第13話 揺れる街と、刃の温度

リステアの街は、ここ数日で騒がしさを増していた。

寄進の取り立ては厳しくなり治癒を求める者は増え、

第四師団の治癒師たちは本部の監視下で自由に動けない。

宿屋『銀介の宴』の前でルイは煙草に火をつけた。

白い煙がゆっくりと空へ昇っていく。

そのとき北の方角から低い咆哮が響いた。

街の外壁の向こう側で何かが暴れている。

ルイは煙草を咥えたまま歩き出した。

北門付近は騒然としていた。

冒険者と兵士が入り混じり、外壁の上では弓兵が慌ただしく動いている。


「魔物だ!北の森から群れが来てる!」

「治癒師は!?第四師団はまだ来ないのか!」

「本部の査察官が許可を出さねぇんだとよ!」


怒号が飛び交う中ルイは外壁の階段を上り、外の様子を見下ろした。

森の影から黒い狼の群れが姿を現していた。

通常のウルフより一回り大きく毛並みは逆立ち、

目は赤く光っている。

外壁の上で弓を構えていた若い衛兵が息を呑んだ。

名はライナー。

外壁監視を任される真面目な兵士で街の防衛を誇りにしていた。

そのライナーが門の外に目を向けて顔を強張らせた。

逃げ遅れた商人の馬車が泥に沈んで動けなくなっていた。


「助けてくれぇぇ!」


兵士たちは動けずにいた。

門を閉めれば商人は死ぬ。

開けたままでは街が危険に晒される。

そのときルイが外壁から飛び降りた。


「えっ……!」


ライナーは弓を構えたまま固まった。

落下の衝撃をものともせずルイは片刃の柄に手を添えた。

ウルフの群れが一斉にこちらへ向かってくる。

ルイは煙草を咥えたまま短く言った。


「……急ぐか」


次の瞬間、空気が震えた。

シュッ――。

鞘の中で刃が加速し、摩擦熱で淡い赤光が走る。

半抜きの状態で放たれた衝撃波は小さく、しかし鋭かった。

ウルフが跳びかかる。

牙が迫る。

ルイは一歩踏み込み、鞘から刃を半身だけ抜いた。

――閃光すら見えない。

ウルフの首が音もなく落ちた。

続けざまに二体、三体。

ルイはほとんど動かない。

ただ刃をわずかに抜き、戻す。

その繰り返しだけで、魔物が次々と倒れていく。

外壁の上では兵士たちが騒いでいたが、

誰もルイの動きを捉えられていなかった。

ただ一人、ライナーだけが、

半抜きの刃が生む淡い赤光と、

小さな衝撃波の軌跡をかろうじて目に焼き付けていた。


「……速すぎる……」


声は震えていたが目は逸らさなかった。

ルイは馬車へ向かった。


「動けるか」


商人は震えながら頷いた。


「は、はい……!」

「なら急げ。後ろは片付ける」


ルイは馬車の後方に立ち、迫り来るウルフの群れを見据えた。

片刃をゆっくりと鞘から抜く。

刃が半分ほど姿を現した瞬間、摩擦熱で赤光が強まり周囲の空気が熱を帯びた。

ウルフたちが一斉に飛びかかる。

ルイは一歩踏み込み、刃を横に払った。

――風が裂けた。

半抜きの斬撃が弧を描き、十数体のウルフが同時に崩れ落ちた。

外壁の上で兵士たちがどよめく。


「な、なにがどうなってんだ……!」


しかし、誰も“何が起きたか”は理解していなかった。

ただ一人、ライナーだけが、

赤光の軌跡と衝撃波の広がりを見ていた。


「こんなに凄まじいのに…他の人は気づいてないのか…?」


ライナーは弓を下ろし、ルイの姿を見つめた。


「この人は……救世主だ」


その言葉は誰にも聞こえなかった。

ルイは刃を鞘に戻し、煙草を吐いた。

残ったウルフは怯え、森へと逃げ帰っていった。

商人の馬車は無事に街へ戻り門は閉じられた。

ルイは外壁の影に腰を下ろし、新しい煙草を巻き始めた。

ライナーは外壁の上からその姿を見つめ続けていた。

気配を感じて振り返ると第四師団の治癒師エルナが立っていた。

息を切らし、こちらを見つめている。


「ルイさん……どうして外に……」

「たまたま通りかかっただけだ」


エルナは首を振った。


「違います。あなたは……街を救ってくれたんですね」


ルイは煙草に火をつけた。


「気まぐれだ。深い意味はない」


エルナは小さく息を整えた。


「……団長があなたに会いたがっています」


ルイは立ち上がった。


「そうか」

「本部の査察官もあなたのことを探しています。

でも団長は……あなたを守ろうとしている」


ルイは片刃を軽く叩き、歩き出した。

外壁の上ではライナーが静かに見守っていた。

彼は誰にも言わず、ただルイの存在を胸に刻んだ。

街は揺れている。

聖教会本部の圧力は強まり第四師団は板挟みになり、

領民の怒りは膨らんでいる。

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