第10話 静かな酒場と姉妹の秘密

ルイはギルド併設の酒場へ戻ってきた。

昼下がりの酒場は朝の喧騒が嘘のように静かで、木製のテーブルに差し込む陽光が心地よい。

カウンターの奥では店主のウィストが大きな樽を抱えていた。

丸太のような腕で樽を持ち上げ、ルイに気づくと嬉しそうに手を振る。


「おう、ルイ! ちょうどいいところに来たな」

「何かあったのか?」

「新しいエールができたんだよ。試しに飲んでみてくれ」


ウィストは樽の栓を抜き、泡立つ琥珀色の液体を木製ジョッキに注いだ。

香ばしい麦の香りがふわりと広がる。


「ほらよ。今日は奢りだ」

「やけにテンション高いな。いつものぶっきらぼうはどうした、何か企んでるのか?」


ウィストはニヤリと笑い、胸を張った。


「 いいから飲んでみろ!俺も新しいエール飲みたくなってよ」


ルイは苦笑しながらジョッキを受け取り、一口含んだ。

口当たりは軽いが後味に深いコクが残る。


「……悪くない。前のより飲みやすい」

「だろ?そう言ってもらえると嬉しいな」


ウィストが満足げに笑ったそのとき、

酒場の入口から軽い足音が聞こえた。

振り向くと紺色のローブを揺らしながら セレナ が歩いてきた。

書類の束を抱え、いつもの落ち着いた表情だ。

(ちょうどいいタイミングだな)

ルイはジョッキを置き軽く手を挙げた。


「セレナ。仕事の合間か?」

「ルイさん。ええ、少し休憩を」


セレナが近づいたとき、ルイの視線がふと彼女の首筋に止まった。

ローブの襟元から薄く残った傷跡が覗いている。


「……その傷どうした?」


セレナは一瞬だけ驚いたように目を瞬かせ、指先で首筋に触れた。


「ああ、これですか。以前、少し魔物に引っかかれてしまって。

妹が治療してくれたのですが……少しだけ跡が残ってしまいました」

「妹……? 名前は?」

「エルナ、と言います」


ルイの手が止まる。


「あのときのエルナか……似てないな」


セレナは小さく笑った。


「よく言われます。性格も見た目もあまり似ていませんから」


ウィストはカウンター越しに二人を見ながら、にやにやとエール樽を磨いている。

セレナはジョッキを受け取り、静かに一口飲んだ。


「……本当に飲みやすいですね。ウィストさんの腕前には驚かされます」

「だろ?もっと褒めてくれてもいいんだぜ副ギルマスさんよ」


セレナは苦笑してた。

午後の光が差し込む酒場で三人の穏やかな空気が流れていく。

セレナはジョッキを置き、ふと窓の外へ視線を向けた。

冬の陽光が街路を照らし、行き交う人々の影が長く伸びている。


「……こうしてゆっくり飲むのは久しぶりです」

「副ギルマスは忙しそうだからな」

「ええ。書類と報告書に追われる毎日です。でもこういう時間も悪くありませんね」


セレナはそう言ってほんの少しだけ肩の力を抜いた。

普段の彼女からは想像できないほど柔らかな表情だった。

ウィストがカウンター越しに声を張る。


「セレナさん飲み足りなかったら言ってくれ、

次の樽も試してほしいんだ」

「ふふ……お気持ちだけいただいておきます」


その笑顔にウィストは肩をすくめた。

ルイはジョッキを指で軽く回しながらぽつりと口を開く。


「エルナは……一生懸命になりすぎてたのが気になったな」


セレナは一瞬だけ驚いたように目を瞬かせたが、すぐに柔らかく微笑んだ。


「そうですね。あの子は昔から人のためとなると周りが見えなくなるところがあります。

……良くも悪くも真っ直ぐなんです」


ウィストは頷きながら、エール樽を磨き続けている。

セレナは再びジョッキを手に取り、静かに一口飲んだ。


「……本当に良い時間ですね」


ルイは返事をせず、ただエールを口に運んだ。

外壁の緊張感とは違う静かで温かな午後の空気が酒場に満ちていた。

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