっただけだ。
ルイは一歩踏み込み、刃を横に払った。
――風が裂けた。
小範囲のはずの衝撃波が六体の巨体をまとめて薙ぎ払った。
前列の二体は横へ吹き飛び、
後列の四体も衝撃に巻き込まれて地面に叩きつけられる。
地面には浅い裂け目が刻まれ、屋台の布が風圧で揺れた。
《疾風の彼方》は言葉を失った。
「な……なんだ今の……」
「斬った……のか……?」
「いや、見えたけど……理解が追いつかねぇ……」
ルイは刃を鞘に戻し、煙草を咥え直した。
「……終わりか」
子どもが震えながら近づく。
「あ、ありがとう……」
ルイは軽く手を振り、歩き出した。
《疾風の彼方》のメンバーはその背中を見つめた。
「……あの人が……北壁の焼損の……?」
「いや、敵じゃない。街を救ったんだ」
彼らの視線の先でルイは煙草の煙だけを残して歩き去った。
街は揺れている。
本部の圧力は強まり、第四師団は板挟みになり、
領民の怒りは膨らんでいる。
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