第11話 サイドストーリー:聖教会の確執

リステア北門から少し離れた丘の上。

白い天幕が冬の風に揺れ、聖教騎士団第四師団の紋章が冷たい光を返していた。

空気は鋭く冷え、天幕の布が時折ぱたつく音だけが静寂を破っている。

天幕の奥では団長バウトラントが机に広げられた書簡を見つめていた。

封蝋には聖都アークレアの紋章。

本部からの命令はいつも短く、そして重い。

北壁周辺で確認された異常な焼損。

治癒以外の理を扱う者が存在する可能性。

その者を確保し、聖教会の管理下に置け。

バウトラントは書簡を握りしめた。

治癒の奇跡を独占し、寄進と称した高額請求で街を縛る本部のやり方。

その延長線上に今度は攻撃の理まで手に入れようというのか。

本部の欲深さは年々増すばかりだった。

天幕の入口が揺れ、白い法衣の少女が姿を見せた。

エルナだった。


「団長、失礼します」

「また無理をしたな。休めと言ったはずだ」

「兵士たちの治療が終わりました。それより……団長の方が疲れているように見えます」


バウトラントは机の上の書簡を押しやった。


「本部からだ。北壁で見つかった焼損の調査を急げと命じてきた」

「治癒以外の理……例の光の斬撃のことですね」

「ああ。魔物を焼き切るなど本来あり得ない。だが本部はその力を手に入れたがっている」


エルナは息を呑んだ。


「その者を……捕らえるつもりなのですか」

「探さねばならん。だが本部に渡すつもりはない」


エルナの目が揺れる。

バウトラントは低く続けた。


「本部が動けばその者は治癒師と同じだ。奇跡の源泉として扱われ、死ぬまで搾り取られる。俺は……あのやり方には耐えられん」

「団長はずっと反対していましたね。治癒師を道具のように扱うやり方に」

「十年前の戦場で、どれだけの治癒師が倒れたか。本部は彼らを守らなかった。守るべき者を守らず利権だけを守った」


第四師団は違った。

街の者には安価で癒しを施し、寄進を強制することもない。

それは団長の信念であり、エルナや配下の騎士たちもそれに従っていた。

だが街の人々にとっては聖教会は聖教会でしかない。

本部の高額請求も第四師団の献身も、同じ白い法衣の下に隠れてしまう。

団長の正義は誰にも理解されないままだった。

そのとき天幕の外から慌ただしい足音が響いた。


「団長、本部から追加の使者が到着しました。特別査察官を名乗っています!」


バウトラントは立ち上がり、外套を手に取った。


「来やがったか」


エルナが不安げに見上げる。


「どうしますか」

「決まっている。本部に先を越される前に、その者を見つける。そして俺の手で守る」

「私も行きます。団長が間違った道を選ばないように、私が見ていなければ」


バウトラントはわずかに口元を緩めた。


「好きにしろ。だが絶対に離れるな」


二人は天幕を出た。

丘の下には黒い馬車が停まっていた。

聖都からの使者――特別査察官が降り立つ。

白銀の法衣に身を包み、冷たい目をした男だった。


「第四師団長。例の異端の力についてすぐに案内してもらおう」


バウトラントは動かずに答えた。


「確証はない。調査は我々が進めてく」


査察官は鼻で笑った。


「確証など不要だ。本部が欲しているのは力そのものだ。扱い方は我々が決める」


その物言いに、エルナはさすがに眉間にしわを寄せる。

その言葉は治癒師を資源として扱う本部の本音そのものだった。


「治癒師のように使えるだけ使えばいい。壊れたら代わりを探すだけだ」


バウトラントの拳が静かに握られた。

査察官は続けた。


「第四師団は本部の命令に従う義務がある。異端の力を持つ者を見つけ次第、拘束しろ」


バウトラントは息を整えた。


「第四師団は……本部の犬ではない」


査察官の目が細くなる。


「反抗か?」


沈黙が場を支配する。

査察官は冷たい笑みを浮かべた。


「本部の命令は絶対だ」


それだけを言い残し、馬車は丘を下って行った。

冷たい風が吹き抜け天幕の布が揺れた。

遠くで鐘の音が鳴り街の一日が始まろうとしていた。

エルナは小さく息を吸った。


「団長……よかったのですか?」


バウトラントは空を見上げた。

冬の雲が薄く流れていく。


「何とかして見せる。たとえ相手が本部でも」


その声には迷いがなかった。

だがその背中には誰にも理解されない孤独が静かに滲んでいた。

聖教会の利権、

本部の圧力、

治癒師の祈り。

そのすべてが北壁で魔物を焼き切った謎の存在――

ルイへと静かに収束し始めていた。

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