第12話 静かに満ちる不穏と、煙の向こう側

リステア西の草原は冬でも風がよく通る。

枯れ草の間に薬草の青い葉がひっそりと顔を出していた。

ルイはしゃがみ込み、根元を指で軽く押さえながら丁寧に摘み取る。

依頼は薬草採取。

単価は安いが静かに過ごしたい日にはちょうどいい。


「……こっちは質がいいな」


摘んだ薬草を布袋に入れ、ルイは周囲に視線を走らせた。

遠くの丘の上に鎧の光が一瞬だけ揺れる。

(今日も見張ってやがるか)

第四師団の騎士たちだ。

尾行は下手だが真面目さだけは伝わってくる。

ルイは気づかないふりをして次の薬草へと手を伸ばした。

冬の空は澄んでいて風の音だけが耳に残る。

魔物の気配も薄く穏やかな時間が流れていた。

昼過ぎ。

薬草を袋いっぱいに詰めたルイは冒険者ギルドの扉を押し開けた。

中はいつもより騒がしい。


「ふざけんなよ! 寄進が倍になってるじゃねぇか!」

「怪我人が出てるんだぞ! 治癒師を呼んだら金の話ばっかりだ!」

「第四師団の治癒師は来てくれないのかよ!」


怒号が飛び交い、受付のエミが困り果てた顔で対応している。


「み、皆さん落ち着いてください……! 本部の査察官が来てから第四師団の方々は勝手に動けないみたいで……」


ルイは薬草の袋をカウンターに置き、周囲を見渡した。

その中心に血の滲む腕を押さえた若い冒険者がいた。


「俺は……治してもらえないのか……?」


その声は弱々しく誰よりも切実だった。

ルイは歩み寄った。


「腕を見せろ」


若い冒険者は驚いたが言われるまま腕を差し出した。

深い切り傷。

放っておけば感染する。

ルイは腰の袋から布を取り出し、手際よく傷口を縛った。


「応急処置だ。これで少しは持つ」

「ありがとう……でも治癒魔法じゃないと……」

「治癒師を待つ必要はない」


ルイはギルドの外へ視線を向けた。

通りの向こう、白い法衣の影が見える。

第四師団の治癒師――エルナだった。

彼女は冒険者たちの怒号に気づき、迷いながらもこちらへ歩いてくる。

だがその背後には本部の査察官の姿もあった。

エルナは足を止めた。

査察官が冷たい目で彼女を見下ろしている。


「勝手な治癒行為は許可していないぞ」


エルナは唇を噛んだ。


「ですが……怪我人が……」

「寄進を払えない者に奇跡を与える必要はない。本部の方針だ」


冒険者たちの怒りが一気に高まる。


「ふざけるな!」

「命より金かよ!」

「聖教会はいつからこんな腐った組織になったんだ!」


エルナは震える声で言った。


「団長は……こんなやり方、望んでいません……」


査察官は鼻で笑った。


「団長の意見など関係ない。本部が決めることだ」


その瞬間ルイが歩み出た。


「……邪魔だ」


査察官が振り返る。


「何だ貴様は」


ルイは冒険者の腕を支えながらエルナの方へ歩いた。


「治癒師が治すと言っている。お前が口を挟むな」


査察官の顔が怒りで歪む。


「無礼者が……!」


エルナは驚いたようにルイを見つめた。


「ルイさん……」

「治せ」


エルナは一瞬だけ迷ったがすぐに頷いた。

両手を冒険者の腕にかざし、淡い光が溢れ出す。

傷口がゆっくりと塞がっていく。

冒険者は涙を浮かべた。


「ありがとう……本当に……」


査察官は怒りに震えた声で叫んだ。


「貴様ら……本部の命令に逆らうつもりか!」


ルイは煙草を咥え、火を灯した。

白い煙がゆっくりと空へ昇っていく。


「逆らってるのは……お前の方だろ」


査察官が言葉を失う。

ルイは続けた。


「治癒は人を救うためのものだ。金のためじゃない」


その言葉に冒険者たちも街の人々も静まり返った。

エルナは震える声で言った。


「ルイさん……ありがとうございます……」


ルイは煙を吐き、背を向けた。


「礼はいらん。……ただの気まぐれだ」


ギルドの空気は重いままだったが、

ルイはその場を離れながら、静かに街の様子を観察していた。

第四師団は動けない。

本部は寄進を強制し、街の不満は膨れ続けている。

冒険者たちも、領民も、限界が近い。

ルイは煙草を指で弾き、空を見上げた。

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