第8話 冒険者ギルドの喧騒と影

この日のギルド『鉄槌の旗手』は、朝から冒険者たちの怒号と笑い声で満ちていた。

掲示板の前では依頼を巡る押し合いが起こり、酒場スペースでは昨夜の武勇伝が飛び交っている。

冬の冷気を押し返すような熱気が石造りのホールに渦巻いていた。


「おい、どけ! 今日こそは『紅蓮の毒蜘蛛』の依頼は俺たちが仕留めるんだよ!」


声を張り上げているのは、街でも名の知れた

Bランクパーティ『疾風の彼方』 の三人だ。

リーダーの ガーウィン は背丈を優に超える大剣を背負い、獲物を前にした獣のような笑みを浮かべている。

隣では魔術師ミラが銀髪をかき上げ退屈そうに魔導杖を弄んでいた。


「ガーウィン、声が大きいわよ。それより見て。この『飛竜の目撃情報』……報酬が金貨三十枚よ」

「飛竜か……悪くねぇな。なぁライア、お前はどう思う?」


斥候の ライア は短剣の柄を軽く叩き口元を吊り上げた。


「どっちでもいいぜ。俺の足を止められる魔物なんてこの辺境にはいねぇからな」


周囲の若手冒険者たちは羨望と畏怖の入り混じった視線を三人に向けていた。

彼らが動くだけでギルドの空気が一段階熱を帯びる。

その喧騒の中、ギルドの扉が勢いよく開いた。


「おーい! 誰か酒持ってこーい! 」


街の守衛 ヴィッツ が千鳥足で入ってきた。

革鎧は歪み、顔は酒で真っ赤だ。

ヴィッツはカウンターに突っ伏すと近くにいたガーウィンの肩をバシバシ叩いた。


「おいガーウィン! 昨日の巡回でよぉ……とんでもねぇもんを見ちまったんだ!」


ガーウィンは眉をひそめる。


「なんだよ親父。どうせまた見間違いだろ」

「ち、違うっての! とにかく普通じゃねぇんだよ! あれは……あれは……」


ヴィッツは言葉を探すように口を開けたり閉じたりしたが、酔いのせいで話がまとまらない。

ミラが呆れたようにため息をつく。


「……酔っ払いの話ほど当てにならないものはないわね」


ライアは肩をすくめた。

その瞬間――

コツ、コツ、と歩く音がホールに響いた。

ざわついていた冒険者たちが自然と道を開ける。

現れたのは黒髪をきっちりまとめた女性。

深い紺色のローブに銀の刺繍が施され、胸元にはギルドの紋章を象ったブローチが光っている。

副ギルドマスター・セレナ。

ギルドの頭脳と呼ばれる知的な女性だ。


「ヴィッツさん。あなたの話、少し詳しく聞かせてもらえますか」


その声は大きくない。

だがホールの空気がすっと引いていく。

ヴィッツは酔いが一瞬で冷めたように背筋を伸ばした。


「ひ、ひぇっ……セレナさん……! いや、その……ただの噂で……」


セレナは淡々と続ける。


「噂にしては、昨日の北壁付近で妙な倒れ方をした魔物が複数見つかっています。

……調査が必要ですね」


ガーウィンが興味深そうに腕を組む。


「へぇ、副ギルマス直々の案件ってわけか。面白くなってきたな」


セレナは三人に視線を向ける。


「『疾風の彼方』。あなたたちに追加依頼を出します。

次の討伐のついでに、北壁周辺の痕跡を調べてください。報酬は上乗せします」


ミラが肩をすくめる。


「調査任務ね……まぁ、悪くないわ」


ライアはニヤリと笑った。


「すげー奴がいるなら、ぜひ会ってみてぇな」


ギルド内は沸き立つ。

新たな噂話と期待が渦巻き、冒険者たちの声がさらに熱を帯びていく。

その喧騒の片隅――

一番端の席で、ルイは静かに食事を続けていた。

そこへ、歩く音が近づく。


「……相変わらず、騒がしい場所ですね」


静かな声が頭上から降ってきた。

顔を上げると、副ギルドマスター・セレナが立っていた。


「セレナか。仕事はいいのか?」

「ええ、ひとまずは。あなたがここにいるのは珍しくありませんが……今日は特に静かですね」

「騒ぎに混ざる柄じゃないだけだ」


セレナはわずかに微笑む。


「そうでしょうね。あなたは必要な時だけ動く人に見えますから」


ルイはスープを一口すすり、肩をすくめた。


「買いかぶりだよ。ただの中堅冒険者だ」

「そういう人ほど何かを隠しているものです」


セレナの声は柔らかいが観察者の鋭さが滲んでいた。

しかし追及する気配はない。


「……まぁ、あなたが街に害をなす人でないなら、それで十分です。

ギルドとしては、冒険者が無事に帰ってきてくれることが一番ですから」


ルイは短く息を吐いた。


「心配されるほどのもんじゃないさ」

「ええ。ですがもし何かあれば……私に一言だけでも知らせてください。

あなたのような方は、時に見落とされやすいので」


セレナは軽く会釈し、再び喧騒の中心へと戻っていった。

ルイはその背中を見送りながらパンをちぎって口に運ぶ。


「……余計な気遣いだ」


そう呟いたが、その声はどこか柔らかかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る