第13話 揺れる街と、刃の温度
リステアの街は、ここ数日で騒がしさを増していた。
寄進の取り立ては厳しくなり治癒を求める者は増え、
第四師団の治癒師たちは本部の監視下で自由に動けない。
宿屋『銀介の宴』の前でルイは煙草に火をつけた。
白い煙がゆっくりと空へ昇っていく。
そのとき北の方角から低い咆哮が響いた。
街の外壁の向こう側で何かが暴れている。
ルイは煙草を咥えたまま歩き出した。
*
北門付近は騒然としていた。
冒険者と兵士が入り混じり、外壁の上では弓兵が慌ただしく動いている。
「魔物だ!北の森から群れが来てる!」
「治癒師は!?第四師団はまだ来ないのか!」
「本部の査察官が許可を出さねぇんだとよ!」
怒号が飛び交う中ルイは外壁の階段を上り、外の様子を見下ろした。
森の影から黒い狼の群れが姿を現していた。
通常のウルフより一回り大きく毛並みは逆立ち、
目は赤く光っている。
外壁の上で弓を構えていた若い衛兵が息を呑んだ。
名はライナー。
外壁監視を任される真面目な兵士で街の防衛を誇りにしていた。
そのライナーが門の外に目を向けて顔を強張らせた。
逃げ遅れた商人の馬車が泥に沈んで動けなくなっていた。
「助けてくれぇぇ!」
兵士たちは動けずにいた。
門を閉めれば商人は死ぬ。
開けたままでは街が危険に晒される。
そのときルイが外壁から飛び降りた。
「えっ……!」
ライナーは弓を構えたまま固まった。
落下の衝撃をものともせずルイは片刃の柄に手を添えた。
ウルフの群れが一斉にこちらへ向かってくる。
ルイは煙草を咥えたまま短く言った。
「……急ぐか」
次の瞬間、空気が震えた。
シュッ――。
鞘の中で刃が加速し、摩擦熱で淡い赤光が走る。
半抜きの状態で放たれた衝撃波は小さく、しかし鋭かった。
ウルフが跳びかかる。
牙が迫る。
ルイは一歩踏み込み、鞘から刃を半身だけ抜いた。
――閃光すら見えない。
ウルフの首が音もなく落ちた。
続けざまに二体、三体。
ルイはほとんど動かない。
ただ刃をわずかに抜き、戻す。
その繰り返しだけで、魔物が次々と倒れていく。
外壁の上では兵士たちが騒いでいたが、
誰もルイの動きを捉えられていなかった。
ただ一人、ライナーだけが、
半抜きの刃が生む淡い赤光と、
小さな衝撃波の軌跡をかろうじて目に焼き付けていた。
「……速すぎる……」
声は震えていたが目は逸らさなかった。
ルイは馬車へ向かった。
「動けるか」
商人は震えながら頷いた。
「は、はい……!」
「なら急げ。後ろは片付ける」
ルイは馬車の後方に立ち、迫り来るウルフの群れを見据えた。
片刃をゆっくりと鞘から抜く。
刃が半分ほど姿を現した瞬間、摩擦熱で赤光が強まり周囲の空気が熱を帯びた。
ウルフたちが一斉に飛びかかる。
ルイは一歩踏み込み、刃を横に払った。
――風が裂けた。
半抜きの斬撃が弧を描き、十数体のウルフが同時に崩れ落ちた。
外壁の上で兵士たちがどよめく。
「な、なにがどうなってんだ……!」
しかし、誰も“何が起きたか”は理解していなかった。
ただ一人、ライナーだけが、
赤光の軌跡と衝撃波の広がりを見ていた。
「こんなに凄まじいのに…他の人は気づいてないのか…?」
ライナーは弓を下ろし、ルイの姿を見つめた。
「この人は……救世主だ」
その言葉は誰にも聞こえなかった。
ルイは刃を鞘に戻し、煙草を吐いた。
残ったウルフは怯え、森へと逃げ帰っていった。
商人の馬車は無事に街へ戻り門は閉じられた。
ルイは外壁の影に腰を下ろし、新しい煙草を巻き始めた。
ライナーは外壁の上からその姿を見つめ続けていた。
*
気配を感じて振り返ると第四師団の治癒師エルナが立っていた。
息を切らし、こちらを見つめている。
「ルイさん……どうして外に……」
「たまたま通りかかっただけだ」
エルナは首を振った。
「違います。あなたは……街を救ってくれたんですね」
ルイは煙草に火をつけた。
「気まぐれだ。深い意味はない」
エルナは小さく息を整えた。
「……団長があなたに会いたがっています」
ルイは立ち上がった。
「そうか」
「本部の査察官もあなたのことを探しています。
でも団長は……あなたを守ろうとしている」
ルイは片刃を軽く叩き、歩き出した。
外壁の上ではライナーが静かに見守っていた。
彼は誰にも言わず、ただルイの存在を胸に刻んだ。
街は揺れている。
聖教会本部の圧力は強まり第四師団は板挟みになり、
領民の怒りは膨らんでいる。
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