第7話 情報の対価と軽いけむり
リステアの繁華街から一本外れた日当たりの悪い路地裏。そこにある時計修理店の店主は街で一番「耳が早い」ことで知られている。
「やぁ、リステアの死神さん。……いや、今は『しがない中堅冒険者』のルイさんだったかな?」
店に入るなり、カウンターの奥で精密な歯車を弄っていた若い男が皮肉めいた笑みを浮かべて声を上げた。男の名はジギル。二十代半ばの若さで領主お抱えの情報屋を務める彼はルイが十年前、どうしてここまでたどり着いたかを正確に把握している数少ない人間の一人だ。
「……その呼び方はよせ」
ルイはカウンターに腰を下ろすと無造作に懐から片刃を机の上に置いた。鞘に収まったままでありながら、そこからは物理限界を超えた「抜刀の速さ」がもたらす摩擦熱の残滓が微かな陽炎となって立ち上っている。それはこの男が振るう断絶の鋭さを何より雄弁に物語っていた。
「相変わらず物騒な温度だね。……はいよ、注文の品だ」
ジギルは軽薄な笑みを崩さぬままカウンターの下から小さな革袋を取り出した。
「薬屋の婆さんじゃ仕入れられない、東の島国由来の古葉だ。領主様の極秘ルートを少し横流しした。これ普通の奴が吸ったら一服で肺が焼ける代物だろ?」
ルイは革袋を受け取ると慣れた手つきで葉を巻き始めた。
「……肺より先に敵が焼ける。それで十分だ」
ルイが指先を鯉口に軽く当て僅かな摩擦で火を灯す。鞘の内側で生じる熱を火種にする何気ない所作をジギルは感心したように眺めていた。
「領主様がさ、最近妙な噂を拾い集めてるんだ。スタンピードの夜に光よりも速い何かが魔物を両断したってね。まだ確信には至ってないが君の存在に感づき始めてる」
「……余計なことは喋るなよ。仕事に障る」
「分かってるって。俺が適当にあしらってやるさ。でもバウトラントが君の過去を洗ってるのは本当だ。第四師団の調査能力を舐めない方がいいよルイさん。彼らは君の技の本質が違うところにあると気づき始めてるかも。この世界で治癒以外の理を——それも物理的な極致をもって破壊をもたらす力を、彼らが放っておくとは思えない」
ルイは短くなった煙草を指先で揉み消し、再び片刃を懐へと収めた。その瞬間、店内の温度がふっと数度下がったような錯覚に陥る。
「ははっ……またな、ルイさん。死にたくなったら、死ぬ前に情報のツケを払いに来てくれよ」
ジギルは軽快に手を振り、再び時計の心臓部を弄り始めた。
店を出たルイは、冬の夜風を浴びながら、新しく手に入れた葉の重みを懐に感じていた。
情報屋の警告、領主の疑念、そして騎士団の監視。
偽りの平穏が、ルイの吐き出す煙のように、風に吹かれて刻一刻と形を変えていく。
「……さて。せいぜい明日も旨い酒が飲めるように動くとしますか」
ルイは深い闇に身を沈め、リステアの裏路地を音もなく消えていった。
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